第七話 受付と伝統とこどもなおとな

 休日の昼下がりの一時、一般的には穏やかに流れていくに相応しいとされる時間帯のファルの自室には、様々な種類の音に溢れていた。

 物音の発生源のうち八割は机に向かって何らかの装置を組み立てる小さな背中だが、相棒のベッドにうつ伏せに寝転がって料理書を眺める少年も、紙を繰る音や足をばたつかせる音等で地味に自己主張をしており、賑やかさと言う点では然して差はない。

「なぁ」

「んー?」

 紙面から顔を上げないままで少年が部屋の主に声を掛けた。横着にもほどがあるが、呼ばれた側も向き直るでもなく手を休める様子もないとお世辞にも誉められる態度でないのでお互い様と言えよう。

「そろそろだろ?あいつらが来るのって」

「あれ、もうそんな時間か。と言うか、そもそも何しに来るんだっけ?」

「いや、集まれって言ったのはお前なんだから、おれが用件を知っている筈ないだろう」

 何だったかなぁと工具の先で机の軽く表面を叩いて小首を傾げる相棒の様子に、呆れを滲ませた表情で枕に顎を預けた。

 機械いじりに集中して呼び出したのを忘れる辺りからして、ファル自身の用事ではなく他の兄弟からの言いつけであろう。そうであるならば、呼び出しの大元はリー姉かと推測すると共に、ウィス達が来るのを思い出して良かったと小さく安堵の息を吐く。

 自分で呼んでおきながら忘れていたなどと知られたら、ここぞとはかりに文句を言って来るだろうことは火を見るより明らかである。元凶が責められる分には何も問題はないが、ついでとばかりに八つ当たりされるであろうことも想像に難くない。全くもって迷惑千万な未来予想図である。

 なればこそ面倒な未来は事前に防ぐに限る。

 些細なことではあれど揉め事は回避できそうだと、わずかに胸を撫で下ろすラズの気配に気づいたのか否か、忘れていたと呟きながらファルが椅子ごと向きを変える。

 ついでに、避けたはずの面倒事も方向転換をした気がするのは、果たして気のせいなのか。

「ふたりの他にもお客さんが来るって言ってたかな。あ、あとリー姉ちゃんは編集さんに捕まったから帰ってこれないって」

 事も無げに告げられ言葉に暫し動作を停止した後、相棒の顔を目掛けて思い切り枕を投げつけるラズであった。



「まずは自己紹介を。私、都市振興部子供探険課のコージマと申します」

 ターク家の客間に現れた女性は、掴み所のない笑顔に何やら胡散臭い言葉を添えて子供達に会釈をした。

 対する子供たちは隠す様子もなく白々した表情を浮かべてながら挨拶を返す。

「この街の役所にそんな部署が会ったなんて、初耳なのだけれど?」

「まぁ、基本的には非公開の部署ですので」

 セリエの疑念に対して、自称市役所役人の回答は笑みに同じく重さの欠片もないものであった。

 約一名を除く子供達の視線のしらけ具合が増すが、堪えた風もなく構えているのは流石は役人と言うべきか。

 因みにファルが参加していないのは、単純にあまり客人に興味がないからであろう。

 事実をありのまま受け止めると表現をすれば聞こえが良いが、聞き流しているだけと言うのが現実だ。

 いずれにしろお世辞にも居心地が良いとは言い難い室内の雰囲気を気に留めるでもなく、鞄から資料やら筆記具やらを取り出す態度を見るに、滲み出る胡散臭さに違わぬ図太い神経の持ち主であることは間違いないらしい。

「さて、本日お集まり頂いたのはこの街の伝統行事に対して皆さんが参加を希望していると伺いましたので、その登録のためですね」

 にこやかに身に覚えのないことを切り出され、子供たちが顔を見合わせて首を傾げたのち、うち三人が残り一人に視線を向ける。

 なんだかよくわからないことにはまず間違いなくファルが関わっている筈というのが、他の子供たちの共通認識だ。

 一人を除いての見事な一致団結に、コージマが大きく頷いて手を打ち鳴らす。

「仲良きは素晴らしきかな。強い絆を確認できて、安心して手続きを進められますね」

「これを強い信頼関係っていうなら、ぼくは泣いていいかな?」

 おそらく本音で感心しているのであろうと思われる自称公務員に対して、間違いなく本心とわかる表情でファルがぼやく。

 確かに、たまに騒動になることもあるけど、そんなに変なことをしているつもりはないんだけどなと言うのが少年の主張であるが、周囲がその言い分を受け入れるかどうかは、また別の問題であろう。

