6.戯作者はつらいよ①

「――けっこう毛だらけ、猫灰だらけ。お前のおケツはクソだらけ!」


 見世物小屋の天幕の入り口。一人の男が客寄せの呼び込みをしている。

 左手に調教鞭、右手には一振りの白く塗られた剣を持ち、身振り手振りで口上を述べている。その売り文句はどこかで聞いたようなものだが、客たちは次々に足を止めていた。


「――見上げたもんだよ屋根屋のふんどし。見下げて掘らせる井戸屋の後家ごけさん。上がっちゃいけないお米の相場、下がっちゃ怖いよ柳のお化け。馬には乗ってみろ、人には添ってみろってね。

 ものの例えにも言うだろう。ものの始まりが一なら国の始まりは大和やまとの国。

 泥棒の先祖が石川五右衛門いしかわごえもんなら人殺しの第一号が熊坂長範くまさかちようはん。巨根の手本が道鏡なら覗きの先祖は出っ歯で知られた池田の亀さん出歯亀でばかめさん。兎を呼んでも花札にならないが、兄ィさん寄ってらっしゃいよ、くにはっつぁんお座敷だよとくりゃ花街のカブ。

 憎まれっ子世に憚はばかる、日光結構東照宮、産で死んだか三島のおせん、お千ばかりが女じゃないよ、四谷赤坂麹町こうじまち、チャラチャラ流れるお茶の水、粋なねぇちゃん立小便、驚き桃ノ木山椒の木、ブリキに狸に蓄音機、弱ったことには成田山、ほんに不動の金縛り、捨てる神ありゃ拾わぬ神、月にすっぽんに提灯ちようちんじゃ釣りがぇ、買った買ったさぁ買った。カッタコト音がするのは若い夫婦の箪笥の輪だよ……」



 エリック・サティの「ジムノペディー」――ピアノの伴奏が静かに流れる喫茶店で、高橋はテレビを観ていた。ちょうどつまらない義理人情もの映画が放映されている途中だった。

 途中から見ているので何が何やらだ。

 欠伸を噛み殺して視線をテーブルの上に戻すと、そこには冷めたコーヒーと、氷の溶けてぬるくなったお冷のグラスが二つ、置かれていた。


「ええと、それでなんだっけ」

「なにをぼーっとしてるんだい。新しいビデオ撮影の企画を練りましょうっていうことで、話をしてたんでしょ。それとも何かい。まだあの子のことを考えているのかい」


 高橋の目の前に座っているのは小太りの中年、二宮禁次郎だった。時代錯誤なチューリップ帽をかぶり、サングラスをかけている。見るからに胡散臭い。


「えー、超常現象研究家の二宮禁次郎です」


 初めて会ったときは大丈夫かこいつと思ったものだった。

 イカれてやがるぜ。今日日「超常現象」って言われてもなぁ。

 高橋の職業はビデオ映画撮影のディレクターである。そのツテで紹介された、いわゆるアドバイザーが二宮だった。


 ビデオ映画専門のオカルト屋さんねぇ……。

 最近はレンタルビデオ店もあまり繁盛していないという。動画配信サービス全盛の時代だからだ。だからこそ、ビデオ映画は良質かつ個性的な、ニッチ需要が高まってもいる。まぁ当たり前だのクラッカーだわ。


「……この間はね、この近くの神社で作ったんですよ。『現代に蘇る呪いの儀式!』なんていうキャッチフレーズでね。まぁ、全部仕込みとやらせなんだけどね。地主さん怒っちゃって」


 そう言ってからからと笑う。いいのか、こんな場所でそんなことをばらしてしまって……。呆気にとられる高橋は、「オカルトもいいが」と前置きしたうえで、


「なにかこう、刺激的な物語をつくりたいね。人間の欲望や好奇心といった情動を掻き立てるような……。でも、肝は筋――なんと言ってもお話なんだよ。漫画家の大家たいかこと、つげ義春よしはる先生も著作の中でそう言ってました。だから、俺が求めているのはそう……」

「まぁ、そういうことなら何かのパロディで作ってみるのもいいと思うよ。筋を倣ってみるの。俺もね、オカルトビデオを撮るときは必ず何かの素材を下敷きにしてます。悪いとそのままパクっちゃう。本とかいいよ。星の数ほど出てる。今はウェブ小説も全盛だ。『野郎小説やろうしようせつ』っていうのが大手だね。いっそ書籍化されてないのからなんか持ってきても罰はあたりゃしないよ……」

「なるほど、本か」


 そのような話が延々と続いた。

 時刻はすっかり夕方である。昼過ぎからコーヒー一杯で何時間粘っているというのか。


 こういう店は、「ごゆっくりどうぞ」と言っておいて長居すると、そのうちおひやの水に氷が入らなくなって、次は水道水に変わり、最終的には熱湯が出てくる。だから喫茶店のごゆっくりどうぞを真に受けてはいけない……。そんなことを想いながら高橋と二宮はそそくさと会計を済ませて退店するのだった。

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