第118話

 

「熱い熱いあっついぃぃいい!!」

「いや絶対無理! これは無理っす!」

「え、マジ? これホント大丈夫なん?」


 颯のクラスメイトたちは現在、咲野 芽依が放った魔法に耐える訓練をしている。


「ちょっと熱く感じるけど、ダメージはないです」


「芽依さんの攻撃は私たちに危害を加えません。そう信じて下さい」


 颯と玲奈は燃え盛る炎の中で涼しい顔をしていた。


「颯君たちは流石だね。てか直人に私のこと信じてもらえないのはショックだな」


「俺は芽依のことは信じてるよ! でもそれとこれは別物だから!!」


 人間が受け取る情報の内、8割以上が視覚によるもの。明らかに燃えて見え、しかも熱いと感じてしまう場所に人は耐えられない。それが普通だった。


「玲奈もここにいられるの凄いね」


「ハヤテが出来るっていうなら、私はそれを信じるだけだから」


 彼女は妄信的過ぎて、炎すらも熱く感じない。


「颯君はいいなぁ。私も直人にそれだけ信頼してほしい」


 魔法を行使した本人とはいえ、熱さは感じる。しかし芽依もこの炎の中心で颯たちと共に他のクラスメイトたちが中に入ってくるのを待っていた。


「芽依さんだって凄いのでは?」


「私は炎に慣れる修行をしたから」


「修行って?」


「……まぁ、家庭の事情で色々あるの」


「お、お料理とかかな? 私も最初はコンロの火が怖くて、慣れるのにお母様と修行したからね。そーゆーことでしょ?」


「うん。そんな感じ」


「ふーん」


 颯も芽依も、互いに忍であることを知らない。


 この場で彼らが伊賀と甲賀の里の頭領からそれぞれ免許皆伝の書を受け取った現代最強の忍であることを知っているのは玲奈だけだった。現代ではどうなのか分からないが、昔は伊賀と甲賀の仲は良くなかったと聞く。そのため彼女は颯と芽依が争うことがないよう、ふたりが忍であることは隠そうと行動している。


「FWOがゲームだった時も、炎とかは熱いって感じたの?」


「そう。けっこうリアルだったよ」


「でも所詮ゲームだって思いこんでたし、熱さとかも抑えられてた。現実じゃかなり熱くなってるよね」


「玲奈ちゃんは颯君を信じてるからって言う理由は分かった。じゃあ颯君はなんで平気なの? ゲームだった頃の設定を信じてるから?」


「俺も熱さに慣れる修行をしたんだよね。燃える道の上を歩かされたり」


「えっ。それって──「ハヤテ! ちょっとこっち来なさい」


 玲奈が颯の手を引いて芽依から離れた。


 訓練エリアの周囲をぐるっと囲む炎の壁を通り抜け、直人たちがいる方とは反対側に出る。


「玲奈。どしたの?」


「あんたバカじゃないの!? 普通の人間は燃えた道を歩く修行なんてしないの!」


「それくらいは分かるよ」


「じゃあなんで芽依さんに言っちゃうかな」


「言っても信じないでしょ。冗談だって思われるよ」


 一般的に考えればそうなのだが、相手が忍では話が変わってくる。同じような修行をしたことがあれば、互いの素性に気付いてしまうかもしれないのだ。


「ハヤテが忍者だってこと、バレてもいいわけ?」


「特にダメって決まりはないよ。大抵は信じてもらえないし」


「芽依さんが信じちゃったらどうすんの」


「別に問題ないと思うけどな。もし忍になりたいなら、里で忍者修行コースが3割引で受けられる紹介状を書いてあげる」


 あまりの危機感のなさに玲奈が頭を抱える。


「玲奈、大丈夫?」


「私はあんたのこと心配してあげてんのに」


「ご、ごめん」


「ちなみになんだけど、忍者で有名な伊賀と甲賀の里って、今はそれほど犬猿の仲だったりしないわけ?」


「あー。甲賀と仲は良くないかな」


「ならダメじゃん」


「昔からの確執とか、依頼の取り合いとかあるみたいだし……。そう言えば甲賀も50年ぶりくらいに免許皆伝の書を受け取った忍がいるらしい。噂では俺らと同年代なんだって。意外と近くにいるかも」


「うっ、あ。そ、そうかもね」


 颯も芽依も普段は完璧に神力を抑えている。下忍や昇格したての中忍などは神力が一部漏れて揺らぎが見えてしまうこともあるが、彼らはそんなミスをしない。


 そのため互いが忍であることにまだ気付けていない状態だった。


 玲奈はそこまでの事情を把握していたわけではないが、とにかく今は運よくふたりが互いの事情を認識していないのだと判断する。



「ハヤテ、とりあえず私はこれからも頑張る」


「ん? まぁ、良く分かんなけど俺は応援するよ」


 友人になった芽依。そして恋人の颯が争ったりしないよう、玲奈はこれからもひとりで戦うことを心に決めた。

 

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