43話 狼が眠る屋敷 (2)


ティーポットが割れて紅茶が床に飛び散る。

イーサンの手にももちろん紅茶はかかったがイーサンは何も感じずにそのまま席に座った。


「ベーちゃんは俺の友達だと思ってたよ。友達ってさ信頼関係で成り立ってると思うんだよね。言葉にしなくてもこいつはこういう事はしないだろうなって」


ベルルは頭を抑えながら流れ出る血が目に入るのを防ぐために片目を閉じた。


「でもべーちゃんは俺がやるなって事したよね?なんでしたの?誰かに言われたの?」


「いや誰にも言われてない。ただイーサンに恩返しをしたくて」


メイドが新しいティーポットを持ってきてイーサンのカップに紅茶を注いだ。


「このままじゃダメだと思ったんだ。言われたことをそのままやってるだけじゃ何にもならないって……だから誰も触れてない21区で金を産めば……もっとイーサンに貢献できるかと思ったんだ」


ベルルは言葉を選びながら答える。

イーサンは黙って紅茶を飲む。


「飲めよベーちゃん」


ベルルは片手でカップを持つと一口飲んだ。

口まで滴る血で味は分からなかった。


「一度、失った信頼って二度取り戻せないよなー。なんか映画とか本とかでよくあるだろ?これが最後のチャンスだ!とかさ──人生そんなに甘くないよね」


イーサンはケーキをフォークで切って口に入れる。


「ただベーちゃんは俺の友達だからさ。殺したりしないよ」


ベルルは安堵の息を吐く。


「まだねそうまだ殺さない。とりあえず先月ベーちゃんにあげた200万さ。あれ返してよ」


ベルルは唾を飲む。


「もし出来なかったら次のアラームはブリアンで庭の狼の餌はスレッドね」


「わ、わかった」


イーサンは笑顔になる。


「それよりこのランタンいいよね。肩と腕の関節を取り除いて一本の鉄の棒を入れたんだって」


イーサンは立ち上がってランタンを持ってる裸の女性に近づく。


「やっぱり四ツ目はいい仕事するよね。俺の趣味を分かってる」


「………」


ベルルは大きく息を吐く。そして息を吸う。

火傷と出血で頭がガンガンと痛む。


「ベルルベット。次裏切ったらお前もランタンにするぞ」


ベルルは立ち上がって頭を下げる。


「はい!必ず200万を返上して信頼を取り戻してみせます!」


イーサンはティーポットを掴んで血だらけのベルルの頭に次は投げつけた。


「あ、がはっ!」


ベルルは倒れて両手で頭を抑える。

破片が手や頭に刺さる。


床にバラバラと飛び散る。

頭から流れる血が床につく。


「ベーちゃん俺ら友達なんだから敬語はやめようよ。それに信頼は取り戻せないって言ったじゃん」


「ぐっはあはあ。すいませ……ごめん」


頭がぐるぐると回って吐き気がした。


クソッ!なぜだ。どこでバレた?

ずっとうまくやってたはずだ!

誰がチクった?一体、誰が!?


「ねえいつまで寝てるの?そこで。もういいから早く帰ってよ。ベーちゃん落ちたね」


クソッ!クソッ!痛え!

21区でのし上がれたのに!まさか振り出し?

ありえねえ!落ちただと!クソッが!


ベルルは頭を抑えながら必死で立ち上がる。


頭から流れた血で顔はベトベトで真っ赤だった。


「それじゃあ…はあはあ……また」


ベルルは手すりを持って一歩ずつ階段を下る。


まだだ!俺は確かに信頼は失ったかも知れねえが21区は実質、俺の島だ!俺は誰も触れなかった21区で頂点を取ったんだ!なのにここで終わるはずねえ!


階段を下り終わると一階にはエララリラント・サウザンドがいた。


「血で汚すなよベーちゃん」


「はあはあ。お前の冗談に付き合ってる暇はない」


「あっそ。その状態で庭を突破できるとは思えないけど死んだら墓立ててやるよ。3つな」


ベルルは血だらけになった顔でエラを睨む。


「俺が死んだ後、ブリアンとスレッドに何かしたら殺すぞ!」


エラは唇をへの字にする。


「あーこわ。どうすんの?呪い殺すのか?」


ベルルは血が吹き出る頭を抑えて玄関の扉を開ける。


庭にいた狼は人間の血の匂いを嗅ぎつけてベルルに牙を向く。


屋敷の前には馬車が止まっていた。


あいつら……来てくれたのか。


馬車の扉が開くと目に涙を浮かべたブリアンが門を開く。


スレッドは門が開くとゆっくりと歩きながらベルルに肩を貸す。


「よく頑張った。もう平気だ」


スレッドが小さな声でベルルに言った。

音を立てずに庭を突破するとブリアンは泣き出す。


「私のせいなんです!ベルル!私のせいなの!」


スレッドが門を閉じる。


「ブリアン!まだ大きな声を出すな!ここを抜けてからだ。それにひどい傷だ。病院まで運ぶぞ」


スレッドとブリアンは馬車の座席にベルルを寝かせる。


「ああ可哀想になんて酷い目に」


ブリアンは涙でぐしゃぐしゃだった。


「21区の病院だ!すぐだろ?早くしろ!」


馬車は動き出す。


「どうして!?21区なんですの!?20区の病院の方が速いですわ!!」


スレッドはブリアンの口を手で塞ぐ。


「静かにしろ!殺されたいのか!イーサンに!ここら辺の20区はイーサンの島だ。わかんだろ?もうベルルは危ねえんだよ。いつ命取られるかわからねえんだ」


「はあはあ、平気だブリアン。安心しろ」


ベルルはそれだけ言うと気絶した。


「あーベルル!!ベルル!」


「おい!ブリアン!いい加減にしろ!ベルルは気絶しただけだ。頭の出血だけで人は死なねえ──ダメージはデカイだろうがな」


スレッドは向かい側の席に座りタバコを吸う。


「それよりブリアン。お前さっき自分のせいって言ったよな?あれどういう意味だ」


ブリアンは涙をハンカチで拭くとポツポツと話し始めた。


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