配信終了後、やきもち妬きのお姫様

「ひ、ひどい目に遭った……お腹いててて……」


 配信終了後、VSPの事務所のトイレにて唸っていた明影は、そこから出ながら未だに痛む腹を擦っては呻いていた。

 二人分の激辛焼きそばを食べさせられた胃は容量的にも耐久力的にも限界を超えていて、足取りも覚束ない様子だ。


 もう二度とこんな無茶な企画はしない……そう強く決意しながら、立ち止まって呻く明影。

 配信が終わったとはいえ、スタジオでは環が待ってくれているのだから急いで戻らなくてはと思う彼の前に、小さな瓶が差し出される。


「ほい。胃薬買ってきたから飲みな。こっちは錠剤タイプね」


「あ、ああ、どうも……って、どちらさまで?」


 瓶と胃薬が入ったビニール袋を受け取りつつ感謝の言葉を口にした明影であったが、そこに立つ笑顔の女性の姿を見て、当然のツッコミを入れた。

 うんうんと彼の真ん前で頷く謎の女性は、目を見開きながら謎に体を上下運動しつつ、口を開く。


「ほらっ! この顔と動きに見覚えはねえか!? ついでに声にも聞き覚えがあるだろ!?」


「えっ!? あっ! も、もしかして、前松すあま殿でござるか!?」


「正解! ガンギマリ乳揺らしダンスで一躍有名になってしまった前松すあまの中の人こと、須天春香ちゃんで~す! ……おい、今ちゃん付けするような歳じゃねえだろとか思ったか? 思ってたら殺すぞ?」


 色々な意味で怖い。情緒不安定な言動もリアルで見るガンギマリ乳揺らしダンスも、春香の何もかもが怖い。

 ぱっと見は普通に美人な大人の女性といった雰囲気なのに、その美貌全てが台無しになるくらいのヤバい動きを見せる彼女に若干ビビりながらも、明影は頭を下げてもう一度感謝の言葉を口にした。


「あの、ありがとうございます。胃薬、本当に助かります」


「いいって! 私もちょっと事務所に用事があってさ~、そしたら明影くんとたまちゃんがオフコラボ配信やってるっていうじゃない? んで、どんなもんかな~って覗きにいったらあんな感じでさぁ。これは胃薬が必要だなって、大急ぎで近くの薬局に駆け込んだってわけよ」


「あ、あははははは……」


 ようやく謎の動きを止めてまともに話をしてくれるようになった春香へと、引き攣った笑顔を見せる明影。

 単純に元気に振る舞う余裕がない彼の消耗具合を見て取った春香は、ぱちんと手を合わせると申し訳なさそうに謝罪をし始めた。


「ごめんね。ほんと、たまちゃんの無茶振りに付き合ってもらっちゃってさ。私がお願いしたから、無理しちゃったところもあるっしょ?」


「い、いえ、最終的に判断したのは僕ですし、別に須天さんを責めるつもりなんてこれっぽっちもありませんよ」


「いや~、いい子やな~! お姉さん感動のあまり明影くんを抱き締めてあげたいくらいだわ~! ……あ? もしかして今、お姉さんって歳じゃないだろって思った? 乳で呼吸困難にすっぞ? あぁ?」


「思ってないです! だから止めてください、須天さん!!」


 褒めてくれてるんだかギャグを言っているんだかわからない春香の言動に振り回される明影の悲痛な叫びが響く。

 この事務所にはこんな女性しか所属していないのかと、色んな意味で痛む胃を抑えながら彼が叫んでいると――


「……お二人さん、そこでなにやってんのかな~?」


 廊下の向こう側から響く、不機嫌さを隠すこともなくにじませた声。

 その声に驚いて視線を向けた二人が見たのは、腕を組んでこちらを睨む環の姿だった。


「おう、明影。随分とトイレが長いから心配して様子を見に来てみれば、何を人の同期とイチャついてんだ? あぁん?」


「い、いや、これは別にイチャついてるとかじゃあ……」


「どうだか? すあまんのことはあっさり名前呼びしやがって、このチャラ忍者め。実は年上好きか? あぁ~?」


 本名とVtuberとしての名前を混同している環は、春香を苗字で呼んでいる明影の行動を誤解しているようだ。

 それをどうにか解こうとする明影であったが、楽しそうに笑う春香が会話に割って入ると、環のことをからかい始める。


「あっれ~? もしかしてたまちゃん、やきもち妬いてるの? 明影くんを私に取られると思って、ご機嫌斜めなんだ?」


「あっ、ちょっ――」


 これ以上余計な真似をして、場を混乱させないでほしい。

 そう思いながら、本当に余計な春香の言葉に慌てる明影の前で、環が予想外の行動を見せる。


「……来い、明影」


「うえっ!? えっ!?」


 ぐいっと、腕を引っ張られる。

 環の手で春香の傍から彼女の側へと引き寄せられた明影が困惑する中、彼の腕を抱いてみせた環はじっと春香を睨むと、小さな声で言う。


「……あげないぞ。ぼくのだからな」


「……ぷっ! あはははははっ! ま、マジか~っ!? え~っ! そんなとこまでいっちゃったわけ!?」


「ちっ、ちがっ! 誤解でござる! 拙者たち、そんな関係じゃあ――」


「慌て過ぎだろ、配信のキャラが出ちゃってるぞ。それとも何か? 春香に誤解されちゃマズい理由があるってのか? ぶぉくを除け者にして、もっとイチャつきたかったってか?」


「誰にだって誤解されたらマズいでしょ!? それに、別に須天さんとはイチャついてなんかないよ! ただ胃薬を差し入れでもらって、お礼を言ってただけ!」


「そうだぞ~! 正直なのはいいかもしれないけど、そんなふうにキツく当たってるだけだと明影くんも謀反起こしちゃうぞ~! たまちゃんももう少し優しくしてあげた方がいいと思うぞ~!」


「須天さん! お願いだからこれ以上事態をややこしくするようなことを言わないでください!」


「うひゃ~! 明影くんにも怒られちゃった~! 怖いからお姉さんは逃げるぜ! ……おい、誰か今、私のことBBAっつったか? 出てこい、お前に魅惑のガンギマリ乳揺らしダンス十二時間ショーを見せつけてやる!」


 最後の最後まで意味不明なことを言いながら去っていく春香を見送って、彼女の姿が完全に見えなくなってからようやく環の手から解放された明影がほっと安堵のため息を吐く。

 彼女に腕を抱かれる自分の姿を他のタレントや代表である真澄に見られていたらどうなっていたかと想像して顔を青くする彼へと、背を向けたままの環が吐き捨てるように言う。


「このへっぽこだめ忍者。女性免疫ゼロの童貞。つらい時に綺麗な女の人にちょ~っと優しくされるだけで惚れて堕ちるちょろちょろ男め」


「ほ、惚れてないよ! っていうか、僕をつらい状況に追い込んだのは他ならぬ君じゃないか!」


「………」


 なんで罵倒されなきゃいけないんだと、自分に二杯もの激辛焼きそばを食べさせた環へと抗議の声をあげる明影。

 押し黙った彼女の背中にもう少し何か言ってやろうかと考えるかれであったが、そこでポケットに入れておいたスマホが震え、着信を告げた。


 このタイミングでと思いながらも頭を冷やすためにも少し間を空けようと深呼吸をしてから取り出したスマホの画面を開き、着信の内容を確認した彼は……そこに信じられないものを見て、言葉を失う。

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