異世界で転生悪役令嬢の侍女になりました
坂井ユキ
プロローグ
木々の隙間から漏れる日差し。
耳をすませば聞こえてくるのは鳥のさえずり。
ここは何処かの森の中なのだろうか。
それはわかる。わかるけど……
どうして自分がここにいるのかがさっぱりわからない。
正直かなり混乱はしているが、こんな時こそ落ち着かないと……
ここに至るまでの自分の行動を思い返してみる。
今日も普通に学校に行って、普通に授業を終えて。
その後、いつものようにアルバイト先の喫茶店に向かっていたところまでは覚えている。
うん、いつも通りの平凡な日常だった……はずだ。
どれだけ考えてみても今の状況に繋がるものはない。
じゃあ、なんで私はこんなところにいるんだろう?
駄目だ、考えてみてもさっぱりわからない。
まだ混乱はしているけど、取り乱したりせずにそれなりに冷静なのは元々の楽観的な性格のせいなのか、自分でも気付いてなかったけど私はとても肝が据わってたのか。
どうしたものかとは思うけど、とりあえずここにいても仕方がない。
こういう時はあまり動き回らない方がいいのかもしれないが、そもそもここがどこなのかさっぱりわからないし、助けが来るとも思えない。
幸いなことに?まだ日は高いし、暗くなる前にどこか道なり市街地なりに行ければいいけど。
道に出れば車や人が通るかもしれないし、市街地に行ければここがどこかわかるだろう。
それでも私がなぜここにいるのかがわかる訳ではないだろうけど、とりあえずは家に帰りたい。
あ、やばい、バイト……。
今が何時なのかもわからないけど、私が来なくて店長が心配しているかもしれない。
今まで無遅刻無欠勤で頑張ってたのになぁ……。
この状況をどう説明したらいいかはわからないけど、遅れるっていうか行けるかわからないことを連絡しないと。
そう思ってポケットからスマホを取り出そうとして気付く。
あれ?スマホがない。
慌てて周りを見渡してみても、スマホはおろか、持っていたはずの鞄すら見当たらない。
これはいよいよ本格的にまずいかもしれない。
このまま連絡出来ずに夜になってしまえば、店長だけでなく両親も心配するだろう。
何とか人を見つけて連絡しないと。
そうとなれば、ここでじっとしてても仕方がない。
そう決めて歩き出したはいいが、果たしてこっちの方向で森の外に出られるだろうか。
そこそこの都会育ちの私は、こういった森を歩いた経験なんてない。
慣れている人なら、太陽の位置とかから方向を見て正しい方に行けたりするのだろうか。
幸いそこまで深い森っていう雰囲気ではないし、出ようとしていてどんどん奥に迷い込んで出られなくなるっていうことにはならない……と思いたいけど。
聞こえてくるのは自分の足音と鳥のさえずりのみ。
普通の状況なら都会の喧騒と無縁な森の静けさを楽しめたかもしれない。
でも、今の状況だとその静けさが不安を誘ってくる。
いや、大丈夫、きっと出られる。
段々と不安になってくるなか、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせながらどれくらい歩いただろうか。
1時間くらい歩いた気もするし、実際にはもっと短いかもしれない。
森の静けさのせいか、不安な気持ちがそう思わせるのか。
時間の感覚がおかしくなっているような気がする。
あぁ、お腹も空いてきたなぁ。
いつもならバイト先で仕事前に賄いという名のおやつ食べてる時間だよなぁ。
店長の試作やらなんやらだったけど、どれも美味しかったんだよなー。
今の状況でそんな事考えていられるあたり、我ながら図太いというか食い意地がはってるというか。
ただ単に現実逃避しているだけかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に視界が開けた。
これは森から出られたか!
助かった……森の中で遭難っていう最悪の事態は避けられたようだ。
ほっとしつつ周りを見渡してみると、目の前には道……と呼んでいいのかな?
見慣れたアスファルトの道路ではなく、ただ単に土を固めただけのような。
まぁ、通りやすいように木や草は刈られて、それなりに整備されているようだから道なんだろう。
幅数メートルの道があって、その先にはまた森が続いている。
どうやら、森を切り開くなりして人が通りやすいようにしてあるらしい。
今時、山の中の道でさえもほとんどが舗装されてると思うけど……。
ここはそういったことさえされていない程の田舎なのだろうか?
