19. 雑貨店『星の降る場所』店主、スピカ
わたしはヴェルクさんとミカさんに連れられて〝ぼうけんしゃぎるど〟を後にした。
ふたりに連れられたまま歩いていくと、少し街外れの場所にお家が建っている。
ふたりともあそこに向かっているし、あの家に用事があるのかな。
入り口にはなにか看板があるけど、かすれてて読めないや。
わたしはお母さんから人の世界の文字も習っているけど、さすがにかすれた文字までは読めないもん。
「おーい。婆さん、いるか?」
ヴェルクさんがドアを叩きながら誰かを呼んでいる。
家だし誰かが住んでいるよね。
「なんだい、ヴェルクか。入っておいで」
扉の向こう側から声が聞こえた。
しわがれたおばあちゃんの声だ。
「おう。今日はミカと女の子も連れてきたが構わないか?」
「ミカはわかるが女の子? ともかくお入りよ」
「じゃあ、邪魔するぜ」
ヴェルクさんはドアを開き家の中へと入って行く。
わたしとミカさんもそれに続いた。
家の中にはたくさんの物が並べられており、それらの前には金額が書かれた札が置いてある。
ここ、お店だったんだ。
「よく来たね、ヴェルク、ミカ。それからそっちの女の子も。お茶でも出そうか?」
家の中にいたのはやっぱりおばあちゃん。
髪は白く染まっているけどそれ以外は元気そう。
このおばあちゃんがこのお店の人なのかな?
「ああ、頼むぜ、スピカ婆さん。ちょっと長い話になるかも知れないからな」
「おやおや。あたしみたいな年寄りを長話に付き合わせるんじゃないよ」
「よく言うぜ。長話は好きなくせによ」
「暇つぶしはそれくらいしかないからねぇ。ともかく、お上がり」
「ああ、遠慮なく上がらせてもらう」
わたしたちはおばあちゃんに連れられてお店の奥に入って行く。
そこはリビングになっていて、テーブルや椅子が置いてあった。
テーブルはお母さんが用意してくれたけど、椅子は久しぶりにみたなぁ。
スピカと呼ばれていたおばあちゃんはテーブルにわたしたちを案内すると、お湯を沸かしてお茶を出してくれた。
お茶、苦い。
「それじゃあ、そっちの女の子に自己紹介だねぇ。あたしはスピカ。見ての通りおばあちゃんだよ。このお店の店主でもあるのさ」
「あ、わたしはノヴァです。この子はシシ」
「にゃう!」
「おやおや。頭と尻尾が燃えている猫ちゃんかい? 魔獣か何かかねぇ?」
「魔獣じゃないです。聖獣です」
「おやまあ。聖獣様だったとは。これは失礼を」
「にゃうん」
あ、シシってば偉そうにしている。
でも、聖獣って事はシシも偉い?
よくわかんないや。
「それで、ヴェルク。あたしに用って言うのはこの子の事かい?」
「話が早くて助かる。この子供、ノヴァを里親として引き取ってくれねぇか?」
「あたしが里親? このあたしが? もうおばあちゃんだよ?」
スピカさんも驚いているみたい。
わたしだってひとりでやっていけるのに。
ヴェルクさんもミカさんも本当に信じてくれていない。
「まあ、話を聞いてくれ、スピカ婆さん。ノヴァの奴はフラッシュリンクスって聖獣を母親代わりにして育ったらしくってな。その母親からひとり立ちしてこの街へ送り届けられたらしいんだわ」
「本当かい、ヴェルク?」
「本人はそう言っている。衛兵もノヴァがいたところに火の玉が落ちてきて飛び去ったと言っていた。間違いはないよな、ノヴァ?」
「うん。わたしはお母さんから認められて巣立ちしたの。だから一人前なんだ」
「おやおや。ノヴァちゃん、一体いくつなんだい?」
「六歳です」
「六歳で一人前とは……聖獣様も厳しいねぇ」
そうかな?
わたしはもうシシと一緒でなら自力で暮らせると思うんだけど。
「まあ、聖獣様も厳しいとは思うんだが……問題はそこじゃねぇ。それだけが問題だったらスピカ婆さんのところに冒険者ギルドのミカを連れてこねぇよ」
「それもそうだねぇ。一体どんな訳ありだい?」
「この子供、錬金術士なんだわ」
「なんだって!? 錬金術士!?」
スピカさんがいきなり大声を上げて立ち上がった。
はずみでテーブルも揺れたし、どうしたんだろう?
