目覚めた祟り神

 





夢を見た。

 

小さな粒だった。

 

自分より小さな粒を取り込んだ。

 

その粒を取り込んだ途端大きくなった。

 

魚だった。

 

最初はふにゃふにゃだった。

 

だんだん背筋がまっすぐ伸びてきた。

 

家守だった。

 

海と陸を行き来した。

 

陸に慣れてきて段々皮膚が厚くなってきた。

 

鼠だった。

 

大きな蜥蜴に追われ隠れながら暮らした。

 

地震と熱波と噴石にやられて大きな蜥蜴はどこかに消えた。

 

猿だった。

 

木の上で手足を使って生活していた。

 

木の下に降りて足だけで歩くようになった。

 

そして、眩い光を見た。





「んっ、ンン…」


寝起きの、声になってない声が辺りに響く。


今のは…


「……夢?」


見上げると赤い空。小鳥が視界の端を飛んだ。


つい先ほどまで、何か夢を見ていたような気がする。

目覚めて少し経ったからか、もうどんな内容かは覚えても覚えてない。

ただ何となく、よくわからない夢を見ていた。そんな気がする。


……って!?!?


「………目覚めた!?!?」


それまで考えていた事のおかしさに驚いて、バッ!と身体を起こす。


「え!?待って!??私、生け贄として生き埋めにされたよね?」


確か、旱魃を鎮める為に聖女としてミムロ山で生け贄にされて…


「土の下に埋められて、最初は苦しかったけと、段々、頭がふわふわしてきて、それで……。それで」


死んだ、よね??普通、生き埋めにされてるんだから、私、死んでるよね?????

2回目???まさかの2回目???????

また異世界転生?


あたりを見渡す。


「ん?………え!!??」

「…… 夕日が落ちてるあの山、もしかして、フタカミ山?……それにイヨド湖……」


目に入ってきたのはデジャヴを感じさせる景色。

いや、デジャヴどころじゃない。夢を見る前に見た景色を少しオレンジ色に暗くしただけ。


「…ッ!?!まさか!!ここって!?!?」



バッっと地面を見下ろす。

最近埋めたばかりのように、土がもっこりと競り上がっており、その上に大きな石が乗せられている事がわかった。

下に誰がいるのかなんて直ぐにわかる。


あの山だ、郷の人が神と崇めていたあの山。

大神様が住んでいると言う。あの山。



ミムロ山



異世界じゃない。

同じ世界。


そうだ、体は!?


「小、さい」

背丈、手足の長さ、胸の大きさまで、全てが小さく感じられ。

狩りや鍛錬で出来た分厚い手のマメや身体中の傷は、なかったかの様に全て柔らかい肌へと還元されている。


若返ったやり直しモノ…?」

いや、今の私が着てる綺麗な真白の死装束のようなこの服は、あの郷の技術力では到底作れないから恐らく違う。



思いついた可能性は二つ。

全く新しい身体が急にここに現れるタイプの転生か。

もしくは私が死んでから時が経っていて、偶々ここにいた少女に憑依してるか。


現実的に考えて恐らく後者だろう。スワンプマンじゃあるまいしなんの変哲もないところから人体が生まれてくるなんてある訳ない。


あ、でも物凄く似た景色の魔法のあるパラレルワールドの可能性とかもあるし

というか、科学的に考えても元のザ・物理な世界でもスワンプマン出来る可能性あるんだっけ?

そもそも科学は今まで起こらなかったから起こらないだろうって学問だから、どんなに物理法則を無視した馬鹿馬鹿しい事でも起こる可能性があるってヤツ。


もしかしてそれか?奇跡が起きたか?

いや、そんな訳ない。いやでも……。


「……ぁぁああああああ!!!!もう!面倒くさい!!」


こんなところでウジウジ悩んでたって仕方ない!


とりあえず、郷がどうなってるか見に行こう。状況確認だ。

郷の様子が分かればいくらか絞れる。


私はそう考えて、森の中に足を踏み入れた。

「…あ、ヤバ、これ歩きづr((   」







ミムロ山は元々、春から冬までずっと緑々しい木々が生い茂る山だった。

赤松あかまつが堂々と、常に緑の傘を並べ、くわよもぎ油菜あぶらななどが生い茂る。現代の日本ではもう見られないような原風景。

周辺には時々、百合なんかも生えていて、ミカと一緒になってよく愛でていたものだ。


でも、今はどうだろうか?


雨が一向に降らず、樹木も草花も綺麗な深緑からベージュに色を変え、動物達は次々と死に絶えようとしている。


この頃、よく見た風景だった。




わかってた。わかってはいた。

あんな事をやったところで、雨が降る訳がなかったんだ。インチキ巫女の私が生贄になったところで、意味なんかなかったんだ。

わかってた。わかってはいたけど、それでも辛い。



あの時、生贄に志願した理由は死んだ後の結果がわからないからと言うのが大きかった。

どうせ死んだ後はこの世界と関わることはない。関われない。それならみんなの為にと思ったのだ。



ずっと、ずっと。見えも聞こえもしない存在の架け橋と偽り騙してきた。理論だけ、表面だけを理解して、本質もわからずに神の名を借りて人を騙し続けた。

別に、生きたいなんて思ってなかった。転生なんてしたくなかった。だから、あんなに、簡単に命を捨てられた。


なのに、死んだのに。また、生を受けてしまった。


……私はみんなの役に一片も立ってないと示された。



自らの無力さに、無意識に涙が出る。


ポツ、ポツ、


「え?」


掠れた声で空を見上げた。

空が木漏れて、雲が掛かっている事が見れる。



ポツポツポツポツポツポツポツポツポツポツポツポツ


ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!



