第43話 10年物のワゴンの軽
「二人ともダメじゃん、これ!」
美夜もばっちり目を閉じていて、まったく意味の分からない写真が撮れてしまった。
どっちもびしょ濡れで、しかも目を閉じていて、なにがしたいのか全然伝わってこない。
二人で見て、同じタイミングで吹き出してしまう。
「あは。やっぱり、この写真はSNSにあげるのはナシかも。さすがに別の奴にしよ。ひどすぎ、人様に晒せない」
「ほんと。おおいにナシ。で、撮りなおすか?」
「ううん、いい。でもさ、代わりにこっそり持ってるよ。待ち受けにはしないで、こっそり。今日の思い出に。いいかな?」
「だったらそれ、俺にも送ってくれよ。細川さんだけ持ってるんじゃ、不公平だろ。時間がたってから、それでいじられても困るし」
「えっと…………加工してからでもいい? 私のところだけ、肌とかちょっと光当てたいかも」
「不公平だろ、それ! というか、そんなことしなくても……」
細川美夜は、なにをしていようが、たとえば濡れていようが化粧が少し落ちていようが、そんな些細なことでは揺らがないくらいに可愛い。
言おうとして、俺は直前でそれを飲み込んだ。
動画の中でなら、何度も言ったことがあるようなセリフだ。だが、こんな空気で言ったら、余計な誤解を招きかねない。
その後、俺たちはしばらくそのままの状態で、雑談をしながら豪雨をやり過ごすこととした。
すっかり濡れてしまい、身体が冷えていたこともある。
温もりを手放しきれず動く気になれないうち、美夜が寝てしまい、どうしようもなくなったのだ。
俺も眠気に襲われるが、寝落ちを阻んだのは、梨々子からの着信だった。
それで冷静になって、俺は美夜を起こさないようそっとそばを離れる。
「今、どこ? まだ学校? ……誰かといる?」
「あー……帰ってる途中で、大雨にあってさ。えっと、色々あって細川さんと」
まだ、すこやかに寝息を立てる美夜を見ながら、俺は素直に言ってしまう。
ちょっと頭がまだボケっと白みがかっていたこともあった。
「……驚いた。二人で仲良く下校?」
「ほんと、たまたまな。傘取りに帰ったら一緒になったんだ。お姉いる? 車で迎えにきてもらいたいんだけど。10年物のワゴンの軽で」
「……ん。伝えとく。10年物のワゴンの軽で、ね」
こうして大雨の中、二人きりでの下校は思わぬ形で中断となった。
最初から迎えを呼んでおけば、ここまで濡れることもなかったのに。
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