「ファルが泣くのは自業自得だから放っておいて、話を先に進めてもらえないか?」

 そもそも伝統行事とはなんの事だ、と放っておけば際限なく明後日の方向へ突き進んでいく会話の軌道を修正をすべく、ウィスが口を開いた。

 常ならばラズが進行役を買って出ている所だが、素知らぬ顔でお茶請けに手を伸ばしているあたり、自ら関わろうという気はまったくないのだろう。

 この段階でわざわざ疲れることもないと言ったところかと、相棒に負けず劣らずのラズの自由気儘ぶりに滲み出る溜め息を堪えつつ、改めてコージマに話を進めるよう促す。

「そうですね、この度の伝統行事を宝探しとでも仮称しましょうか。この宝探しの受付を始める前の確認ですが、ファル君は地下水道の探索を希望していたとのことで間違いありませんか?」

 問いに対し軽く首肯するファルを確認したコージマが、なるほどと満足げに呟いて手元の資料に何やら書き付ける。

「ではファル君、この街の成り立ちを説明していただけますか?」

 引き続きの指名にファルが自分を指さし首を傾けるが、役人はもちろんとばかりに促すように揃えた指先を少年に向けて胡散臭い笑みのま首を縦に振る。

 促された少年は、天井を仰いで幾ばくかの思案の後顔を戻して、まずはと、話を切り出した。

「この街のご先祖様はさ、大きく分けて三種類いるんだ。元は同じだけどずっと昔に一度分裂したらしいんだ」

 これは学校でも習ったけどね、と付け加えて仲間達が頷くのを確認する。

「まず、ひとつめは大昔に移ってきてずっとここで暮らしている人達、次に七百年前位に戻ってきた人達、最後に四百年前位に帰ってきた人達の三種類だね」

「最初に習ったときも思ったが、そもそもの話、なぜご先祖達は街を一度出ていこうと思ったんだろうな?」

「さぁ?理由は色々あるんだろうけど、何せ昔の話だからね。ただ、本来ならこの街のある場所はあまり暮らしやすい場所じゃなかったらしいよ」

 ウィスの素朴な疑問にファルが肩をすくめながら答えた。

 言葉の通り遥か昔の事だけにいくつもの仮説が成り立つが、遠いとは言えこの街の住民の祖先であると考えれば、切羽詰まった問題ばかりが原因とは限らない。

 中でも食料問題と未知への好奇心が大きな原動力のひとつではないかと言うのがファル個人の想像だが、大小様々な船の出入りが途切れることのない港や遠近問わず珍しい食べ物が並ぶ大通りなどを思えばこの上ない説得力がある。

 何よりラズの家の常連の旅人に聞いたことがある。あまり世間には知られてはいないものの、この街の住民の食と珍しい物への情熱は彼方にある美食と芸術の街にも勝る、と。

 明後日の方向にずれた思考を修正すべく軽く頭を振って、話の先を続ける。

「ご先祖様達の共通点は、喧嘩にすごく弱いことなんだ」

「今の話とご先祖様が弱いことが何か関係があるの?」

「大ありだよ。そもそもがあちこちから逃げ回ってここにたどり着いた人たちだからね、自分が弱いのがわかってるのなら、喧嘩するよりも逃げ回っているほうが楽でしょ?」

 ざっくりと身も蓋もない表現に、セリエがもっともな疑問を口にするが、ファルが肩をすくめながら返した。

 余裕があるときならばともかく、そうでないならば無駄な労力は避けるに限るとはファルの言。

 正面からぶつかられても耐えることができるだけの力をつけることも身を守るためのひとつの方法だが、ネツィアの住民の先祖であることを考えると、回避したり揉め事にならないよう手を回したりと言った方法を防衛手段として選ぶだろうと想像する方が遥かに自然であろう。

