45話 恋心の相棒 (3)


イラーマリン騎士団本部前で蚊神は立ち止まった。

セイレンはいきなり蚊神が止まるので背中に当たりそうになった。


「ど、どうしたの?蚊神くん」


「セイレン。もうこれ以上は本当に危険だ──いや本当は一番最初から頼るべきじゃなかった。俺は30万を盗んだ女から30万を貰った。つまり今、俺がマフィアの金を持っているんだ」


セイレンは蚊神の前に回り込む。


「その女性とは……どんな関係なの?蚊神くんが無理矢理とったの?」


蚊神の目は暗い漆黒を写していた。


「関係は言えない。これ以上はセイレンに無駄な詮索をされない方が君のためにいいんだ。俺の問題は俺がなんとかする事にする」


「な、なんで?どこが?私のどこが悪かったの?」


蚊神はゆっくりと首を横に振る。


「逆だよセイレン。最初は君を利用しようとした。セイレンがこの件に関われば絶対にマフィアが近づいてくるとわかっていながらね──でも君と出会ってそれが過ちだと気づいた」


「過ち?」


「俺は──」


そこで蚊神は固まる。


俺は──なんだ?何が言いたいんだ?

好きだとでも?二回しか会った事ない人を?

そんな事じゃない。好きだとか嫌いだとかそういう話じゃないんだ。もっと簡単な……


「俺はなに?」


セイレンが先をうながす。


「俺は──君をただ利用するだけの関係以上のことを求めているのかも知れない」


セイレンが首を傾け難しい顔をした。

そう言った蚊神すらも訳がわからなかった。


「つまり蚊神くんは私とどうなりたいの?」


蚊神の体温が上がる。

周りの声が次第に聞こえなくなる。


俺はセイレンとどうなりたいのか?

どうなりたい?どう?──わからない。

言葉には出来ない。


「俺はセイレン……と」


蚊神は唾を飲み込む。


何を言いたいんだ?俺はセイレンと…なんだ?


「か、」


「か?」


そう先をうながすセイレンも耳を赤くする。

耳の赤さは決して寒さだけではないはずだ。


「………友達に…なりたい」


蚊神はそう言うと大きく大きく息を吐いた。


「……友達…か。そうだよね」


小さく誰にも聞こえないぐらいの声量でセイレンはつぶやいた。


「友達ね?もう私たち友達でしょ?相棒なんだからさ!」


セイレンは笑顔で蚊神に言った。


「そ、そう。そうだよな相棒だからさ?セイレンにはこの件にはもう関わってほしくないんだ。危険だから」


蚊神も無理して笑顔を作った。

しかし胸の中には霧が生まれてモヤモヤとし始める。


「わかったよ。相棒の言うことは聞かなきゃね?大人しく手を引きます」


セイレンは手を額に当てて敬礼のポーズをする。


「じゃあね!相棒」


セイレンは手を振って本部に向かって歩き出す。


「じゃあ……またな!」


蚊神はすでに後ろを向いたセイレンに軽く手を振った。


残るのは胸の突っ掛かり。ガッチリとハマらないパズルのピースのように。そしてそのピースを無理矢理ねじ込んでもう二度と戻らなくしたかのように。

後戻りできなくしたかのように。


その壊れたピースには後悔と書かれているのかも知れない。


しかし蚊神はあの時、自分が何を言えばキッチリとピースがはめられたのか分からないままでいた。


セイレンは胸の中の全ての臓器が綺麗に無くなったみたいに喪失感が胸を支配していた。

蚊神に向けた笑顔をずっと顔に貼り付けたままだった。


本部の中に入ってすぐ近くの所でコーヒーを飲んでいたタマルと目があった。


タマルは手でセイレンにこっちに来いと合図する。

セイレンは今すぐにでも荷物を取って帰りたかったが仕方なくタマルのところに向かう。


「……どうだっ」


どうだったと言いかけたタマルはセイレンの顔を見て咳払いをする。


「あーあれだ。ダールの供述書と押収品だが破棄しようと思うんだ──どう思う?」


「え?どうして私に聞くんですか?」


セイレンは貼り付けた笑顔を剥がす。


「だってこの事件に関して君と俺は相棒バディじゃないか」


「バディって相棒って事ですか?」


「言い方を変えればな。それで君の意見はどうだ?」


セイレンは貼り付けた笑顔ではなく自然な笑顔をした。


「そうですね。仮にビジール団長とかにバレたらめんどうですからね。さっさと燃やしましょう。それでこの件から手を引いて明日からは組織に従って行動しましょう!」


「賛成だ」


タマルも口元に笑みを作る。


「コーヒー奢ってくださいよ相棒!」


「はいはい」


セイレンはタマルの後ろを歩きながら今日、一度も蚊神から自分の意見を聞いてもらってないことを思い出した。


冒険は終わり。ちょっとした刺激にはなったよ。うんそう終わり終わり。きっと蚊神くんはその30万を盗んだ女性と仲良く暮らすさ!


