20話 弟の骨
ダールは左足首をパーカーの袖をちぎって止血していた。
蚊神は瓦礫の上に座っていた。
「それでお前は誰なんだ?」
蚊神は
血も毛も何も残らず四枚の書類が代わりに出てきた。
「…ダール・ドッコイ──喧嘩請負人か。」
蚊神は書類を見ながら言った。
「ハゲた老人の依頼でお前らに喧嘩を売った一ヶ月前にな」
「……思い出した!いやだけどありえない」
「何がだ?」
「俺がお前の弟を殺した?死んでねえはずだ。てか殺してない」
「お前が!弟を殺したんだ!」
ダールは起き上がろうとしたが激痛が走り慌てて座り込む。
「医者には何て言われた?窒息死か?それともショック死?」
「なんだと?」
「俺は確かにお前の弟の首と脇腹を猫で引っ掻いた。普通だったら切られた瞬間にショック死するか。首の中に血液が溜まり窒息死が普通だ。だが俺は殺そうと思ってないからおそらく首元の傷も浅かったはずだ」
「知らねえ!弟は死んだ!眠るように、息絶えたんだ……」
「……待てよ。お前、弟を病院に連れてったのは何時間ぐらい経った後だ?」
「は?」
ダールは怪訝そうにする。自分の中の復讐心が薄れていくのを感じる。
「……俺が気を失ってたからその後だ。1時間ぐらい後だった気が」
「………1時間──あのままにしてたのか。おそらくお前の弟は脳内に血液がうまく回らなくてほぼ気絶するように寝たんだろう。だが止血しないままだったら失血死するに決まってる。医者はなんて?」
「ダニダの野郎は出血多量だって」
「やはりか」
蚊神はため息を吐く。
「しかもお前ゴキブリに行ったのか。ちゃんとヤブじゃなくて普通の治療してもらったか?」
「どういう意味だよ」
「ダニダはすぐに遺体を燃やそうとしなかったか?」
ダールはコックローチ医療相談所での出来事を思い返す。
「……燃やそうとしてた」
「やっぱか──それお前カモられてるよ。ちゃんと治療してもらってねえ。医療費はどのぐらい払った?」
「俺が40万、ヅールが25万」
「何で鼻を怪我しただけのお前より死にかけの弟の方が安いんだよ!」
ダールは鳥肌がたった。
「う、嘘だよな?弟は…ヅールは助かったのかよ!」
「多分な。俺はあの時、殺そうとは思ってなかった。あんな人がいる所で殺しなんてやったら騎士団に捕まるのは目に見えてるしな」
ダールは大きなため息を吐く。
頭を強く擦った。
「ファイルNo.4 "
蚊神の両腕についてた
「……あのまま1時間もお前らがそのままになってた事に驚いた。見てた奴らが医者に連絡すると思ってたが」
「………13区は静寂の街だぞ。誰も他人に関わろうとしない」
蚊神はゆっくり立ち上がり砂だらけになったトレンチコートとネクタイを拾った。
ネクタイは瓦礫に挟まれて千切れていた。
「まあ色々言ったが結果、俺が殺した事に変わりないけどな」
蚊神はトレンチコートの砂を払う。ネクタイは捨てた。
「いつでも俺を殺しに来いよ。久蛾さんが言ってた無駄な殺しは憎しみの元ってな」
「無駄だと?」
ダールは蚊神を睨む。
「言葉が悪いだけでそうだろ?お前の弟は生きれたのに無駄に死んだ。俺が殺したんだ──俺は憎しみの連鎖に入り込んだ。人を殺すってのは覚悟がいるし責任も伴う。殺した相手の愛する人や家族から狙われるのは当然だ」
ダールは
「殺したのはお前だが見殺しにしたのは俺だ。俺も共犯だ」
蚊神は髪をかき上げた。砂が落ちる。腕にも痛みが走る。
「……
「おい!」
ダールは
「……は?意味わかんねえぞ。これからお前どうやって俺を殺すつもりだ?」
「復讐は終わりだ。自分に落ち度があるのを考えながらお前を殺す事なんて出来ない。お前を殺しちまったら俺には何も残らない」
蚊神に渡った
「俺には理解できねえな。その考え──落ち度があろうが何だろうが弟を殺した奴を殺したいって思うのは当たり前じゃねえの?」