それだと、ますます私が住んでいたところとかけ離れ過ぎていて、ここがどこなのか余計にわからなくなる。
うーん、そもそもいきなり森にいた時点で訳分からないし、今さらそれくらい大した問題でもない……のか?
まぁ、わからないことを考えても仕方がないか。
一応道っぽいし、それなら誰か通るかもしれない。その時に聞けばわかるだろう。
我ながら楽観的だとは思うが、悲観的になるよりはいいはずだ。
とりあえず、今考えるべきはこの後どう進むかだ。
まず、先に広がる森に入る。
これだけはない。
そんな事をしたら、今度こそ本格的に遭難してしまうかもしれない。
というか、絶対する気がする。
そうなれば、この道をどちらかに進んで行くのがいいのだろうけど。
人が通るのをこのまま待つのもありかな?
さて、どうしたものか……と悩んでいると、道の先から何か聞こえて来た。
ガラガラと何かが回転するような音と、パカラパカラッという軽快なリズム。足音かな?
聞きなれない音に、なんだろうと思って音のする方向を見ていると、土煙と共にその音の正体が視界に入って来た。
あれは……馬?
それと……え?馬車?
人に会えたという安心感より、現代ではまず見かけない光景への混乱の方が大きい。
え?ここは車もないくらいの田舎なの?
いやいや、さすがにそれはないでしょ。
でも実際にいるし……。
私が混乱している間にも、馬と馬車はどんどん近付いてくる。
馬車を中心に、まるでそれを守るかのように前後に馬が2頭ずつ。
もちろん馬には人が乗っているんだけど……。
私まで数メートルという位置まで来たところで、馬と馬車が止まる。
近くまで来たことで、馬上の人の姿もきちんと見えるようになったのはいいが、その姿を見て私はますます混乱する。
これは……あれだ。
某英国の宮殿の警備してる人だ。
テレビやネットで見たことあるやつ。
え、なんでそんな格好した人がこんなところに?
ここ日本ですよね?
「娘、こんなところで何をしている?」
呆気に取られている私に馬上から声がかかる。
え?日本語?
見た感じ、服装もだけど見た目も日本人というか白人さんぽいけど。
あー、でも日本でこんなコスプレ?みたいなことしてるくらいだから日本語が堪能なのか。
「奇妙な格好をした娘だな。この辺りの者か?」
返事をしない私に、馬上の人から再度声がかかる。
え?私の服装が変なの?
「あ、いえ、たぶん違うと思うんですけど……。」
答えながら自分の服装を見てみる。
高校の制服。ちなみにブレザー。
うん、別におかしくない。
むしろ、貴方の方がなんでそんな格好で馬乗ってるんですかとツッコミたい。
「ふむ。ならば旅人か?
しかし、こんな娘が1人で……。しかもその見慣れない服装。異国の者か?」
どうやらこの人の中では私の服装がおかしいというかことは確定事項のようだ。
「いえ、見ての通り日本人ですよ。で、旅人っていうかなんでここにいるんだろうっていうか……。」
「ニホン?聞いたことのない地名だな。」
そう言って考え込む某英国っぽい服装の人。
え、日本を知らないって意味がわからないんだけど……。
ここ日本だよ?
「どうしましたの?」
私まで考え込み始めたところで、馬車の中から声がかかる。
若い女性だろうか?
声の感じだと私と同じくらいの年齢な気がするけど……。
そう思って馬車の方を見ると、窓からひょこっと顔を出した女の子と目が合う。
うわぁ、めっちゃ美人。
鮮やかな赤い髪に、少しきつい感じはするがぱっちり大きな緑の瞳。
透けるように白い肌に、自然と色付いた唇はふっくらとしている。
芸能人でもこんな綺麗な子いないんじゃないかなぁ。平々凡々な私としてはすごく羨ましい。
てか、赤い髪に緑の瞳?やっぱり海外の方達なのかな?
思わず見蕩れていると、女の子が私を見て元から大きな瞳を更に大きく見開いた。
「貴女、その服は……。」
え?この子も私の服装がおかしいって思うの?
