前のエピソード――第16話　失敗しました

放課後、今日もブライン様の従者に王宮に来るように言われた。でも今日は、私には大切な用事があるのだ。

「申し訳ございませんが、本日は友人と過ごす予定でございます。ですので、王宮には行けないとブライン様に伝えて頂けますか？」

従者の方に申し訳なさそうに伝える。

「…そうですか。わかりました。それではご友人との約束が終わりましたら、王宮にいらして下されば大丈夫です。それでは私は、これで」

「あ…待って…」

王宮には行かないと断ろうとしたのだが、従者の方がスタスタと歩いて行ってしまったので、これ以上は何も言えなかった。どうやら今日も王宮に行かなければいけないのね。

はぁ～とため息を付く。

おっといけない、クロエ様が待っているわ。急がないと。

クロエ様が待っている校舎裏へと急ぐ。今日は階段から突き落とし大作戦、失敗してしまったものね。

校舎裏に着くと、腕を組み不機嫌そうなクロエ様の姿が目に入った。

「クロエ様、お待たせしてごめんなさい。今回の階段突き落とし大作戦、失敗してしまいましたわね」

「ちょっとオニキス“失敗してしまいましたわね”じゃないわよ。あなたのせいで、私の評判が落ちてしまったじゃない。大体、あれほどまでに練習したのに、どうしてちゃんと出来ないのよ。このおバカ！小説の中の悪役令嬢、オニキスはもっとしっかりやっていたわよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

怒り狂うクロエ様、これはマズイわ。何度も何度も頭を下げる。

「本当にあなたは！あなたのせいで、あのゴリラみたいな男に体を触られるし、本当に最悪よ。あの男、鼻息が荒くて気持ち悪い事このうえなかったわ。私はヒロインなのに。第一私は、ブライン様の様な美しい男性にしか触れられたくないのよ」

どうやらブレッド様に運んでいただいた事が気に入らない様だ。

「クロエ様、ブレッド様はご厚意で運んでくれたのですよ。その様な事を言うのは良くありませんわ。ブレッド様、お優しくて素敵な殿方ではありませんか。私、あの様にがっちりした体つきの方、好きですわ」

やっぱり男性は優しい人がいいわよね。それから、私を愛してくれる人。

「それじゃああなた、ブライン様と婚約破棄したら、あのゴリラと結婚すればいいでしょう。あなたにはゴリラがお似合いだわ」

「そうですか？でも、ブレッド様にも選ぶ権利があると思いますの。それに私は、私の事を心から愛してくださる優しい殿方と結婚したいですわ。私、ブライン様と婚約してよくわかったのです。女は愛するより愛された方が、幸せになれるって。だから今度は、私を愛してくださる人と、婚約したいですわ」

「目を輝かせて乙女の様な事を言わないで頂戴。でも、あなたの気持ちもわかるわ。ずっとブライン様から見向きもされずに来たのですものね。自分を愛してくれる殿方と結ばれたいと思うのも無理はないわ。まあ、私とブライン様は相思相愛だから、何の問題もないのだけれどね」

クロエ様の言う通り、好きな人に見向きもされず、一生寂しく過ごすなら、私だけを見てくれる殿方に愛されながら生活した方が、ずっと幸せだ。

「オニキス、あなたも幸せになりたいなら、いい加減悪役令嬢オニキスを演じ切りなさい。あなたが失敗するたびに、あなた自身の幸せも遠のいているのよ。分かっているの？」

「そうでしたわ。私が失敗すると、私はもちろん、クロエ様やブライン様も不幸になってしまわれるのですね。分かりました。次からは頑張ります」

「そう…相変わらずいい子ちゃん発言がムカつくけれど、まあやる気だけは買ってあげるわ。いい、あなたは相手の事を考えすぎなのよ。私の事は気にしないで、思いっきりやる事。現に小説の悪役令嬢、オニキスは何のためらいもなく、行っていたわ。いい？次は2ヶ月後にある、王宮主催の夜会よ。そこで私の頬を扇子で叩くの。いいわね」

「まあ、扇子でクロエ様の頬をですか？そんな事をしたら、跡が残ってしまいますわ。令嬢の大切な顔を傷つけるなんて、出来ません！」

「だから、それが駄目だって言ってるのよ！いい、私の顔にアザは残らない！小説でも残っていなかったのだから、あなたが心配する事じゃないの。本当にこのおバカ、黙って私の言う通りにしなさい！」

「ひぃぃ、ごめんなさい。クロエ様、こんな怖い顔で怒らないでください。私、頑張ります」

「だからいちいちそんな事で泣くんじゃないわよ。本当にあなたは！いい？この2ヶ月、メイドでも捕まえて扇子で頬を叩く練習でもしておきなさい。いいわね」

「メイドの頬を叩くですって！そんな野蛮な事、出来ませんわ。だってメイドたちは、私のお世話を一生懸命してくれているのですよ。それなのに扇子で叩くだなんて、そんな恩知らずな事は出来ません！」

「あなた、いい加減にしなさいよ！それでも悪役令嬢なの！本当に、絶対に神様は、オニキスにいれる魂を間違えたわね。それなら、ぬいぐるみを使って扇子で叩く練習でもしたらいいわ。本当に世話が焼けるのだから。それじゃあ、私はもう行くわ。いいわね、今日の行いをしっかり反省し、今度こそ、絶対に絶対にぜぇったいに、失敗しないでよ」

そう言い残して、そのまま帰って行ったクロエ様。私、扇子でクロエ様を叩くだなんて、出来るかしら…