第11話 『やっちゃった』



その後、美夜はおとなしく席を立ってくれた。

そしてカーテンの中から出ていったと思えば案の定、


「美夜、なんであんな根暗の席に座ってたの?」

「あいつ絶対、発情してたでしょ。きも~」


なんてクラスメイトたちの嘲笑う声が聞こえてくる。

あの赤松も、


「細川、あのウスラ陰キャをからかってやったんだろ? 面白すぎな」


などとそれに乗り、耳に障る高音で大笑いをしていた。

それに対して、俺はどうとも思わない。しいてコメントをするなら、


『だから言ったのに』だ。


学校での俺に関わったら、こういうことになる。俺は周りから根暗陰キャとしか思われていないのだ。


カーテンの向こう側で繰り広げられている面倒くささ極まりないやり取りに、一人、ため息をつく。


「別に〜」


そこへ、美夜の鈴を転がしたような凛とした声が響いた。


(……まさか余計なことを言わないよな)


嫌な予感が背中をかけぬけて、身体がこわばる。


こと最近の美夜に関しては、何を考えているんだか全く分からない。


さらっと「実は付き合いはじめたんんだよねぇ、山名と」とかビッグな嘘を吐いても、不思議じゃない。

俺の思考回路が及ぶ存在じゃないのだ、今の細川美夜は。



「いい席だなぁと思っただけだって。別に変わった意図はないない。ちょっと寝足りなかったんだよねぇ昨日」



だから、美夜がさらりとこう答えたときには、かなりほっとした。


なんだ。美夜にもちゃんと、俺みたいな根暗とは関わらず学校生活を平穏に送りたいという想いが残って――――


「というか、そういう言い方やめてね。山名のこと、次悪く言ったらもう、あんたたちと喋らないから」


いなかったらしい。



なにをやってるの、細川さん。


せっかく、ちょっとしたお戯れだったということで、無難に安全に話が落ち着こうとしていたのが、台無しだ。

着地に大失敗してしまった。


美夜の意見は、クラス全体を一瞬で変えるくらい容易い、いわば鶴の一声だ。その権力を行使して、彼女はとんでもないことを言った。


和やかになりかけていた空気が、バリンッと無惨にひび割れる。


ひどい空気を察したかの如く、そこでチャイムが教室に鳴り渡った。




同時に先生が入ってきて、集まっていたクラスメイトたちも、とりあえずは自席へと戻っていく。


しかし美夜の取り巻きたちの足取りから、困惑は隠しきれない。


……なんてことをするんだ、あの女神様は。


朝一でやってしまうあたりも、後のことを考えていたとは思えない。



そうして呆気に取られたまま迎えた一限目。

古典の授業がはじまったところで、ポケットの中でスマホがぶるりと震える。


『やっちゃった』


とたった一言。

彼女自身が引き起こした事件への感想が、そこには綴られていた。

絵文字などの余計な飾り気をいっさい施さないのが、彼女らしい。


大きなことをした割にそんな自覚もなさそうなこの送り主は、もちろん細川美夜だ。


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