 更に付け加えて曰く、商売気が強く好奇心の旺盛な先祖達がただ逃げ回るだけで済ますはずがない、様々な土地を渡り歩くということは様々な人や物と出会うことだ、と。

「あちこちで面白いものを見つけては、ネツィアで待ってる人達に報告してたんじゃないかな」

 少なくとも喧嘩別れをした訳ではなく、故郷の将来を思っての旅立ちであったのならば、事あるごとに人材や情報の交換があったとしても不思議ではないだろう。

 それが証拠に、現地に留まった人達の末裔が血縁を頼って来ることもその逆も、未だに決して珍しい話ではない。

 その最たるものが二度の大帰還だろう、とファルが説明を締め括る。

「街の成り立ちはわかった。問題は、それと今回の事がどうつながる?」

「うん、まぁ、不思議に思うのはそこだよね」

 腕を組みもっともな疑問を口にするウィスに、ファルが苦笑いを浮かべる。

 何も知らないと言うことはないが、今しがた説明した街の歴史のように有名なものでもない。

 うわさ話やお伽噺などの中にあるかけらを想像で補ったに過ぎないだけに、改めて人に説明するのは中々に難しい。

 さてどうしたものか、と役人に視線を向けてみるが素知らぬ顔で茶の香り楽しむばかり。

 表情を変えることなく話の続きを求める様に、少年が小さく肩を竦めた。

「すごく簡単に言うと、ご先祖様達がこの街のご先祖だったから、だろうね」

 この上なく簡略化された一言に、子供達が心底納得した表情を見せる。

 ファルほど顕著ではないとしても住民の気儘な気質を十分に引き継いでいる自覚のある身としては、先の言葉の持つ説得力を否定することはできない。

 もっとも、いかに説得力があろうとも説明の代わりにはならないので、ファルに話の続きを急かす。

「細かい点はまた今度説明するとして、直接関係があると言えば街の創立式典かな」

 文献によるとおよそ三百年前、第二次大帰還から百年ほど経過した頃にこれまでの苦労の節目とするべく、改めて街の創立を宣言した式典が行われたらしい。

 沢山の人が参加したとされるその式典では、様々な展望が語られたと記録が残っていた。

 その中に今回の件との関連があると思われる発言が記載されていた。

 資料によって表現が多少異なるが、要点を纏めると以下のようになる。

 式典の場で住民の一人が仲間達に向かって声を張り上げた。

 今まで我々は沢山の苦労を積み上げて街を発展させてきた、これからを担う子供達にはその苦労の何倍もの楽しいことがあってしかるべきだ、と。

 その言葉は、集まった住民達の大きな賛同を持って受け入れられた。

 そして別の人物が立ちあげって主張した。

 楽しさは分かち合ってこそ倍増する。子供達を楽しませるならば、自分達も一緒になって楽しめば良いではないか、と。

 その言葉は、満場一致で可決された。

 そして、さしたる疑問もなく勢いのまま突き進んだ結果、街の彼方此方に物語の断片をちりばめ仕掛けを張り巡らせ、終いには街の隠れた伝統行事となるに至ったのであろう、と。

「つまりは、大人も一緒になって遊ぶために技術も人脈も総動員してるってところかな」

 しかも現在進行形で追加改善されている辺りが如何にもご先祖様達らしい話だよねと言うファルの言葉に、子供達が一斉にため息を吐いた。

「悪ふざけも大概にと言いたいところだけれど、嘘と言えないのも困ったところね」

 誰か止める人間はいなかったのだろうかと自問してみるも、いなかったのだろうなと自答する。

 今まさにファルの言葉にあったばかりではないか。楽しさは分かち合って倍増するならば、自分達も一緒に楽しめばよい、と。

 ある意味では、この街の住民の気質を理解するに相応しい逸話であるが、それこそが現在の街の発展の大きな一因であることも疑いようがない事実である。

 大人の遊び心はある種質が悪いと言う好例でもある。

 想像よりもややこしい話に、なんとも表現しがたい空気が元凶を除いた子供達の間に漂うが、その合間を縫うように役人の拍手が鳴り響いた。

「説明ありがとうございました。ここまでの詳しい説明は予想外でしたが、実はですね、参加受付人に対して街と宝探しの成り立ちを説明できることと言うのが皆さんが宝物を見つけるための条件の一つとなっております」

