63. カラフルな絵だって錬金術ならちょちょいのちょい!

 これで一ページごとの印刷については目処がついた。

 普通の本ならこれで発行できる。

 問題は薬草の絵なども図で示さなければいけない、医術書の問題点だ。


「さて、どうする? そのカラフルな絵を使った図は素晴らしい。だが、それを大量印刷となると骨が折れるぞ」


 公爵様の説明だとこうなる。

 絵のうち同じ色になる部分だけをインクがつくようにし、型を作り紙に押しつけて最初の印刷をする。

 そして、同じように作った別の部分の型を紙がずれないようにして押していくというのだ。

 これだと時間がかかる上に、紙がずれないように工夫をしなくちゃダメ。

 金型だってたくさん作らなくちゃいけないからコストもかかる。

 それに、同じ色の部分を切り出す作業は医師の側でやらなくちゃいけないから、絵をひとつ分解するだけでも相当な負担になるんだよね。

 つまり、全員に多大な労力がかかってしまうんだ。

 なにかいい方法はないものか。


「ノヴァよ。なにかいい知恵はないか?」


「私ですか? レインボーペンを作ったのは私ですが、そうそういい方法なんて……あれ?」


「どうした?」


「ちょっと待ってください。考えを整理します」


「うむ。じっくり考えてくれ」


 今回写さなくちゃいけないのはレインボーペンで描いた絵のみ。

 そうなると、レインボーペンのインクのみに反応して型を作れる特別な機材を用意すればいいんじゃないかな?

 あとは、レインボーペンに反応して同じ色を発色してくれる魔法のインク。

 うん、なんだかできそうな気がしてきた!


「公爵様。なんだかできるような気がしてきました!」


「そうか。では、いま試せるか?」


「はい。といいたいところなんですが、素材が足りません。それを買い足さないと」


「素材か。特別な素材でなければ屋敷の者を使いに出して買ってこさせよう。なにが必要だ?」


「では。顔料がほしいです。それも可能な限り色とりどりな顔料を十五色以上」


「顔料か……染め物に使う染料ではダメなのか?」


「昔レインボーペンを染料で作ろうとしましたが、うまくいかなかったんです。今回も似たような物を作るので同じ結果になるかと」


「わかった。そういうことなら顔料を買ってこさせよう。しばし待っていてくれ。おい、誰か!」


 公爵様は使いを出して顔料を買いに行かせた。

 その人たちが戻ってくるまでの間、私たちは今回の医学書で取り扱う範囲を考えることにしたよ。

 医学って一言で言っても、とっても幅広いからね。


「さて、モーリー。今回の医学書を作るにあたり、どの程度の本を作るつもりだ?」


「そうですね。まずはこの国の言語と国際共用語の対応辞典は必須でしょうか。医学書の多くは国際共用語で書かれております。この国の文字すら読めない者が多いのは承知しておりますが、それに加えて国際共用語にも対応できないと医師にはなれません」


「なるほど、ではその辞典は必須だな。ほかには?」


「基本的な医学をまとめた本を一冊、それと薬草についてまとめた本を一冊と考えております」


「薬草だけで一冊か。その理由は?」


「はい。公爵家の薬草園では同じ環境ですべての薬草を育てておりますが、ノヴァ様が言うにはそれではいけないそうなのです。薬草の中にも暗がりを好む物や、ジメジメした環境下でのみ生息できる物など多種多様にあります。それらを可能な限り網羅したいと考えております」


「ふうむ。花にも日当たりの悪い場所を好みにする物があると聞くが、薬草にもあったのか。わかった、最初はその三冊から始めよう」


「ありがとうございます、公爵様」


 そのあとも、各本の内容について活発な議論を繰り広げた。

 例えば、医学書にはどの薬草を使うかを可能なら薬草図鑑のどのページにあるかも指し示せればいいとか、薬草図鑑のページにも主な使用用途や各地方での俗称を書いた方がいいなど、私ひとりでは思い浮かばないことばかりが出てくる。

 私にできることは錬金術の道具を用意することくらいだけど、みんなそれぞれやることがたくさんあるんだね。

 私も負けないようにしなくちゃ。


 話し合いを続けていると、顔料の買い出しに行ってくれていた人たちが戻ってきたみたいなので、私はそれらを受け取り別室へと移動した。

 さて、ここからが錬金術士の本領発揮だよね!


