第13話 別棟で二人きりのお昼
普段の昼休み、俺はきまって一人で過ごす。
誰かと食べることは、まずない。梨々子は俺の意志を尊重して、関わらないようにしてくれているし、そうなると俺に他の友人はいない。
定位置は、カーテンの裏側の自席だ。
あそこなら、たとえば誰かから白い目が注がれていたとして、俺自身は気づかずに済む。鉄壁の守りが施された最適の隠れ家で、ひっそりとランチを楽しむのだ。
しかし、今日の俺はそこから外へと出ざるをえなかった。
弁当を手にして向かったのは、普段は使う機会の少ない別館だ。美術室や音楽室などがあり、実技の授業だけはそこで行われるが、他に用事があるような場所もない。
まして昼休みなどは、人がほとんど寄り付かない寂れた場所だ。
そのため、待ち合わせ場所につくまで、誰ともすれ違うことはなかった。
「お、きたきた。遅刻だよー、山名。山名がくるまで1分10秒待ちました~」
そんな、がらんどうそのものな空間に、華やかな存在が一人。
両の手を腰に当て、なぜか誇らしそうに、こんなことをのたまう。その右手には、たぶん昼ご飯のつもりだろう、イチゴジャムパンの袋がにぎられていた。
腰ポケットには、チョコレートの箱も見える。
「……どうやって、取り巻き……えっと、クラスメイトたち撒いてきたの?」
「え、結構簡単だったよ? そもそも朝の一件以来、なーんか気遣われちゃってさぁ。だから、誰かに誘われる前にしゃっと逃げてきたの。クリスマスのサンタさんより速くね。ま、気まずさを利用させてもらった感じ」
「本当やってくれたよな。あれから、俺も気遣われちゃってるんだぞー? あの子の話題はやめておこう、みたいな視線をひしひしと感じてるんだぞ? カーテンの裏でも気が休まらないし」
「まあまあ、ここはひとつ寛大な心で許してよ。それにお昼休みのお弁当の場所も、こうして譲歩したんだしさ」
美夜は、握った菓子パンを手首のスナップで振って、軽く笑う。
一限で取り上げられたスマホを回収してから、俺は再度メッセージで直談判を行った。
そうして得られた譲歩は、せめて人目のつかない場所で、というものだ。
教室で食べたりなんかしてみろ。好奇と嫉妬の目に晒され、喉をとおるはずのご飯もオールリバースしてしまう。
「それに1分10秒遅刻してるしね、山名」
「……こするなぁ。ちょっとお手洗いに行っただけなんだけど」
「あは、冗談だって。でも、私を待たせるなんて、この学校じゃ山名だけかも」
たしかに、そうかもしれない。
彼女はそれくらい、周りからは抜きんでている。クラスの中心にいて、馴染んでいるようにしていても、やはりそこには特別扱い感がある。男女どちらからも、だ。
なんてことを思っていたら、その特別な美少女はまったく遠慮なく、廊下の壁に腰を預けて床に座り込む。
「1分10秒の間に、さっと掃除しておいたから安心して座っていいよ」
と、すぐ横を指さした。かと思えば、
「あ、膝の上にする? その方が恋人っぽいんじゃないかな」
などと綺麗な瞳を真剣に尖らせて、今度は足と足の間、スカートのプリーツに人差し指の爪を這わせて、たわんだ部分に軽く指を沈ませた。
ポーズこそ決まっているが、もろもろ残念すぎる。
俺は取り合わず、隣に座らせてもらった。
「冷たいなぁ。カップルの練習をするからって、倦怠期のカップルの練習してたら意味ないと思うんだけど」
つまらない、と主張してくるのは、ぐいぐいと脇腹に入れられる肘だ。
痛いわけじゃないが、こそばゆいし、気付けば距離を詰められている。
「あ、もしかして逆ならいいの? 私が山名の上に収まれば万事解決? 座り心地、確かめてあげよっか?」
「どのへんが解決したんだよ、それ……。だいたい、座り心地を評価されてもうれしくないっつ。俺はソファーかよ」
「あは、それありかも。山名ソファー。ほんとにあったら買うのに。クリスマスプレゼントそれがいい!」
「……あのなぁ。しかも、クリスマスってどんだけ先の話だよ」
まだ弁当を開ける前だというのに、もう普段より騒がしい昼休みになっていた。
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