雨が降り出した。







郷に降りると、大騒ぎだった。


「おぉ、雨だ」

「大神様は我々を赦された」

「癒しの雨だ」

「モモソ様のおかげだ」

「ありがたや」

「モモ、ありがとうッありがとうッ」


族長も、ミカも、子どもたちも、みんな空を見上げて笑っている。

久しぶりの大雨に皆、喜んでいた。


笑みが溢れる。


「………。ありがとうございます。大神様」

「これを、見せたかったんですよね」

「本当にありがとうございました」


多分、御山の大神様は私をこれを見せる為にこの世に引き留めてくれたのだろう。

郷のみんなの笑顔を見ながら逝けるなんて、とても幸せだ。


そう思って、私はここから去ろうとして。


「あれ、は」

「なんだ?」

「?ぁ!?ま、さか」

「あぁ、ぁぁ」

「そんな!?」


「あ…」

皆が私の方を見ている。

バレたみたいだ。


誰にも見つからずに去りたかったんだけどなぁ

ああ、どうしようか。みんなに私の去り際なんてもう見せたくはない。

……仕方ない、山頂に戻って逝こうか。


そんな事を考えていると族長が驚きを隠せないのか大きな声で言う。

「大神、様」






……………。んん!?!?




え?大神様?


「おぉ、我らのために」

「大神様!!」

「この度は誠に有難うございます」

「大神様、申し訳ございません、大神様!!」


え????????


郷のみんなが私に向かって土下座をしている。


え????????

えぇ???????


私の方を向いて土下座しながら大神様と言ってる。


意味がわからない。

えーっと?私の後ろに大神様が顕現なされてる、とか?


後ろを振り返る。

誰もいない。


??????


もう一度振り返る。

誰もいない。


??????????


…………………、


そして、もう一度振り返る。

誰もいない。


……っッッ!?!?!?!!?!?!?!?


もしかして、大神様って私の事!?!?!?

なんで?なんで私が大神様なんて…?

い、いや、今はそれどころじゃない。とりあえず誤解を解かないと…!


「私は大神様じゃなくて、トt──ッッッ!?!?」


ヴァっッッッ!!!!


ヒェ…


族長がバッ!と、いやもう首の動きが早すぎてヴァ!!という感じでグルンと首を上げて、打ちひしがれたような、真っ青な顔を覗かせる。


いや、まって?その顔でガン見されるのガチで怖いんだけどっ!



「あ、…あぁ、あぁぁぁ、お戯れを大神様!!!!!


この度は、この度は多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、我々一同深くお詫び申し上げますッ!!

貴方様の怒りに触れるようなことがッ!!今再び起こる事が一切ないようにお約束致しますッ!!


ですので!!!!!!ですので!!!!!!!!どうか何卒なにとぞ!!

我々を見捨てないいただきたいッ!!!!!!!!!!


本当にッ!本当にッ!!!申し訳ございませんでした!!!!」


「「「「申し訳ございませんでした!!!」」」」


族長は血相を変えて捲し立て上げ、その後に泣いて頭を地面に擦り始めた。

郷の皆も真似して頭を擦る。


え?まって!?怖い怖い怖い!!!

なんで?????

まって???????

ど、どういう事???????


誰でもいいから、この説明をしてほしい。切実に。



よ、よし。とりあえず、状況を整理しよう。


まず、生け贄になったと思ったら幼女になっていた。

泣いてたら雨が降ってきた。

郷に帰ってきたら大神様と崇められた。←イマココ


????????


意味わかんない。

本当に意味がわからない。


確かに泣いてたら雨が降ったけど、それは私が降らせたわけじゃなくて偶々だし。

私は別に怒ってないし、どちらかと言えば迷惑かけたの私だし。

そもそも、私絶対神様なんかじゃないし……。



というかこれって、私の事大神様って思ってるって事だよね?

それなら、私が大神様じゃないって言う風に誤解を解いたら、みんなも──


私はそう思いながらチラリと皆んなの方を見る。


「御許しください!!!大神様ッッッ!!!」


誤解、を……。


「大神さま!!もうしわけございません!!!」


…………。


うん!無理だな!!


