第040話 〈配信コメント欄〉


 西日本のトロフィーだった西園寺さいおんじ 日紗斗ひさとの救出から3日後。


 それまで何の動きもなかったハヤテのブースが、SNS等での事前告知もなしに配信を開始した。そんな状態にも関わらず、世界中の人々が颯の配信を見に来ている。別の攻略者のブースで配信を見ていた視聴者たちも、ハヤテが配信を開始したと知るとすぐに移動してきた。


 配信コメント欄は大いに盛り上がっている。


〈ハヤテが帰ってきたぞぉぉ!〉

〈お帰りー!!〉

〈今まで何してたの?〉

〈SNSとかで近況を教えなさい〉

〈配信されんの待ってたぞ〉


 彼の配信を待ちわびていた人々が歓喜の声を書き込んでいく。


「配信されてるかな? ……まぁ、勝手にされてると思うけど」

「みなさん、こんにちはー」


 颯は玲奈と共に、ダンジョンの中にいた。


 彼らの会話を視聴者は配信で聞くことが出来る。しかし颯たちは視聴者が書き込んだコメントを見られない。現在もまだダンジョンの内と外はあらゆる通信手段が無効化されており、強制配信以外で外部からダンジョン内の様子を知る方法はなかった。


 視聴者たちはそのことを把握したうえで書き込んでいく。


〈こんにちはー!〉

〈こんちゃ!!〉

〈エレーナ、今日も可愛いな〉

〈ハヤテ君もかっこいいよ〉

〈今日も頑張ってね!〉


 颯たちから反応がなくても良い。コメント欄が盛り上がれば、まるでお祭りのような高揚感がある。颯たちの行動に対して自分と同じような感想を抱いた人がいることを確認できれば共感を得られるため視聴者たちは自己満足でコメントを投稿する。


 一方でFWOの時はコメント欄を見ながら配信していた颯からすると、物足りなさを感じていた。


「たくさんコメント書き込んでくれてるだろうけど……。見られないのはやっぱりつまらないな」

「そうだね。でも私がいるんだし、寂しくないはでしょ? いっぱいお話しながら攻略しよ」

「うん! よろしく」

「はーい。えへへ」


 慣れた感じで颯が玲奈の頭を撫でると、彼女は頬を染めて嬉しそうな表情を見せた。


「てことで今回も、玲奈と一緒に攻略していきまーす!」

「していきまーす!」


〈やっぱりハヤテはエレーナとペア攻略か〉

〈しれっとイチャつきやがってww〉

〈いいよいいよぉ。もっとやりなさい〉

〈私もハヤテ君に撫でてもらいたい!〉

〈ほっぺ真っ赤にしてる玲奈ちゃん可愛い〉


 颯たちは最高効率でダンジョンを攻略していくため、その配信はダンジョン攻略ガチ勢から強く支持されている。ただ今はそうした人以外も大勢がこのブースに来ていた。颯と玲奈のやり取りは一種の恋愛リアリティショーのような感じなので、主婦や女子学生にも人気のブースになってきたのだ。


〈今回はどこのダンジョン?〉

〈この感じだと、水かな〉

〈まぁ、こいつらならどこだろうと安心して見られる〉

〈偽ハヤテ10秒討伐は伝説だもん〉

〈あのあと、アレを真似する奴ら増えたなぁ〉


 颯と玲奈は先日、西日本のダンジョンにトロフィーとして捕らえられていた西園寺日紗斗を救出している。その際にダンジョン中ボスである四刀流の剣士型モンスター、視聴者たちに『偽ハヤテ』と呼ばれるようになった個体を、彼らは僅か10秒で撃破した。


 偽ハヤテの四刀を颯が受け止め、少し身を屈めた彼の頭上ギリギリを玲奈が弓で狙って偽ハヤテのコアを破壊したのだ。これを模倣できれば偽ハヤテ攻略は簡単だと多くの攻略者が挑んだが、成功例は僅か数件のみ。