お酒も飲み過ぎたら嫌になるしね。



セイレン達が休憩室に向かうとそのすれ違いでモンドールが本部に戻ってきた。


モンドールはスレッドから連絡鳥をもらっていた。


「どこだ……どこだ」


モンドールはダールの供述書と押収品を奪う為に誰にもバレずにタマルの机を探していた。


しかしその疲れ果てておかしくなりかけのモンドールは歩いてるだけで誰もが一度は振り返った。


モンドールはタマルの机を探し当てると辺りをキョロキョロと見て机の引き出しを開けた。


最後の三段目の引き出しにダール・ドッコイの供述書と押収品が他の書類の下に隠されていた。


「よし!よし!あった!」


その時だった。


「おい!そこで何してる?」


モンドールは急いで供述書と押収品を手に取る。

そこにいたのはイラーマリン騎士団の団長ビジールだった。


「それはなんだ?」


「あ、いやこれは」


モンドールは手で隠す。


「まさかダールの供述書か?お前それをどうするつもりだ!」


「べ、ベルルベットさんに届けるんです!団長ならわかりますよね?」


怒っていたビジールの顔が戻っていく。

そして少し焦りを見せ始めた。


「な、ならいい。奥さんによろしく」


「はい」


モンドールは書類と押収品を胸に抱えると走ってマンションに戻った。



頭に包帯を巻いてソファに座っていたベルルはソファの前に置かれていたローテーブルに足を乗せていた。


「ああクソッ!痛えな!」


「当たり前ですわ!今さっきなんですからね!それなのに病院抜け出して」


「わかってる!そう金切り声を出すな!頭に響く」


ベルルはローテーブルにかかとを何度もぶつける。


モンドールの妻と娘は寝室で毛布をかぶって震えていた。


「ねえママお家壊れちゃうよ。もうやだよ」


娘はベルルが踵をぶつける音がするたびに身体を強張らせる。


「平気よ。きっとパパがなんとかしてくれる。大丈夫よパパは強いから」


妻は無理矢理、笑顔を作って暗闇の寝室で娘を抱きしめた。


「おせえな!まだかよ!」


ベルルはローテーブルを蹴り飛ばして立ち上がる。

ズキンズキンと痛みが頭を蝕む。


「ベルル……そんな怒らないで」


ブリアンはベルルの肩を掴んでゆっくり座らせる。


「平気ですわよ。何事も心配ありませんわ」


ガチャガチャとドアを開けようする音がして鍵が入る音が聞こえる。


「ふぅーやっとか」


モンドールが着くと同時に居間の机に供述書と押収品を並べる。


「言う通りにしました。ちゃんとやりましたよ。だから平気ですよね?大丈夫だよね?」


「うるせえな!どっか言ってろ!」


ベルルは自分の声で頭が響いてさらに痛みが増す。


モンドールは寝室に入って行った。


毛布にくるまっていた妻がモンドールの所に走って行く。


「よかった無事で…もうダメかと」


「俺は平気だよ。従順にしてるからね──だから三人で毛布の中にいよう」


モンドールは目を開いて瞬きをあまりしていなかった。


暗い寝室の中でモンドールと妻その真ん中に娘で毛布にくるまっていた。


「ねえパパ大丈夫なの?」


娘は妻の手を握って尋ねた。

モンドールは頷く。


「当たり前さ。パパはずっと言われた通りやってるからね!」


妻はモンドールの腕に自分の腕を絡ませていた。


「そう平気よ。パパがそう言ってるし今度、昇給だってするのよ。私たち家族は平和で幸せなの」


そう言って妻はモンドールの頬に何度もキスをした。


平和を幸せをいとも簡単に壊された平凡な家族はすぐに精神がおかしくなってしまう。

ちょっとのゆがみで少しのヒビでそこから普通が漏れて闇が流れ込む。


闇は少しのヒビでは流れない。

一度、入ったら二度とそこから消えたりはしない。

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