12話 返済日


11月19日 返済日 当日 ムシノスローン────



ため息をつくとスシカは扉を開けた。

受付のアゲハが笑顔で出迎えた。


「お待ちしておりました。スシカさん。さあ奥の通路にお進みください」


自分の名前が知らないところで広がっていく感覚をスシカは全身から浴びて悪寒が走る。


引き返そうかと思ったがアゲハの顔が笑顔から怪訝そうな顔になり始めていたのでスシカは通路に急ぐ。


「ああ。スシカさん」


そこにはクガと見慣れない赤髪の男だけだった。

クガは以前と同様に椅子に体を預けていた。


スシカはクガのところまで下を向きながら進んだ。

何故か赤髪の男がこちらを睨んでいるのが分かったからだ。


クガは何も言わずに目だけで利息の催促をする。

スシカは唾を飲み込む。

その音が沈黙の空間に響いた。


「あの実は、相談がありまして……」


スシカは消え入りそうな声で言った。


「何ですか?」

「あの少し……」

「払えないんですか?」

「……その夫の事もありまして」


その時、後ろから椅子が引く音が聞こえて慌てて振り返る。

赤髪の男が事務所から出ようとしていた。

何故かスシカはこの黒髪の青年と二人きりになる事を恐れた。


「……それで?」


クガは机を指で叩きながら続きを催促した。


「払えません」


その瞬間、クガは少しだけ笑みを作った。

スシカの緊張の糸が解ける。


「分かりました。そういう事なら"追加融資"しましょう」


「え?え?追加ですか?」


「そうです。スシカさんの場合、うちで借りている金額が20万ですよね?それで利息が10万。今日が利息の返済日なんですけど払えないと言う事なので今回、払えない10万をまた私達があなたに融資するという形になります」


スシカはここでようやく自分が危うい位置に立っている事を自覚し始めた。


何も知識も頭もないスシカでも言っていることが自分にとって不利になっている事ぐらい分かる。


汗が噴き出る。


「そ、そうなるとどうなります?」


「借りている金額が30万になりますから今日から7日後の利息の返済額が15万になります」


「ど、どうして?あれ?変ですよね?」


クガの笑みが消える。辺りが沈黙で包まれる。

事務所を出たはずの赤髪がなぜか通路の真ん中で立っていた。


「どこが変なんですかね?」


スシカは目に入ってきた汗を服の袖で拭う。


「どこがって……私、15万借りて10万でいいよ言われたのに何で5万も増えてるんですか?」


「今日、払えるなら10万でいいんですよ?今すぐ払えます?」


スシカは足元を見る。

靴に少し砂がついてる事が気になった。


「こっち見ろよ。テメェの話してんだよ」


スシカは驚いでクガの方を向く。


「え?え、え?」


「今日、払えるの?払えないの?どっち?」


「あ、あの」


「どっち?」


「……払えません」


スシカの目が少し赤くなる。

今までこんな言葉遣いで詰められたことはなかった。


軽い気持ちで借りたつもりだった。

カガミさんの話を聞いて5万も浮くならお得だと思ったから、それに相談のってくれるって書いてたのに……


「じゃあ追加融資でいいね?今日、払えない10万をうちが貸してやるから借りてる金額は合計30万。利息の返済日は今日入れて7日後の11月25日に15万ね。遅れたら遅延金とるから忘れないように」


「あ、ああ」


「なに?」


「何でもないです」


スシカの心が闇に渦巻く。

焦りと恐怖そして後悔。

7日後に15万を返済なんて到底できない。


足が震えるのが分かる。

何でこんなに怖いのかも分からない。

自分よりも歳が下なのに睨みつけられただけで何も考えられない。


「お待ちしておりました。カマナさん。奥の通路をお進みください」


赤髪の男が通路からどくと足が片っぽしかない男が杖を脇に挟みながらこちらに向かってきた。

ない足の方はまだ包帯が巻かれていた。


スシカは固まって動くことが出来なかった。

赤髪の男かそれともクガが足を取ったんじゃないかと思ったからだ。


「あ、えーと」


カマナは伸び切った髪を邪魔そうにしながらスシカをチラチラと見た。


「利息の返済日だよね?50万はやくして」


カマナが勢いよく机を体重を乗せて叩く。


「そんなの無いですよ!おかしいじゃないですか!足まで売ったのに!何で利息が増えてるんですか!?」


「お前さ。前科あるからってゴキブリの方に行っただろ。あそこの入院費と治療費。お前が払いきれない分こっちが立て替えたんだ」


「そ、そんな」


カマナは足がない事を忘れていたのかそのまま後ろに転ぶ。


「入院費と治療費が300万でしょ?そっからあんたの家と土地それと馬車売って200万、足りない100万はうちが立て替えたってわけ。それなのにお前、返済日なのに来なかったよな?」


「あ、あ、ああ!!」


「あんたの足さ。綺麗だったぽくてマニアに結構な金額で売れたのよ──よかったね筋トレしてて。だからその金で借金はチャラでいいよ。だけど立て替えた入院費と治療費どうすんの?」


「も、もういいじゃないですか。お願いしますよ」


カマネは座ってるクガの椅子まで犬のように歩いてズボンにしがみついた。


クガはその手を払う。


「とりあえず障害福祉金の毎月30万はうちが貰うね。残りの20万だけど…いい仕事があるんだよ」


「な、何ですか?」


カマネの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「21区でさ。服の繊維工場があってね。糸を縫って綺麗なコートを作るんだよ。その給料が毎月20万。本当はシチゴだけど流石に可哀想だからそれでもういいよ。毎月、障害福祉金の30万と給料の20万それで利息は払えるね」


クガは人差し指を上げる。


「それにそこ住み込みらしいから住む場所の心配はしなくてOK」


「………もう、なんで。なんで?」


カマネは頭を掻きながらうずくまる。



「ウィーブ連れてけ」


赤髪の男がカマネの両脇を持って外に連れていく。


スシカは無意識にその場に座り込んでいた。

寒くないのに歯軋りがして鳥肌がたった。


クガが椅子から立ち上がりスシカを見下ろした。


「わかってるね?次は、ないよ」


スシカは何度も頷きながら思いっきり走ってムシノスローンを後にした。





3時間が過ぎた頃、ウィーブが事務所に戻ってきた。


「ご苦労さん」


ウィーブはソファに座って首を鳴らしていた。


「1日20時間労働にカマネがどんだけ耐えれるかだな」


「さあな──それよりこれ」


ウィーブはポケットから小さなナイフを取り出した。


「なにそれ?お前の?」


「違う。カマネが持ってた」


久蛾はそのナイフをウィーブから受け取る。


「あいつ事務所をこれで襲おうとしたんだろ。それでお前が気づいて奪ったと」


「そういう事だ」


「なら連行しろよ。何で武器だけで奪ってそのままにするんだよ」


「……逃げ場なんてないだろ」


久蛾はナイフを机に置く。


「それにしてもこんなナイフで何が出来んだか」


するとウィーブが立ち上がり置いたナイフを掴む。


「それがこのナイフ、普通のナイフじゃない」



薬屋 Susika ─────


スシカは二階で大急ぎで薬を作り始めていた。


家賃なんてどうでもいい!

生活費だって無くていい!

25日までに15万用意しないと私も足を切られる!


スシカは既に両足そして肩まで二度と出れない泥沼に浸かっていた。







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