〈あれって、偽ハヤテの剣を止めてる相方の頭ギリギリ狙うんだぞ〉

〈どんな技術と度胸があればそんなこと出来んだよ〉

〈しかも偽ハヤテを止める方も相方を完全に信じてないと〉

〈受け止める側が途中で逃げちゃって失敗するのも結構いたな〉


 分析が進むほど、彼らが初回で決めてみせた連携の難易度が明らかになってきた。

 10秒で中ボスを倒せる連携を成功させるには相棒への強い信頼と圧倒的な技術が必要。致命傷を負えばずっと意識を失うかもしれないというリスクがある中、ゲームの様に無理が出来る人間は多くいなかった。


 逆にそれができてしまう颯と玲奈に対して、世界中の視聴者たちは絶対的な信頼を持って配信を見ている。


 このペアなら大丈夫──そう思わせる安定感があった。


「ちなみに俺たちは今、タイに来てます」

「サワディーカー。ここはバンコクにある泉のダンジョンでーす」


〈……は?〉

〈えっ、なんでタイ?〉

〈次はアメリカに行くかと思ってた〉

〈大統領の娘がまだ救出されてないんだろ?〉


 視聴者たちが予想するように颯は当初、アメリカのトロフィー救出に向かう予定だった。しかし玲奈が同行したいと言い出したので、予定を変更することにしたのだ。


 アメリカは以前、颯に自国のダンジョンを攻略させるための交渉材料とすべく、特殊部隊を日本に送り込んで玲奈を拉致しようとした。それ自体は颯の師匠である伊賀忍者の服部什造によって阻止され事なきを得たのだが、わざわざ自分たちを狙ってくる国に行く必要はないということで、渡米計画は中止となった。


 とはいえ大国アメリカの影響力は大きい。更にトロフィーになっているのは大統領の娘はハリウッドでも活躍する有名女優だという。彼女の救出を成功させれば、海外での知名度や人気を一気に獲得できる。そう考えられたので、タイのトロフィー救出後も米国大統領の娘がまだ助け出されていないようなら、次の目的地はアメリカになる予定だった。


 もちろんその際は、以前特殊部隊を送り込んできた件について米国側がしっかり謝罪し、国内で自由に行動できることが保証されたら──という条件付きで。


 視聴者たちが疑問を持つだろうと予測し、颯たちが答える。


「今回はここを踏破して」

「タイで人気の歌姫様を救出します!」


 この世界にダンジョンを出現させたのは、女神を自称する存在。女神はダンジョンに挑戦する人間を増やすため、世界中で人気がある人物を拉致し、ダンジョンの踏破記念品トロフィーにしてしまった。


 トロフィーにさせられた人を助け出すには、世界各地にある第3等級『泉のダンジョン』をクリアする必要がある。しかし現時点で泉のダンジョンを踏破することは容易でなかった。


 ボスや中ボスがいる最終階まで登っていくのにもかなり強化された装備が必要であることに加え、FWOの時とは変更された中ボスの偽ハヤテが強すぎた。安定して偽ハヤテを討伐できる数少ないパーティーが颯と玲奈だった。外国籍であっても少人数であればダンジョンに入れる仕様に変更されて以来、颯たちには世界中からトロフィー救出依頼が来ている。


 颯は玲奈の父親から、玲奈に相応しい男であると世界中が認めれば彼女との結婚を認める言われていた。そのため彼は世界各国のトロフィーを救出することで知名度を高めようとしている。


 そして今回、颯たちがアメリカより先にタイへ来た理由は──


「タイって、トロフィーにさせられた人がいる国の中では一番の親日国です」

「しかも王様から直接救助依頼が来ました。じゃあ、助けてあげなきゃ」


 日本人に対して良い感情を抱いている人口が多く、アジアの中では影響力が高い国とされるタイ。今回トロフィーにさせられたのはタイ王室と姻戚関係にある少女で、この国にやって来た颯と玲奈は、タイの王族は手厚く歓迎された。


「ものすごく丁寧にもてなしてもらいました」

「タイの王宮、凄かったです」

「うん。マジで凄かった。良くしてもらった分、お返ししなきゃ」

「そうだね。てことで救出任務、頑張りまーす!」


 颯と玲奈は泉のダンジョン攻略を開始した。

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