第29話 このあったかさは本物

今度こそ、無事に終わったことに安堵の息をつく。


やっと安らげると思ったら、肘に衝撃が走った。


これはもしかしなくても、ファニーボーンを狙った悪質な攻撃!


「いたっ、痛いっ! なんだよ、なんで攻撃されてんの、俺。むしろ、ほぼ完ぺきな応対だったと思うけど」


俺は後ろを振り返り、こう抗議する。

すると美夜は、綺麗に磨き上げられて一切の乱れもくすみもない顎をつっとあげた。にやにやと、笑みが隠しきれていない。


「別にー? ちょっといい気になってるかなぁと思ってさー。私が拾ったヘアピンで、女の子に『格好いい』とか『運命の出会いかも~』とか言われてるんだよ? モテてるんだよ? ちょっと釈然としない~、というかムカつく。もうめっちゃムカつく!」


「じゃあヘアピンを渡さなかったらよかっただろ。俺の影が薄くなかったら、かなーり危なかったし。あんなもん、適当にあとで受付に届けておけば済んだのに」


「あの子たち、私の友達だし。そんな見殺しみたいな真似できないって。山名と違って、お友達多いの、私」


「どうせぼっちだよ、俺は」

「ぼっち、ってのは嘘だね。だって、今も私がここにいるわけだし」


そう言うと、美夜は身体を反転させ、俺の背に背中を預けてくる。


「ほーら、二人分あったかいでしょ。ぼっちじゃ、得られない温もりでしょ」

「……あくまで疑似的な関係だけど」

「でも、このあったかさは本物じゃん? 練習だとか仕事の関係だとかそういうの関係ないでしょ。

ここに私はいて、山名もいる。だから、本物なんだよ、間違いない」


俺は、首を縦に振るほかなかった。

美夜はたまに、こうして反論の余地すらないことを言うから、侮れない。


「さ、お昼の続き取ろっか。まだお弁当、途中だったでしょ?」

「……細川さん。ちなみに、この体勢のまま?」


「いいでしょ、これで私の姿は見えないままだし。本当にさっきの子たち、山名の名前聞きにもどってくるかもよ? だから、これなら山名の希望通り、誰にも見つからずに二人で過ごせるじゃん。

 というか、さっきは『美夜』って呼んでくれたのに戻ってるし」

「あ、あれはだな……」


自分でも理由がわからないが、気付いたら口走っていたのだ。

もしかしたら、俺から彼女の手を握ることなど、これまでは動画の中でしかありえなかったから、そのせいかもしれない。


「あは。返事に困ってる。無理に、とは言わないよ。でも、ゆっくりでも、いつか呼んでくれたら嬉しいな。そっちのが自然でしょ」

「……善処するよ」

「うん、よろしい~。山名が下の名前で呼んでくれるようになったら、私も『日向』って呼ぶことにするね」


首をだらんと俺の肩にのっけて、彼女は言う。

その髪が首筋にこすれるのがこそばゆい。そのふくよかな香りに、くらりとくる。


が、むやみに移動して、彼女がどこかに頭をぶつけたら、と思うとそれもできない。


「いいね、こういうの。今、誰にも知られてないんだよ、この関係。さっきの二人にも、日野さんにも。モテモテの山名を独り占めだ。私、幸せ者かも」

「……それ、今後ずっといじるつもり?」

「いいねぇ、その案!」


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