ますます訳がわからない。普通の制服だよこれ?
「あ、お嬢様。どうやらこの辺りの者でも旅人でもないようなのですが。
こんな森の中に若い娘が1人というのはあまりにも……。」
最初に私に声をかけて来た人が馬から降りて女の子に声をかける。
ちらっとこちらを見る目は、困惑と不信が混ざりあっている。
怪しいけどほっとくのもどうなんだって感じだろうか。
「なるほど。わかりましたわ。
ちょっと降りますので、開けてくださる?」
「え!?お嬢様危険です!」
「大丈夫ですから。ね?」
そう声をかけつつにっこり微笑む女の子。
でもなんだろう。
有無を言わさぬ雰囲気を感じる。
あ、目も笑ってないような……。
「か、かしこまりました……。」
雰囲気に押されたのか、渋々といった感じで馬車が開けられ、女の子が降りてくる。
その服装を見て、私はまたまた固まる。
もう何度目だこれ。
女の子が着ているのはその髪色と同じ真っ赤なドレス。
華美な装飾はされていないが、彼女の雰囲気がそう見せるのか、とても高級そうに見える。
馬車から降りた女の子は、固まったままの私の目の前まで来ると、じっと私を見て口元に手を添えて何かを考えるように黙っている。
「えっと……。」
美少女に見詰められ、ようやく硬直が溶けた私が声をかけるとハッとしたように顔を上げる。
「あ、ごめんなさいね。貴女、行く宛てはあるの?」
「行く宛てですか……。
とりあえず家に帰るか連絡するかしたいんですけど、スマホもなくなってて……。」
「そうでしたの。それはお困りでしたわよね。」
そう言って頷くと、女の子は周りの人達に声をかける。
「彼女を屋敷まで連れて帰ります。」
「お嬢様!?」
驚く周りの人達に対し、女の子は平然としている。
「こんなところに若い女性を1人で放っておくなど、出来るはずもないでしょう?
大丈夫です。何かあったら責任は私が取ります。」
「お嬢様がそこまで仰るのでしたら……。」
有無を言わさぬ女の子の迫力に、周りの人達は納得し切れていない様子ながらも頷く。
ん?ていうか私の意思はどうなるんだろう?
「さ、貴女もいらっしゃい。
ずっとこのままここにいたい訳ではないのでしょう?」
そう言うと、私の手を掴んでさっさと歩き出してしまう。
「え!?あのっ!」
「良いから良いから。」
と、言いながらぐいぐい手を引き、そのまま馬車に乗せられてしまう。
おぉ、馬車とか乗るの人生初だ。そもそも本物を見たのも初めてだし。
あ、座席は結構ふかふかなんだな。
物珍しさに車内でキョロキョロしている私に、女の子がクスッと笑みを零す。
「さて、まだ自己紹介もしていませんでしたね。
私はセリーナ・ラズウェイ。
ラズウェイ公爵家の娘ですわ。どうぞセリーナとお呼びになって?」
「あ、私は結城美里(みり)です。
って、え?公爵?」
公爵ってあれだよね?貴族の身分の……。
セリーナさんの自己紹介を聞いて、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
混乱したり固まったり、今日は忙しい。
「ええ。公爵家ですわ。
まぁ、今は私の身分云々の話は置いておいて。
ミリは日本人ですわよね?」
「あ、はい。そうです。ここ日本ですよね?
気が付いたらこの森の中にいて、何が何だかわからなくて……。」
馬車の窓から左右に広がる森を見ながら答える。
「ここは……。そうね、どうお答えするべきかしら。」
同じように森を見ていたセリーナさんは、どう答えるのか迷っているように見えた。
「ひとまず私の屋敷に参りましょう。
そこできちんとお話しますわ。」
「はぁ。わかりました。」
それきり何かを考え込むように黙ってしまったセリーナさんに、私も頷くしかなかった。
セリーナさんの屋敷に着いたら、そこで家に連絡をさせてもらって、それから……。
そうやって考えてはみるものの、本当にそれが出来るのか。
私の心にはどんどん不安が広がっていくのだった。
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