「ヴェルク、それは本当かい!?」
「ああ、間違いない。ノヴァは冒険者たちが見ている前で錬金術を披露した、披露しちまった。間違いないよな、ミカ」
「はい、間違いありません。冒険者ギルドとして保証いたします」
「ああ、錬金術士だなんて。国に報告は!?」
「していない。するわけがない。この子供は聖獣様を母と呼び、聖獣様を連れ歩く子供だ。それもただ連れ歩いているわけじゃない。ノヴァ、左手を見せてやれ」
「え? はい、スピカさん」
わたしはヴェルクさんに言われるまま、スピカさんに左手を見せてあげた
スピカさんもわたしの左手を見て目を見開く。
「これは……従魔契約の従魔紋?」
「そうだ、従魔紋だ。つまり、その子供の聖獣様はノヴァの従魔ってわけだ」
「ああ、なんてこと!」
「わざわざ親である聖獣様がこの街の前まで連れてきて置いていき、聖獣様を従えている錬金術士だ。国になんて報告したらどうなるか」
「間違いなく国は捕まえようとするだろうね。それもこんな子供だ」
「俺もそう考える。ちなみにノヴァ、お前って自衛手段をどれくらい持っている?」
「じえいしゅだん?」
「身を守る方法だよ」
身を守る方法か。
えっと、数えたことなかった。
「いろんな魔法が使えます。あと、翼を炎にして物を燃やせるよ」
「いろんな魔法。どんな魔法だ?」
「ええと、炎の魔法が一番得意。水が苦手だけど、それでも使えるかな」
「炎、火属性か。どの程度のことができる?」
「うーん。火柱を上げたことはあるけど、どれくらいできるかは試したことがないかな。あと、シシはもっと強い炎が使えるよ」
「にゃおう!」
本当にどれくらいの魔法が使えるんだろう?
これも知っておいた方がいいのかな?
「とまあ、こういうわけだ。下手に国と争いになればノヴァと国が戦争になる。そして、ノヴァと国が戦争になれば親が出てくる可能性がある。つまり」
「聖獣様が国を滅ぼしかねない、というわけだね?」
「そういうこった。まったく、困った少女だぜ」
ヴェルクさんが肩をすくめるけど、わたしそんなに困った存在なのかな?
別に里親だっていらないんだけど。
「それで、ヴェルクや冒険者ギルドはどうするんだい?」
「俺はその場にいた冒険者どもに口止めをお願いした。意味はないだろうがな」
「冒険者ギルドとしてはギルド内部で情報を共有します。国へは報告しません」
「それだけじゃ弱くないかい?」
「アーテルも親父に連絡すると言っていた。後ろ盾はこれくらいありゃ十分だろう」
「……そうね。国が理性的な判断を下してくれると願いましょうか」
ヴェルクさんやスピカさんたちの話はまとまったみたい。
結局、どうするんだろう。
「ノヴァちゃん。あたしの子供にならないかい?」
「スピカさんの子供に?」
「ああ。ノヴァちゃんさえよければうちの子におなりよ」
「うーん、遠慮します。わたしのお母さんはフラッシュリンクスのお母さんだけなので」
お母さんはお母さんだけだもん。
スピカさんの子供にはならないよ。
「そう。それじゃあ、あたしの仕事を手伝ってもらえないかい?」
「スピカさんの仕事?」
「あたしはこの街で雑貨店を経営しているんだよ。でも、もういい歳だしかなり辛くなってきているんだ。一人前なら手伝ってくれると助かるねぇ」
そっか、スピカさんは苦労しているんだ。
なら手伝ってあげないと!
「はい。それならいいですよ」
「ああ、助かるよ。部屋はあるから住み込みで働いてもらえるかねぇ」
「はい。わかりました!」
「いい子だねぇ。じゃあ、お部屋に案内してあげようか。少し掃除すれば使えるようになるよ」
「はい!」
しばらくはスピカさんのお手伝いをして過ごすことになりそう。
でも、スピカさんも大変そうだし、それもいいかな?
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「行っちゃいましたね、ヴェルクさん」
「ああ。行ったな」
「スピカさん、さすがに言いくるめるのはお上手でした」
「俺より長生きしてるんだ。当然だろう」
「でも、私は話にしか聞いたことがありませんが、スピカさんって……」
「……娘を錬金術士として国に連れて行かれている。いまだって帰ってくるどころか生きているかもわからねぇ」
「……卑怯、でしたかね?」
「スピカ婆さんが適任だったから仕方がねぇよ。婆さんたちが戻ってきたらあいさつをして帰るぞ、ミカ」
「はい」
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