3-3 朝三墓死

日時

【四月二十六日 日曜日 十二時五分】

場所

【新興宗教団体「あたらしい日」本部幹部控え室】

人物

【麻希】


麻希まき様、よろしいでしょうか?」


 控え室のドアが叩かれ、俺の名前が呼ばれる。

 何度呼ばれても様付けってのは全然慣れねえな。

 様付けで呼ばれるような人間じゃないってのは俺が一番知ってる。


「ああ。」


 それでも、俺を様付けで呼ばないといけない人間がいることも知ってるんだ。

 なんせ、今の俺は「あたらしい日」の幹部の麻希様だからな。


「九難様が見えられました。」


 ドアを開けて入ってきたのはまだまだガキな女。

 こんなガキまで作戦に参加するなんて、嫌なもんだ。


「そうか、向かおう。」


 いや、ガキかどうかは関係ないんだろう。

 あれくらいの歳にだって俺は既にどうしようもないクズだった。

 こいつがクズかどうかは知らないが、今日ここにいるだけの深みにハマっちまったって事には変わりない。

 立ち上がり、部屋を出るまでガキは扉の所で待っていた。

案内役を任されたのだろう。


「君は見ない顔だけど、名前は?」

「一級信徒の旭陽あさひです。」

「その歳で一級とは素晴らしい。どこの支部だい?」

「九州支部からです。」

「遠くから大変だったね。ご家族が信徒をされているのかな?」

「両親が信徒でした。」

「そうか、素晴らしいご両親だ。」


 本当に素晴らしい。素晴らしく愚かだ。


「今日はきっと歴史に残る日になる。」


 この立場になってから嘘はできるだけ吐かないようにしてる。

 なにがどう転んでも、少なくとも今日の作戦に参加する人間、それ個人の人生にとっては取り返しのつかない歴史になるだろう。


「はい。」


 ガキは静かに頷いた。

 通路を抜け、大広間に着くと既に多くの信徒が揃っていた。

 壇上には若い女。

 こいつが九難というやつなんだろう。

 俺が所属する宗教団体「あたらしい日」の上部組織「夕鶏」のその一人。

 その目には不思議な熱が宿っていた。


「あなた方は選ばれ、この世界の真実を知った上級信徒です。」


 俺が壇上の用意された席に着くと、彼女はマイクを手に取った。

 大広間は重く熱い空気に包まれている。

 九難が信徒たちを激励する度にその空気は熱を増す。

 こういう空気は未だに好きになれない。

 このどうしようもない熱気の中で人は狂い自分を見失う。

 それこそが正しいことだと信徒に説きながら俺はそんな俺を嫌っている。

 一通り話し終えた九難がマイクから離れた。

 振り返った彼女の目が俺を見る。

 悟ったような冷え切った目だった。


「続いて、麻希様のお言葉です。」


 司会に促されてマイクの前に立つ。

 百名弱の信徒たちの目が俺に集まるのを感じた。

 色んな人間がいる。老いも若きも男も女も。

 この場にいる人間に確かに共通している事と言えば、こんな所に来ちまうくらい人生がどん詰まったって事なんだろう。


「本日我々は社に対して攻撃を仕掛ける。これは人類の尊厳を守る為の戦いだ。」


 そんなどん詰まりが集まって人類を語る。

 自分を見失う熱に狂いながら。

 最悪な一日がはじまる。

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