 他にも、宝探しの存在に気がつくこと、街の各所にいる協力者達の内の一定人数から推薦のあること、それらの条件を満たすことで正式に参加できるか否かの審査を受ける事ができるらしい。

「ちなみに、今回推薦してくれた人達が誰なのかは、教えて貰えるのかな?」

「すみませんが、原則禁止となっています。誰かわからない方が見ていて楽しいと言うのが禁止の理由ですね」

 ファルの素朴な疑問に対し、コージマが緩く頭を横に振って回答を拒否する。

 回答がないのは予想内なので問題はないが、添えられた余計な情報に他三人が幾度めかのげんなりとした表情を浮かべた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。これにて参加手続きは完了となります。この後私達の方で審査を致しまして、後日結果をお伝えするという流れになります」

 おそらくは何事もなく受理されることと思いますが、ともとよりそらぞらしい笑顔を満足げに深めながら用紙にペンを走らせる。


「それにしても、昔の人達は何を思って参加してたのかしらね」

「それでしたら、面白い参加理由が残っていますよ」

 たしかこちらの資料に記載があった筈、と鞄から取り出した別の資料を捲りながらひとりごちる。

「あぁ、ありましたね。曰く、大人達のしたり顔が癪にさわったから、らしいですよ」

 案内係の言葉に、表現しがたい沈黙が通り過ぎたあと、説明を受けていた子供達四人の内三人のの視線が一ヵ所に集中する。

 友人達から視線の集中放火を浴びて僅かに目を丸くするが、すぐに表情を崩して笑い声を上げる。

「やだなぁ、ぼくはそんな喧嘩腰の物言いはしないよ」

 軽く手を振りにこやかに振る舞って見せるものの、当然のごとく説得力の欠片もない。

「お前、よくそんな空々しい事が言えるな。伯爵の所で似たようなことを言ったって聞いているぞ」

「あれはさ、あまりにもお膳立てされているから挑戦されているような気がしたと言うかさ」

 何だかこう、と手振り身振りを加えて説明されるが、元々が説明下手な質の上に表現が曖昧ときては理解を得られる筈もないのは当然の事。


 それで、と説明のための奇妙な踊りもどきを繰り広げる相棒を無視してラズが問いかけた。

「おれ達は、この先何をすれば良い?」

「簡単だよ。手掛かりを見つけて、それを繋いでいけば良いんだ」

「ファル、今はこれからの話をしているから、少し黙っていなさい」

 簡潔にして今後の方針としてはあまり参考にならない意見を口にするファルを、セリエが手をかざして制する。

 一連の流れを見て、矢張り素晴らしい組み合わせですね、とコージマが感心したように呟くが、子供達からは冷たい視線が返されるのみ。

「とは言えど、今の言葉も実は間違いではないのですよ。私達が想定している範囲であれ全くの偶然であれ、鍵は街のあちらこちらに散らばっています。何を選んでどの道を辿るかは、君達次第ですよ」

 もっともらしく告げる役人であるが、残念ながらこの短い時間の言動を思えば、子供達が感銘を受ける筈もない。


 聞くべきを聞き、伝えるべきを伝え終えた役人が手荷物をまとめて腰を上げて暇を告げようとくちを開きかけ、何かを思い出したかのように動きを止める。

 何やら言い難いことがあるのか些か視線を泳がせた後、続きの言葉を紡ぐべく軽く咳払いをした。

「言い忘れていましたが、今回の参加にあたってファル君以外の皆さんに役場からのたってのお願いがあります」

 名指しで除外をされたファルからさり気なく視線を外しつつ、あまり前例のないお願いなのですが、と役人が後を続ける。

「実はですね、今回の宝探し関する事柄以外の騒動を最小限にと、特に迷子になったり機械を分解することのないよう、くれぐれも注意をして貰いたいとのことです」

 恐らく本気であろうその言葉に、ファルを除く三人が、さもありなんと大きくの頷いたであった。

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