第28話 クラスにあんなイケメンいたっけ!?


とやかく言う彼女を奥へ押し込めて、俺はその前に背をぴんと立てて座った。

残された数秒で服装をただし、髪を整えなおし、きりりとした目を作る。

再度、弁当箱を開き、箸を握ってその時を待った。


「あーん、もう、私のヘアピンどこいったんだろ……って、え!? 人!?」

「うわ、びっくりした。っていうか、すいません、なんか勝手に驚いちゃって」

「いえ、気にしないでください。こんなところで食べてる僕が悪いんですよ」


そして、遭遇するが、やっぱりバレなかった。


……おいおい、いつもの俺、影薄すぎだろ。

ほんのちょっと変装したくらいで、化粧もしていないのに、クラスメイトにさえ気付かれもしないなんて。

伊賀の忍者かなにかなの、俺?



少し複雑な気分にならなくもないが、細川さんの姿を隠すことにも成功したし、俺だとばれることもなかった。

少しホッとするが、すぐに背中から袖を引っ張られる。なにかと思いつつ、素直に腕を後ろにやれば、手に小さなものが置かれる。


それを一目見てすぐ、すでに立ち去ろうとしていたクラスメイトの背に俺は声をかけた。


「もしかして、探してたものってこれじゃないですか」


できるだけ、にこやかに愛想よく、と心がけた。

動画仕込みの人あたりのいい笑顔を作って、彼女たちに差し出したのは、水色のヘアピンだ。


「え、ほんとだ! このヘアピンです。これ、どこに!?」

「たまたま落ちてたんですよ、ちょうど俺が座ってた辺りに。もしかして、そうじゃないかと」


実際に見つけたのは、細川さんだが、今は彼女の存在が明らかになっては困る。


「え、それはびっくり……。とにかく、ありがとうございます!」


どうにか笑顔で隠し通してヘアピンを引き渡した。

その際、俺の手に触れたクラスメイトの女子はなぜか肩をいからせ、緊張した面持ちのまま、ロボット歩きで去っていく。


角を曲がって姿が見えなくなったあと、ひそひそと交わされた会話を、俺の地獄耳は拾ってしまった。


「ねぇねぇ、あの人。あのネクタイの色、うちの学年だよね。あんな格好いい人いた? というか、ヘアピン拾ってもらっちゃった。これ、運命?」

「たしかに格好良かったね。でも、あんな人、うちの学年にいたかな」

「あー、名前聞いておけばよかった。緊張しすぎて頭から飛んでた。でもでも今から戻る勇気はないし! イケメンだし、優男だし、群れない感じもいいかも……!」


……などと、話しているではないか。


いやいや、クラスメイトの山名日向ですが? いつも、あなたがたが気まずそうに扱っている窓際の陰キャですが?


ネクタイの色で学年が分かることを失念していたのは凡ミスだったが、不幸中の幸いは名前を聞かれなかったことだ。


とっさに偽名を答えるほど、機転をきかせられた自信はない。


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