ダールは軽く笑った。
「お前は俺に殺されたいのか?」
「そういうわけじゃねえよ。ただ俺だったら俺を殺すと思ってな──まあお前は俺じゃねえからいいけどさ」
「結局は自己満足さ。お前を殺しても弟が戻るわけじゃねえし怒りに任せてた所もあった。ただお前の話を聞くたびに怒りが萎んでいった」
「……落ち度があったからか?救えたのに救えなかったから?」
「復讐ってのは自分に落ち度があっちゃあいけねえんだよ。100%相手が悪くないと…100%相手を憎まなきゃいけねえ。そうしないとどこがで立ち止まる」
風が流れ砂が運ばれる。
誰かの怒鳴り声が聞こえる。
「今、止まってるわけね」
「そういう事だ。これから一生、お前を恨み続けると思う。だけど俺は喧嘩請負人だ。殺し屋じゃねえ──人を殺す覚悟は100%憎まねえと待てない」
蚊神は背中も腹部も痛みがじわじわと出ているのを感じた。それに検問官も騎士団もそろそろ来る頃だという事もそれでも動かなかった。
「俺は転移する前に初めて人を殺した。人を殺そうと思った事は何度もあったが一線を超えた事はあれが始めてだった」
蚊神はダールの前まで行き瓦礫の上に座った。
ダールは左足首の少し上を硬く縛った。
「俺の1番の…親友って言ったら怒られるな。尊敬する人てのも違うけどまあそういう人が殺された」
「何の話を始める気だよ」
「思い出しただけだ。初めて人を殺した時の事を。俺も復讐だった。お前の言う通り復讐は相手を100%憎まなきゃ出来ないかもな」
「……逃げないのか?」
蚊神はトレンチコートを羽織る。
「眠いからいいや」
「俺に共感してるのか?」
ダールは片足と両手でどうにか近くにあった倒れた鉄柱に座った。
「復讐した時とされる時の気持ちを両方味わえる事なんてほとんどねえからな。なんて言うか嫌な気持ちだ」
「それでもお前は殺すんだろ?」
「もちろん一線超えたからな。後戻りはできない。俺は仕事で人を殺して憎しみの螺旋に自ら入っていくよ」
ダールは下を向いて鼻から大きく息を吐いた。
「ただ」
「ただ?」ダールが先を促す。
「今回みたいな覚悟してない殺しはもうしたくない。責任持てねえし後味が悪い」
蚊神は顔をしかめる。
「……今度はお前をボコボコに殴りにいくわ。弟の喧嘩を請け負ってな」
「次は猫、使わねえでやるよ」
ダールは笑った。
何故なのか分からなかった。
弟を殺したのに何でこんなに怒りが湧かないのか憎しみが増さないのか。
さっきまでの怒りや憎しみは偽りだったのか。
22区の路地裏で座り込んだ時からもう自分には復讐心なんてものはなかったんじゃないか。
あったのは後戻りできない義務感だけ。
それを考えないように思わないようにしてたんじゃないか。
自問自答するが答えはない。
臆病な自分が座ってるだけ。
「分からねえ何も。弟の仇を討つって思ってたのに何で萎んだのか分からねえ」
「聞いちゃいけねえよ復讐しようとしてる相手の話なんて。考えちゃいけねえんだ何もな」
その時、腰に剣をつけた騎士団員が大声で叫んだ。
「貴様らは包囲されている!大人しく捕まれ!!」
「捕まったぞ」ダールが言った。
蚊神は欠伸しながら頷く。
「そうだな──いつでも俺を殺しに来いよ」
「お前のその言葉がまた俺の復讐心を萎めるんだよ」
蚊神とダールは15名の騎士団員と検問官に取り押さえられた。
灰色の雲が風に舞って消え去る。
21区では滅多に見れない夕焼けの空が顔を出す。
顔を煤で汚した子供たちが歌を歌いながら家に帰る。
その歌声を聞きながらダールは自分の復讐が終わった事を悟った。
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