46話 "27と28"


28日昼頃13区サロンティア ムシノスローン事務所。


事務所の真ん中に蚊神が立っていた。

ソファにはアゲハ。仕事机に腰掛けているのはウィーブ。社長の椅子には久蛾。

そして蚊神の隣に立っているのはフルミであった。


「26日の手紙から27と何も言わなかった。そして28日の朝、帰ってきて青い顔をしている。話せ空木」


久蛾は足を組みながら背もたれに背中を預ける。


「わかりました。まず25日にスシカが40万を持ってきました。そのうちの30万がマフィアの金だったんです」


「……なんですって」


フルミが小さな声で驚く。

アゲハとウィーブは何も思っておらず久蛾は話の続きを待っていた。


「26日にはスシカに会いにいきました……がすでに死んでいて情報をくれた提供者に会いに21区まで行きました。それが昨日のことです」


久蛾は蚊神が情報提供者の名前を出さなかった事に疑問を持ったがそれは今回の件とは関係ないと思い問わなかった。


「21区では何を?」


フルミが横から尋ねる。

目にはゆっくりと怒りが湧いていた。


「スシカの30万が本当にマフィアの金かどうか。調べた結果、そうでした」


「マフィアの金って事ね?」


フルミが追撃する。


「そうです」


蚊神は久蛾に向かって頭を下げる。


「自分のミスです。探りを入れている段階で気付けていたはずでした。それなのに気づかずフライまで協力してもらって30万全てスシカから奪ってしまいました」


ウィーブとアゲハと久蛾がいっぺんにため息を吐く。


「まあーでも実際こういう仕事してたら関わり合う相手だったはずですし遅かれ早かれってやつじゃないですか?」


アゲハは何だそんなことか言わんばかりに蚊神に欠伸混じりで言った。


「……別に問題はない。警戒すればいいだけの話」


ウィーブも椅子に座る。


「その30万は……」


久蛾が話し始める。



27日昼頃21区バアルリンのモンドールが住むマンション。


スレッドが扉を開けてすでにダールの供述書と押収品を見ているベルルに鎮痛剤を渡す。


ベルルは鎮痛剤を四粒、一気に飲み込みピースを吸った。


「これで痛みは治るはずだ」


「誤魔化してるだけな──あれ?モンドール一家は?」


スレッドは供述書が置かれている席に座る。


「寝室ですわ。寝てるのかしら?」


ブリアンは座りながら悠々自適に料理を作っていた。


「ブリアン何してんの?」


ドレスにエプロン姿というアンバランスな格好をしてるブリアンは上半身だけ回転させてスレッドをチラ見する。


「何って料理ですわ!カレーはお好き?」


「カレーか。確か異界転移者が発明した料理だよな?いや元々異界にあったんだっけ?」


「どっちでもいいですけど好きなんですか?どうなんです?」


スレッドは口に唾液が溜まる。


「大好きだ」


「おいスレッド。偽札部は何だって?」


「ん?ああ30万は世界銀行の中だ。ちゃんとぴったり一括あるってよ。バラバラじゃなくてよかったな」


ベルルはソファに座る。

そして安堵の息を吐く。


「それなら早く終わりそうだ。しかも持ち主の目処は立ってる」


「本当か?」


スレッドは立ち上がってベルルの前に行く。


「これだ」


ベルルはダールの押収品である一枚のチラシをスレッドに見せた。



28日ムシノスローン。同じ時間。


「世界銀行なら平気ですね。ここを襲われる心配はあまり無さそうです。しかも21区のマフィアらしいですからそいつらが来たら下のノクターンで噂になりますからね」


蚊神は申し訳ないような顔をしながら出来るだけ安全だと思わせようとした。


「そうだな。まあ脅威は脅威だから油断はできない。とりあえずアゲハはここに泊まれ。ウィーブはフルミの護衛だ」


「金が出るならいいぞ」


ウィーブが言った。


「お泊まりね?着替えとか持ってこよ」


アゲハはワクワク気分で何を持っていくか考え始める。


蚊神は思った以上に自分に対しての責めがない事に安堵と半ば拍子抜けの気持ちを味わっていた。


しかしフルミは何も喋らず蚊神の隣に立っていた。


蚊神がフルミの方を向いた瞬間、蚊神の頬に衝撃と痛みそしてパチンという音がした。


動き始めていた一同は凍りついたように止まりまた蚊神を見始めた。


蚊神はフルミに叩かれた頬を触る。


「ふざけんじゃないわよ!!蚊神くんのせいでね。うちの息子に危険が及ぶかもしれないのよ?わかってる?」


「すいません」


蚊神は頭を下げる。


「ウィーブくんの護衛は仕事の時はされないのよね?ウィーブくんにも仕事があるから」


久蛾は少し唖然としながら答える。


「あ、ああ行きと帰りだけ……だな」


「私、仕事を休みます。息子も学校には行かせられません。それに私の家の近くで私達を守れる誰かをつけてください!」


蚊神は頭を下げたまま固まっていた。

アゲハもウィーブも同様に固まっていた。


久蛾は椅子から立つ。


「……それならウィーブ。昼の間もフルミの家の近くで誰か来ないか見張っててくれ。お前の業務は蚊神と俺がやる」


「ああ。かまわない」


ウィーブはフルミをチラリと見て言った。


「夜は……フライにお願いするか」


久蛾がそう言うとアゲハがニヤリと笑う。


「いえ。俺がやります」


蚊神は頭を上げて久蛾に言った。


「いやフライに任せる。お前はフルミの仕事もやってもらうしウィーブの仕事もあるからここに泊まり込みで働いてもらう」


「でもフライにも迷惑が…」


「平気だよフライさんは」


アゲハはニヤニヤと笑いながら蚊神に言った。


「今から三日ほどで自分の仕事をまとめたらほとぼりが冷めるまで休ますので」


そう言うとフルミは階段を上がる。


「当たり前だ。フルミさんの子供のことを何も考えていなかった」


蚊神は額を抑えて反省する。


「でもあんなに怒るフルミさん見たことなかったなー」


アゲハがフルミが三階に上がった階段を見ながらつぶやいた。


「そりゃあ息子が危険なら怒るだろ。当然だ──まあそれで空木お前、ここに向かってくるマフィアの名前ぐらいわかるだろ?」


蚊神は頷くと口を開く。


「ええ。少し調べるとフルネームは」


27日 モンドールのマンション。同じ時間。


スレッドはチラシを見ながらそのチラシの事務所の名前を口にする。


「ムシノスローンか。そのムシノスローンの誰だ?」


ベルルはソファから立ち上がると口角を上げた。


「ムシノスローンの」


28日。


「ベルルベット・ギルジーニ」

蚊神空木が言った。


27日。


「カガミウツギ」

ベルルベット・ギルジーニが言った



「カガミね。そんでそいつをどうすんだよ」


スレッドがベルルの言うことを予想して笑いながらチラシを振る。


「そりゃあもちろん見つけ次第よ……」


27日、ムシノスローン事務所


「ベルルベット・ギルジーニか。そんでお前はこいつをどうすんだよ」


久蛾は蚊神が言うことを予想しながら真剣な表情で尋ねた。


蚊神は前回の事を思い出しながら大きく息を吸う。

これ以上ブレる訳にはいかない。

覚悟を決めた事はブレちゃいけない。


「もちろん見つけ次第」


"27と28"。


「「殺す」」


ベルルベット・ギルジーニと蚊神空木は奇しくも同じ時間、違う日にちで同じことを言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る