8-1 一盃塗血
日時
【四月二十六日 日曜日 十五時四十一分】
場所
【社日夕支部六階】
人物
【詩刀祢】
社日夕支部の建物構造は非常に入り組んでいる。
階段は続きで存在せず、廊下や部屋は迷路のように配置されている。
入職したての職員からは軒並み不評なこの構造はひとえに侵入者に対抗する為にある。
一つの階層を移動するのでも、構造を知らない者には困難であり多くの時間を費やす事になる。
ややもすれば、自分がどの階層にいるのかすらわからなくなるような造りになっている。
なぜそこまでする必要があるのか?
全ては絶対に侵入者を六階層に辿り着かせない為だった。
だからこそ、六階層はそれまでの階層と打って変わってひどく見通しのいい一本道となっている。
ある部屋も一つだけ。
他の覚醒体収容室とは比べものにならない程に広漠とした大部屋が一つだけ。
その部屋に決して侵入者を辿り着かせてはならない。
その為、六階層の一見無機的でなにもないように見える廊下には無数のセンサーとそれに対応する対人用殺傷設備が備わっていた。
仮に、許可を得ていない人物が侵入すれば、数歩歩くだけで肉塊になるだろう。
そんな廊下。
その先に、詩刀祢は人影を見た。
事もあろうか部屋に続く扉の間にその人物は立っていた。
「八難技!」
普段の詩刀祢ならば声をあげる事すらせずに『刀』を振っていただろう。
その人物が詩刀祢を知覚するよりも早くその命を終わらせていただろう。
それが社日赤支部手特務実行部隊獏詩刀祢という人物だった。
覚醒体の捕縛と破壊を専門にする実働部隊。
その中にあって更にその先鋭たる特務実行部隊。
夢を食べると言われる伝説の生物の名を冠した、あらゆる悪夢を終わらせる特務実行部隊。
その最年少。不断の努力と確固たる意志であらゆるものを両断する刃。
詩刀祢。
しかし、今日の彼女は平常ではなかった。
視線の先にいた人物が、今正に禁忌の扉を開けようとしている人物が、たった一人になった彼女の唯一無二の仲間だったのだから。
だが、視線の先の人物は声に反応することなくその場から姿を消した。
詩刀祢は駆け出す。
扉の前に。
見上げるほどの扉は開かれた痕跡するらなく、詩刀祢の前で沈黙していた。
(八難技、なんで。)
焦る気持ちを抑えて、詩刀祢は扉のロックを解除する。
「目覚め収容室に侵入された可能性があります。これから入室します。」
「許可する。」
子守里の返事と同時に扉が開いた。
広漠とした部屋。
その中央にはバスケットコート程の正方形の透明な特殊収容装置が存在している。
あらゆる音と振動を遮断するその特殊収容装置の中央には一匹の鶏が、足を鎖で固定され、存在していた。
警戒階級海嘯覚醒体「目覚め」。
詩刀祢の心拍数が上がる。
あの日の光景が詩刀祢の脳裏に一瞬だけ通り過ぎた。
その収容装置の前に突如として八難技の姿が出現する。
「八難技!」
詩刀祢は叫び、同時に刀を振った。
(一切の有情に斬れる物なし。)
一瞬、八難技の姿が消える。
その身体を捕らえた筈の刃は虚空を貫く。
等級未定異品「束ねた孤独」。
適応条件も効果も報告しないまま、忽然と八難技はそれを持って姿を消した。
その失踪の状況から移動ないし情報操作の効果を持つのだと推察されている。
そして次の瞬間、八難技は再び姿を現した。
縮もうとした刃が八難技の左腕の肘の先に接触し、切り落とす。
鮮血が白い部屋に赤々と散らばった。
落ちた左腕が転がる。
その腕にまかれていたのは一本のミサンガ。
「ありがとう詩刀祢。」
痛みを感じる素振りすら見せない八難技は驚く詩刀祢を他所に素早く収容装置のロックを解除した。
「八難技、待って!」
「私の名は
八難技、いや九難は収容装置の中に歩を進めた。
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