第16話 美夜は俺のだから。(きりっ)
その日は、撮影のない日だった。
ただし、仕事がないわけではない。
代わりに、既に撮り終えた動画を編集するという仕事が残っていた。本来なら、それぞれの家で別々に、かつ孤独な作業をしているところだが……
『今日一日どうだった?』
なんてメッセージが来て、
『よかったら今から話し合おうよ、ね?』
なんてメッセージを受け取ってしまえば、断る理由を探す方が難しかった。俺の方から言いたいことだってあったのだ。
今日は俺の家に集まることとなる。
ちなみに、俺の部屋は撮影部屋になることもあるうえ、梨々子が掃除に入ってくれるから、しっかりと整頓されている。
もちろん、見られたくないあんなものや、こんなものは皆無だ。
いきなり女子がくるからって、慌てることはまったくなかった。
「どうだった? 美夜ちゃんと恋人ごっこ、一日体験コースは」
と、美夜は部屋に入るなり、メッセージと同じことを尋ねた。
クッションの上にぺたんと女の子座りをすると、向き合っている俺の方へぐいっと身体を伸ばして、前のめりの姿勢だ。
おかげで制服のシャツはぴんと張り、そもそも短く折り返されたスカートはその禁断の内側が見えるか見えないかまで、まくれあがっている。
なんとなく煽情的なその姿に、俺はひとまず目を逸らす。
「どうだった、もなにも……。まじであんなことずっとやるのかよ。ちょっとした恐怖体験だったんだが? 下手なホラー映画より、背筋凍った」
「それも慣れだよ、慣れ。ちなみ私は明日以降も続行の予定だよ、もち。動画を伸ばすためなら、それくらいやらないといけないと本気で思ってる。
ここらでしっかりと、演者同士の仲を深めておかないとね」
それを引っ張り出されると、俺はどうにも弱い。
が、ここで折れてばかりでは、いつまで経っても言われるがままだ。
ただでさえ、この女神様は理論武装で攻撃をしてくる。身を守るすべは、持っておかなくてはなるまい。
「そりゃ、動画のためになるなら……とは思うけど、今日、赤松に絡まれてただろ? ああ言う面倒くさいことが今後も起きるんだぞー」
「いいのいいの、あんなくらいの粘着慣れてるから。昔からよくされるんだよね。でも、助けてくれてありがと」
「……あんな手、何度もは通用しないからな」
「そのときは、また別の方法で助けてよ、彼氏さん♪ 今日の助け方は、ちょっとださかったから今度はもっと颯爽と駆けつける感じで、『美夜は俺のだから、誰にも渡さないキリッ』みたいな!」
美夜は、感情をこめて、声音を渋く格好よくして言う。
いやいや、と俺は単純に首を振った。
たとえ動画が回っていても、そこまでキザなことは言えない。それをなにもないところで言うなんて蛮勇は、もちろん持ち合わせていなかった。
「あは、冗談だよ。それに今日のも十分格好良かったしねー。はっきり言うと、普通にどきっとしたし」
美夜は、少し頬を染めて、こめかみをかく。
それは、お世辞というようには聞こえなかった。なにより、飾り気のない表情がそう物語っていた。
……本当にどうしてしまったんだろうか、このパートナーは。
前までの俺たちは、もっとビジネスライクでドライな関係だったはずだ。
動画外では、こんな軽口をたたきあったこともない。お疲れ様です、さようなら、くらいのあっさりしたものだったはずだ。
『動画のための恋人ごっこ』はともかくとしても、やはり最近の美夜は少しおかしい気がする。
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