すべて、消えてしまえばいいのに。

湊 笑歌(みなとしょうか)

すべて、消えてしまえばいいのに。

 好きな人が恋に落ちた。

 冬休みが終わる一日前の事だった。一雨来そうな曇り空、服の上から寒さを貫通してくる北風はいつもより激しさがあった。いつもの公園、いつの間にか足が地面につくようになっていたブランコの上で二人、いつも通り他愛のない会話を繰り広げていた。

 俺が芽生めいに特別な感情を抱くようになったのは、小学校高学年あたりだったか、自分でもよく覚えていない。理由なんて分からなかったが気が付くと目で追っていることがあった。中学生になり、恋愛への興味で周りが色気づき始めた頃、自分の気持ちに気が付いた。だが、それで何かが変わるわけもなく気が付くと恋人の一人もできないまま、お互い高校生になっていた。これからも変わらない日々が続く、そう思っていた。

 「私、好きな人が出来たんだ」

言葉を失った。相手は俺の唯一の親友、しょうだったからだ。

翔とは幼稚園からの幼馴染だった。顔立ちは整っており、運動神経も良くて、部活では一年生からエース。おまけに、誰にでも優しくて友達も多い。

俺は漫画の主人公にはなれなかった。何ひとつとして翔に勝てるものなどなかったからだ。そして、また一つ翔に取られていく。考えてみると見て見ぬふりをしていたのかもしれない。周りの雰囲気や彼女の対応の仕方で薄々気が付いていたが、気のせいだと自分に言い聞かせていたのかもしれない。俺に勝機などなかったから。

「そっか。俺、芽生のこと応援してるよ」

息を吹けば飛びそうな言葉が北風に流れ消えてゆく。何ひとつ無駄なことは言わなかった。これ以上話すと涙がこぼれてしまうから。応援なんてできるはずがない。

「ありがとう柊、大好き!」

「うん、俺ちょっと寄るとこあるから先帰っていいよ」

声が震えないように大きく息を吸い、吐きながら言葉をひねり出す。

「分かった、また明日ね!」

走って帰っていく芽生の姿が見えないほどに涙が滲んでいた。


曇天どんてんは、晴れることがなくいつしか雨が降ってきた。それは鉛玉なまりだまのように重たくて、とても冷たかった。

雨が降ってくれてよかった。涙もすべて洗い流してくれるから。しかし、彼女への気持ちだけが洗い流されることはなかった。

次の日からどんな顔をして会えばいいのだろう。笑って過ごしていられるだろうか。そんなことを考えながら、重い足を動かし帰路についた。

数年越しの思いをぶつける場所は無くて、降りしきる雨の中、空に一言つぶやいた。

「ずっと、大好きでした」

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