目は飛び出そうなほど見開き、口は痙攣し、死体のように顔を青くしている。

血相がヤバイ。

これはもう誤解を解くとかそんなレベルではないだろう。


とりあえず、この状態を落ち着かせる事が先決だ。



というか、今気づいたんだけど。そもそも、解いたら解いたで面倒だな。


生け贄が生き返ったということは、神様に差し上げた物がそのまま返品されたという事だ。

その事実を知れば、確実に皆んなは今より混乱する。発狂して自殺し出す奴が出るくらいには混乱するだろう。


現代風に例えると、あれだ。

ヤの付く人へのお詫びの品をそのまま返品されたら。要らないのか、必要ないのか。わからないがとにかく怖いだろう。

それを何倍にもスケールを大きくした感じ。

うん、たとえ下手だな。まぁどうでも良いけど。


「お許しください……ッッッ!!!」


……で、これどうすっかなぁ?


死んだ私が霊として現れて、雨を降らせた。とか、そんな感じで説得は……。


……ダメだ、お化けが出たって怖がられる。

それに、もしここで大神様じゃないって言ったら、多分みんなの精神が壊れる。

私が降らせたという事は、この雨が大神様は許した訳じゃなく、私が降らした一時的なものって事の証明になってしまうから。

この世界の人間にとって、聖女が体張っても許されなかったとか絶望以外の何者でもないだろうし。



やっぱり、私が大神様って言った方がいいのか??

いや、でもここで私が大神ですって名乗って、本物じゃないってバレたら郷のみんなから殺されるだろうし……。

いやまぁ、死んでるけどぉ……。


やっぱり、ここは適当に誤魔化して──





「お許し、ください……。大神様…!」

ミカが許しを乞う。




いかずちが落ちる。




…違う。


バレたらとか、後のことなんてこの際どうでもいいだろ。

子どもが泣いて、郷のみんなが絶望して、親友が許しを乞うているのに、それで一ちゃん最初に考える事が自らのリスク?


違うだろ。


宮女の役割はなんだ?

神と繋がりを持ち、天啓を元に、皆がこころ安らかに過ごせる社会を作ることでしょう?

例えそれが嘘に塗れた妄言だとしても、皆に安心を届ける。それこそが私たちの役割。そうでしょう?


役割をすっぽかして何が聖女だ。


今やるべきはただ一つ、皆んなを安心させる優しい嘘を吐くこと。

多分。それが今、私がすべき事だ。


覚悟を決めると混乱は薄くなる。

風は弱く優しく、雨粒は大きく強くなっていく。



さてと、そうと決まれば大神様が出てきた理由だ。



そもそも、大神様が姿を見せる事はこの世界の人間からしても非常に稀な事だ。

普通の人はもちろん、聖女ですらそうそう会える者ではない。


50年ほど聖女を勤め、恐らく歴代最長とまで言われる先代ですら。『神様は基本無干渉だよ。我々と交流を図られる時はね、我々に何か申し伝えられる時がほとんどなんだ。だからこそ我々は滅多にない神託をきちんと判d(以下略 』と言うほどで。先代でもはっきりと神と交渉した事があるのは生涯1、2回しかなかったらしい。


それもその一二回の交信も夢といった曖昧な場所で、だ。



そう、つまり逆を言えば。神がこれほどはっきり姿を表してでも交流を図るということは、それはもう重要なことを伝える為という訳しか考えられない。

そして、湖が枯れるほど雨が降らない今のご時世柄、その話は旱魃の話しかないのだ。


「……。頭を上げなさい。今回の件ですが、あなた達に非はありません」

「ぇ?」


もちろん私は神様じゃないから、理由なんて知らない。知ってるわけがない。

科学的にいうなら『エルニーニョ現象による降水量の減少』だとか『異常な経路の台風による海水温の低下』とかいろいろ考えはできるけど、それでも原因を正確に知ることは叶わないだろう。


でも、無理やり理由を作り出すことなら私でもできる。


「全ての原因は、先代宮女聖女トトビモモソによるものです」


「モモ、が?」


「ええ、トトビモモソは宮女聖女としての器はなかったのです」



私を聖女にしたのは私の先代の意思だ。


転生前の知識を見た先代が、この郷の政治を任す為に聖女に仕立て上げた。呪法理論、この世界の成り立ち、この世界での最先端の知識、政治方法などを教え、私を勝手に聖女に仕立て上げた。ここに、この郷の総意がないことはわかっている。



「霊感も霊力も、この郷の者の中でも一番劣っていました」



全てを私たち故人のせいにすれば、生きてる皆んなが傷つく事はない。

これが全員を納得させ、誰も不幸にならない唯一の方法だろう。



「そんな彼女を宮女としたことで、私とあなた方との繋がりが離れ、このような事になってしまった」


「申し訳ございませんッ!!今後このようなことがないよう粉骨砕身していく所存でございますッ!!!」



風は止み、雨足だけが強くなる。

まるで、心を映すよう。


ああ、そうだ、嘘は私の専売特許だった。

神の存在を偽り。自らの功績を偽り。自らの出自を偽った。

生まれてからずっと嘘を吐き続けた。


「ですので、このような事がないよう。宮の女は代々族長の家から出すものとします」


そうだ、私は嘘つきだ。


だからこれもいつもと同じ事。


「いいですね?」


そしてまた、私は嘘をついた。

大粒の雨はただ、強く打ち付けていた。

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