2話 虫達の再会 (2)


薄暗い階段を上がると正面に薄汚れた赤いドアが現れた。


ドアには【ムシノスローン】と書かれていた。


ドアノブには準備中の看板が引っ掛けられていた。


中から何やら話し声も聞こえる。

蚊神はその声に耳を澄ますがいつも聞き慣れている久蛾の低い重低音ではなく声変わりをしたばかりの子供のような声と若い女の声が聞こえるだけだった。



蚊神は首を捻りつつも準備中の看板を無視してドアノブに手をかけた。


ドアを開けると真っ正面にカウンターがあった。

そのカウンターの脇に通路がありそこから声が聞こえていた。


ドアを開く音が聞こえたのだろう。

通路から1人の女性が出てきた。


まだ若くピンクの髪の毛にインナーカラーは金色だった。瞳の色も明るい青色だったが蚊神を見つめる目はその明るさに反して鋭く暗かった。


「……まだ営業しておりませんが」


蚊神は彼女の顔を見たまま少し固まってしまった。

彼女がとても美人だったからであった。


「あ、いや融資じゃなくて人を探してここまで」

「……人?」

「ああ。久蛾災路って男なんだけどここにいるか?」


蚊神は胸に期待を膨らませていた。

やっときたチャンスだった。


「久蛾は……」

彼女が答える前にカウンター脇の通路から足音が聞こえ1人の青年が現れた。


髪は黒く瞳は少し赤みが強かった。

年はまだ15か16そのぐらいに見えた。

子供といえば子供でも大人と言われれば大人?かもしれないそんな年齢を感じさせない姿だった。


その青年を見て蚊神は膝から崩れ落ちそうになった。


またダメだったか……やっぱりいないのかも知れない。


そんな気持ちが心を渦巻く。


しかし蚊神の気持ちを知らずその青年は彼を見て硬直していた。


「……嘘だろ?空木うつぎか?」


蚊神は勢いよくその青年を見る。


「なんで…俺の名前を……?」


青年は蚊神に近づく。

顔にはまるで信じられないと書かれているかのようだった。


「お前…なんで?ここに」

「え?…まさか久蛾…さん?」


蚊神の瞳に涙が溜まる。


「……お前はいつも俺がいて欲しい時にいるな」


青年は………久蛾は蚊神を見てニヤリと笑った。


蚊神は久蛾に抱きついた。

顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


「久蛾さん!久蛾さん!!やっと見つけましたよ!」

「おい汚ねえな。抱きつくなよ」

「いないと思ってて……それでも俺諦めきれなくて…!でも諦めなくてよかった!俺諦めなくてよかった!」


久蛾も蚊神の肩を強く抱いた。


「ほら始めんぞ。準備手伝えよ空木うつぎ

「はい!久蛾さん!」



カウンターの通路を抜けるとそこは広々としたオフィスだった。


六つの机と大きな棚、来賓用のソファがあり1番奥には社長が座る大きな椅子と机があった。


「いいっすね。前より広くて」

「まだ何も入ってないからすっからかんだけどな」

「あのー」

ピンク髪の女性が会話に入ってきた。


「そちらの方は?」

「こいつは蚊神空木だ。こいつは俺と違って異世界転移したんだろうな」

「よろしく。えーと」

「アゲハです。よろしく」


ピンク色の女性 アゲハはピコリと頭を下げた。


「久蛾さん。まさか2人だけ?」

「いや後、もう1人いる…いや2人か。だけど少し問題があってな」

「何です?」

「尾行や探りとかそういうのができるスキルの奴がいなくてな」

「あ、俺【探偵 ☆4】です」

「フッじゃあ何も問題ないな」

「それで……」


アゲハが久蛾と蚊神の真ん中に入り込む。


「え?あの…感動の再会なんですよね?それに異世界に転移した人と転生した人なんですよ?なんかほら色々あるんじゃないですか?何してたんだ的な会話とか?」


久蛾と蚊神は顔を見合わせる。


「確かに久蛾さん、若返りましたね」

「お前は変わらねえな」

「それで開店資金とか誰から貰えるんですか?」

「ああ※金主か。ここでは何か事業を始める時に領主から融資じゃなくて投資にしてもらうんだ。その代わり売上金の20%を領主が貰うことになってる」


※金主:事業などの資金を出してくれる人


「は?20も!?」


「ちょっと待ってくださいよ!」

またアゲハが2人の間に入る。


「なんだよ」

久蛾が嫌な顔をする。

「仕事の話してんだ。邪魔すんな」

蚊神は手でアゲハを払った。


「だって蚊神さんはすっごい探して久蛾さんを見つけたんですよね!?」

「まあ3年ぐらい」

「3年も……」


アゲハは絶句する。


3年の間いるかも分からない人を探すなんて……


「だったらほら!もっとお話した方がいいですよ!私、なんか紅茶でも入れますから!」


「いやまずは仕事してからでしょ。久蛾さん俺が3年間で貯めた貯金も会社の足しにしてくださいよ」

「大丈夫だ。資金は領主にほとんど出してもらったし心配いらねえよ」



アゲハは再会してからすぐに仕事の話をし始めた2人を半ば呆れながら眺めていた。


え…これって私がおかしいの?

だって蚊神さんは3年も久蛾さんは16年の間、会えなかったのにまるでいつも会ってるかのように振る舞ってる。


ガチャン


ドアが開く音がして蚊神と久蛾は会話を止めた。


何も言わずにカウンター脇の通路を通って1人の男が現れた。

背中には大きな剣を背負っている赤髪の男だった。


目は鋭く蚊神を睨んでいた。

蚊神も睨み返す。


「……看板できたぞ」

「わかった。あ、こいつはウィーブ」

「そんでこいつは蚊神空木、前世で一緒に金融屋やってた」

久蛾は蚊神を指で差す。

「…よろしく」

ウィーブは手を差し伸べる。

「……チッよろしく」

蚊神は舌打ちをしながらその手を強く掴んだ。


それで3人は黙々と準備をし始めた。


アゲハはそんな3人を見ながら釈然としない気持ちだった。


え?これ本当に私がおかしいわけ?

え?ウィーブも何か平然としてるし


「おいアゲハ!看板見に行くぞ」

蚊神がアゲハを呼ぶ。

「あ、え?はい」


え?もう友達みたいになってるけど…馴染めない私がおかしいの?


本当に?本当に!?


私がおかしいの!?






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