8.エヴァンゲリオン

「……別にAV女優としてスカウトしたわけじゃないさ」


 そう言ったのは高橋だった。

 若い助手が欲しかっただけだよ。ほら、なんていったか――瑞々しい感性を現場に取り入れることが常々つねづね大事だと。だから学校で一人になっていたあの子に声をかけたんだわ。友人連れなんかで押しかけられてはこちらもたまったものではないからねぇ。


 もちろんアルバイト代は弾むつもりだったよ。

 せめて社会勉強だと思って参加してくれたら嬉しかったけれどね。これも狡猾な大人の言い訳だろうか。


「何が『社会勉強』よ。あんな純真そうな子をだまくらかして……。もし変なことに及んでいたらあたしたち、本当にお縄だったわよ」


 そう言ったのは女優の一人だった。かなりくたびれてはいるが、若手のおっかさん的な気のいい存在でもある。


 でもついてくる決断を下したのは美影くん自身だ。

 表向き、ここは芸能プロダクションということにもなっている。俺たちは犯罪者ではない。なにもやましいことはしていないし、ありはしないさ。

 その証拠に、俺はきちんと名刺を渡しただろう? もっとも、信じるか信じないかはあなた次第ですが! よっ、ミスター都市伝説――二宮がやんやと調子を合わせた。


「まぁ、あまりごちゃごちゃいっているのもなんだから、今度作ろうと思っているストーリーのイメージだけでも観ていってよ。そこの棚に並んでいるのがその叩き台なんだけれどもね」


 そう言って高橋が取り出したのは、闇野秀樹あんのひできという映像作家がかつて手掛けたアニメーション映画シリーズだった。『福音エヴァンゲリオン』ですか……。


 聞いたことはあった。

 いつぞやの時代に一世を風靡したとされるアニメーションだ。

 二宮はみたことはなかったが、勧められるままにビデオデッキの前に座ってみる。


「面白いんだよ。一度見たらきっと虜になってしまうと思うな」――高橋はそう言ってダビングしたVHSを用意するのだった。


「これはね、もともと『福音世紀』というタイトルでテレビ放送された作品のリビルド映画なんだ」と高橋は蘊蓄を並べ始めた。アニメのことはええわと腰を上げて煙草を吸いに行くナベさん。


 ああ、リビルド。再構築という意味か。

 二宮にもそれぐらいの知識はあった。高橋によると、このアニメーション作品は神の寵児たる主人公が、福音エヴァンゲリオンの名を持つ巨大戦闘マシーンに乗り、使徒アポストロスと称される正体不明の巨大怪獣と戦ってゆくものなのだという。


 しかしその内容は難解であり、特に劇中にちりばめられた数多くの謎が明かされぬまま最終回を迎えたことで一躍有名になったのだという。


 そうか、だから君は美影くんから〈教団〉のことを訊き出そうとしていたわけだ……。そう――そうなんだよ。これは俺にとっての人生、青春そのものだった。そして高橋による熱弁が始まる。

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