「いくよ、シシ!」


「にゃあうん!」


「材料ぽいぽい。元気になーれ! ふっふふのふ~ん♪」


 私はほかにも用意していた材料とともに、それらを使う順番に放り込んでいった。

 完成したのは数枚の木板と透明なインク、それから虹色のインクだ。

 想像通りなら、これで薬草のページも写せるはずなんだよね!

 それじゃあ、みんなのところに戻ろう!


「完成したのか、ノヴァ。一体なにを作ってきた?」


「はい、公爵様。レインボーペンで書かれた文字や絵などを写し取るための木板とインク、それから写し取った文字や絵を紙に写すために使うインクです!」


「ほほう。それがうまくいけば、錬金術頼みという問題点を除いて本の大量生産も可能になるな」


「はい! 早速、試したいのですが場所を移しましょう」


「そうだな。この部屋の家具を汚されては敵わん。別室へ移動するぞ」


 私は公爵様たちを伴って作業部屋へと移動した。

 そこでローレンさんからレインボーペンで描いた薬草の絵を一枚借りる。

 ここからが、今回のアイテムのすごいところだからね!


「ノヴァよ。それらのアイテムはどう使う?」


「はい、公爵様。まずはこの特別な木板に、こっちの透明なインクを塗りつけます」


「ふむ。透明だから水かと思っていたが、それもインクか」


「はい。間違って飲まないようにしてくださいね」


「気を付けさせよう。次はどうするのだ?」


「次は、こうです!」


 私はその木板の上にローレンさんが描いた薬草の絵を押しつけ、満遍なくこすりつけてから絵を剥がす。

 すると、元の絵の方は特に変わりなく剥がれたが、木板の方に元の絵とまったく同じ色、同じ形のあとが残った。

 これにはみんなビックリしていたね。

 私も上手く成功してくれて嬉しいよ。


「ほほう、これは不思議なものだ。これも錬金術だからこそか」


「錬金術だからこそでもありますが、レインボーペンのインクを使っているからこそでもあります。レインボーペンはそのインク自体に魔力が込められているので、それを感じ取って写し取る薬剤を作れないかと考えて作りあげました」


「なるほど。理屈を説明されるとよくわかるな。それで、これを紙に写すにはどうすればいい?」


「はい。それにはこっちの虹色のインクを板に満遍なく塗って、紙を押しつけます」


「紙は普通のものでも構わないのか?」


「はい、そのはずです。今日は私が作った紙でだけ試してみましょう」


「そうだな。そうするか」


 公爵様の許可も出たので、早速虹色のインクを木板の上に虹色のインクを満遍なく塗り、そこになにも描かれていない紙を置いて満遍なく押しつける。

 それを剥がすと、元の絵とまったく同じ色で描かれた絵が写っていた。

 やったぁ、完璧!


「ほう! これは驚いた。あの色とりどりな薬草の絵がきれいに写し取られているではないか!」


「注釈もばっちり写し取られているが、ローレンよ、注釈もレインボーペンで書いていたのか?」


「はい、モーリー様。持ち替えるのが大変だったのでレインボーペンで黒いインクをだし書いていました。まさかこのような形で役に立つとは思いもしませんでしたが」


 あ、そっか。

 レインボーペンのインクにだけ反応するから普通のインクで書いた文字は写せないんだ。

 そのことを改良するかどうか確認したけど、わざわざ普通のインクにまで反応する必要はないとのことだった。

 むしろ、写したくない注釈を普通のインクで書き込むことで、写す部分と写さない部分を切り分けることができ、助かることもあるだろうということだ。

 やっぱり大人に人たちって私よりも考えが進んでいるね。

 私も見倣わなくっちゃ!


 そのあと、一回のインク塗りつけで何枚の紙が転写できるのかという話題になり、試してみたところ、二十枚以上いけることがわかった。

 二十枚でやめてしまったから本当は何枚刷ることができるかはわからないけれど、そちらは公爵様の方で確認してくれるそうだ。

 今回作ったアイテムたちは木板が『虹写しの木板』、透明なインクが『虹写しのインク』、虹色のインクが『レインボーインク』と呼ばれるようになった。

 公爵様からはこれらの道具を帰るまでになるべく多く作ってほしいと言うことなので、それも承る。

 私の錬金術もいろんなことで役立つようになってきたぞ。

 これからも頑張らなくっちゃ!

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