第五章 お薬は誰にでも売ります
25. まだお薬が売れません
薬草畑が出来てから二カ月あまりが経った。
でもまだお薬は売れない。
売る許可が出ない。
わたしのお薬は本物なのに!
「アーテルさん、どうしてわたしのお薬を売っちゃいけないんですか!」
わたしは毎日顔を出してくれているアーテルさんに、ここのところ毎日投げかけている質問を今日も行う。
もちろん、アーテルさんの答えもいつもと一緒だ。
「ダメなものはダメなんだよ。わかってくれ」
「むぅ。わたしだって一人前の錬金術士なのに」
一人前の錬金術士がお薬を売ってはいけないなんてひどすぎる!
こうしている間にも、〝ぼうけんしゃぎるど〟では怪我をした人がいっぱいいるって聞くし、街の人たちだって病気になった人がたくさんいるって聞くもん。
わたしならすぐに解決できるのに!
「大体、どうして錬金術士が王都にみんな集められているんですか! そっちの方が不自然です!」
「不自然って言われてもなぁ。いろいろとあるんだよ」
「いろいろってなんですか!」
「あー、それはだな……」
わたしの質問攻めにアーテルさんもタジタジだ。
もう一押しすれば聞き出せる!
「おやおや。ノヴァちゃんはアーテルに質問攻めかい?」
「スピカさん!」
もう少しでアーテルさんを落とせそうだったのに、店番をしていたはずのスピカさんがやってきてしまった。
くっ、タイミングが悪い……。
「質問の内容はあっちでも聞こえていたよ。アーテル、それくらい話してお上げ」
「いや、いいのか? スピカ婆さん」
「まずは知らなければ納得も出来ないだろうからね。ノヴァちゃんはあたしたちが思っているよりも大人だよ」
「そうです! わたしは一人前の錬金術士です!」
「ああ、もう。わかったよ、話してやるから落ち着け、ノヴァ」
やった!
錬金術士の謎ひとつ解明!
でも、そのあとアーテルさんから聞かされた内容は、とても納得できるものじゃなかった。
「いいか、ノヴァ。錬金術士っていうのはその能力で爆弾とかも作れるんだよな?」
「作れるらしいですね。わたしは作り方を知りませんが」
「そうなのか? ともかく、爆弾なんて危険なものを作れる連中を野放しに出来ない、というのが理由だ」
なるほど。
確かに、爆弾を好き勝手作ってそれで暴れる人たちが出てきたら危ないかも……って、あれ?
「アーテルさん。それって魔法を使って暴れるのと大差ないですよね?」
「大差ないな。むしろ個人の資質によるが、魔法で暴れた方が厄介とも言える」
うーん、それだと錬金術士を取り締まる理由にならないような。
むしろ、魔法で暴れる連中を取り押さえるために爆弾を用意した方がいい気もする。
「まあ、ここまでが建前の話。ここからが本音の話だ」
「本音の話?」
「本当の理由って事だよ。国が錬金術士を取り締まるのは〝薬を勝手に作らせないため〟なんだ」
お薬を作らせないため?
でも、錬金術士のお仕事の基本はお薬の調合なのに?
「国にとって薬を安価に作られて売られるのはまずい理由がある。神官が不要になってしまうからな」
「〝しんかん〟?」
「前にも少し話した気がするが、国の説明では〝神の声を聞き、神の業を使う職業につく人々〟の事を指す。俺たち一般人にとっちゃ〝治癒の奇跡を使える人間〟でしかないがな」
〝ちゆのきせき〟?
それってただの治癒魔法だと思うんだけど。
そう伝えたら、アーテルさんもスピカさんも驚いた顔をしていた。
そんなに変なことを伝えたかな?
「ノヴァちゃん、それは本当かい?」
「はい、スピカさん、本当です。傷を癒やす魔法は治癒属性の魔法です」
「じゃあ、穢れた大地なんかを浄化するのは!?」
「浄化属性の魔法ですよ、アーテルさん」
ふたりともこれを初めて知ったような顔ぶりで天を見上げ、そのあと疲れた顔でわたしに向かって話しかけてきた。
「ノヴァちゃん、いまの話は誰にもしちゃダメだよ?」
「そうだな。神に認められたから神官を名乗っているのに、ただの魔法使いだったなんてことになったら国の、いや、世界中の神殿組織が揺らいじまう」
変なの。
この程度のことでも人は大騒ぎになるんだ。
わたしが治癒魔法や浄化魔法を使えることを伝えたら、なるべく使わないように言われたし、人の世の中って生きにくいのかも。
大変だね、人って。
「それで、〝しんかん〟って人たちとお薬がどう関係しているんですか?」
「あ、ああ。そうだったな、話を戻そう」
よかった、話を忘れられていなくて。
でも、ここから先にアーテルさんから教えてもらえたこともつまらない内容だった。
「神官は神殿組織を維持するために〝お布施〟をもらっているんだ」
「〝おふせ〟?」
「わかりやすく言ってしまえば、お金だ。普通に寄付されることもあるが、それ以上の収入源になっているのが街の人々を治療したときにお布施としてもらう治療費なんだよ」
「魔法を使うだけで治療費を取るんですか?」
「まあ、魔法も無制限に使えるわけじゃないしな。ともかく、治療をするためにはお金がかかるんだ。それはわかったな」
わたしはアーテルさんの言葉にうなずいた。
錬金術士だってお薬を作るのに薬草が必要だものね。
魔法を使うにも魔力は必要か。
魔力がなくなっちゃったら治療できないし仕方がないこと……なのかなぁ。
「ここで街に錬金術士がいると問題が生じる。錬金術士は薬を作れるだろう? そうなると、神官と錬金術士で客、つまり怪我人や病人の奪い合いが生じる」
うーん、確かに怪我人や病人だって有限だから安く治療してくれる方に行っちゃうよね。
でもそれって悪いことなのかな?
「それ以上に問題なのは、神官にとって治療とは金儲けの他に街の人々の信仰、要するに気持ちをひとつにする為でもあるんだ。街の錬金術士でもできてしまう程度のことが神の御業だと言っても信仰は集まらない。だからこそ、錬金術士は野放しにしてもらえなかったんだよ」
話はわかった、わかったけど……納得できない!
そんな理由で錬金術士が連れて行かれていただなんて!
「……その顔だと相当怒っているよな。俺に怒ってもしょうがないぞ、そういう歴史があったんだから」
「でも!」
「実際、神殿が異端審問と称して錬金術士を殺して回り、錬金術士もそれに対抗して神殿を襲撃して回っていた時代があったんだ。いまは平和になったもんなんだよ」
「むぅ……」
「錬金術士側が一方的に我慢しているのはわかっている。だが、神殿の存在を崩すわけにも行かないんだ。わかってくれ」
「……わかりました。それで、わたしのお薬はいつになったら売れるんですか?」
「あー、それなぁ。あと十日程度待ってくれ。そうすればこの地域で一番偉い人がこの街に着く。その人の許可があれば、この街で商売できるようになるぞ」
「本当!?」
「本当だ。この街には神殿がないからな。当然、神官もいないし錬金術士の存在はありがたい。よほどの事がない限り、薬の販売を許してもらえるはずさ」
やったぁ!
ようやくお薬を販売できる!
シシも嬉しそうだし、わたしも嬉しい!
ああ、早く売れるようにならないかな。
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