拙者をお家に帰してください

「あ゛ぁん? てめぇ、言うに事を欠いて人に文句を付けた上、ガラシャから引き離そうってか? 上等だ、表出ろ!! 今からボッコボコのギッタンギッタンにしてやっからよ~!!」


 淡々とした口調で自分たちを危険人物扱いした琥太郎へと、一気に怒りの沸点まで感情を爆発させたクレアが怒鳴り声をぶつける。

 内心ではびくびくしているが、それを表に出さぬよう振る舞いながら、琥太郎は冷静に自身の考えをガラシャへと伝えていった。


「よく考えてくだされ。このお二方は確かに良きご友人かもしれませぬが、先ほどから明らかなるNGワードを連呼しているではありませぬか。ここは姫の配信チャンネルであり、その不始末が降りかかってくるのは姫だというのにも関わらずにですぞ? 万が一にもお二方の発言が原因でこのチャンネルがBANになったらと考えると、琥太郎は心配で心配で……!」


「……やっべ、思ってた以上にぐうの音も出ねえ正論パンチ食らったわ」


「すあま!? 諦めんなよ! お前が反論できなかったら、アタシら終わりなんだぞ!?」


 あくまでガラシャのことを心配しているふうを装いつつ、だけれども若干本気の想いも込められた琥太郎の意見には、流石の二人も何も言い返せずにいるようだ。

 これまでの同僚たちの言動を振り返ったガラシャはというと、ふむふむと唸った後でその意見に納得したような素振りを見せる。


「確かにな~! ぼくも姫様の癖に殺人だのちんぽだの堂々と言う奴らはおかしいと思ってたんだよ~! これでこの配信とかぶぉくのチャンネルがBANなんてされたら、目も当てらんないしな~……」


「ガラシャぁぁっ!? おまっ、ウソだよな!? あんなエセ忍者の言葉一つでこれまで一緒に頑張ってきたアタシらを見捨てるのか!?」


「え~? でもデビューしてからまだ半年も経ってないし、そこまで絆っぽいもの感じたことないしなあ……」


「お前、そういうタイプか!? それまで女同士仲良くしてたのに、彼氏ができたらそっち優先するタイプの女か!?」


「いやでもぼくだけじゃなくて二人にも問題があると思うんだ。男の店員さんとかに威圧感たっぷりに接するクレアとか、すれ違う女の人たちを視姦しまくって勝手にバストカップ測定するすあまんと堂々と友達だって言える人って少ないと思わない?」


「くぅ~っ、辛辣~っ! 何も言い返せねえ~っ!」


「……最小の動きで敵を動かし、同士討ちを引き起こす。これぞ【忍法・かく乱の術】でござる。にんにん」


 言い争いを続ける女性陣をよそに、どこか得意気にリスナーたちへと語る琥太郎。

 【流石忍者汚い】【しっかり忍者してて草】などのコメントが大量に流れ、配信が盛り上がりを見せる中、両脇からぎゃーぎゃーと同僚たちに文句を言われていたガラシャが小さく唸った後で口を開く。


「う~ん、よし! じゃあ、こうしよう! えいっ!!」


「あっ!? ああ~っ!!」


 カチカチッ、というクリック音が響いたかと思えば、その次の瞬間には彼女を除く三人の立ち位置が逆転していた。

 これまで圧迫面接を受けていた琥太郎が面接官の側に、これまで彼を徹底的に弄り倒していたクレアとすあまが面接を受ける側の椅子に、それぞれガラシャの手で移動させられた三人が驚きの声を上げる。


「企画内容変更! 今から琥太郎とぶぉくが面接官になって、ぼくの友達に相応しいかどうかの面接をはじめま~す!」


「うっそだろお前!? っていうかこの手際の良さ、お前最初からこうするつもりだったな!? ハメやがって、この緑髪巨乳あざと不思議娘がっ!!」


「姫に暴言を吐く、減点一でござるな」


「ぐわ~っ! 早くもやり返され始めてる~っ!! あの忍者、思ったよりちゃっかりしてるぞ!!」


「ちくしょう! ガラシャの隣にあの忍者が! あのエセ忍者がかわいいかわいいガラシャの隣に……あがががががが……!!」


「いかん、唐突なNTRにクレアの脳が破壊されちまった! おい、しっかりしろ! このままだと愛するガラシャが汚い忍者の懐刀にずっぽしいかれてヤられちまうぞ! 夜は寝所でズッコンバッコンだぞ!?」


「うがががががががががが……!」


「すあまん、確実にクレアにトドメを刺しにいってるよね。確かにあいつを友達にしておくのは色々とマズい気がしてきたな~」


 ポジションチェンジの結果、一層騒がしさを増した配信はそれに比例して盛り上がりを見せている。

 自分の意見を受けてこうなったとはいえ、最初からこの流れを作るつもりだったとしたらガラシャはやはり天才的な雰囲気作りの才覚を持っているなと琥太郎が感心していると、そんな彼を狙ってすあまが声をかけてきた。


「こ、琥太郎くん! ちょ~っとでいいから、君のご主人様に私たちのことをとりなしてもらえないかな~? お礼はするよ~? ほらっ! 見ろっ! 揺れる私のデカパイを見よっ!!」


「いや、そんなことされても困るだけなんでござるが……」


 目を見開きながら体を上下左右に揺らし、着物に包まれたたわわな二つの丸みを揺らしてみせるすあま。

 おそらくはハニートラップのつもりなのだろうが、今の彼女は所謂ガンギマリフェイスで謎の動きを見せる怪しい着物姿の女性にしか見えない。


「すあま~ん、もう止めとけって~。そんなことしても無駄だからさ~」


「そうでござるよ、前松殿。拙者、そのような色仕掛けに乗るような男では――」


 正直、色仕掛けもへったくれもないのだが、彼女の必死の努力を否定するのも心が痛んだ。

 ガラシャに乗っかりつつ、やんわりとその行動が無意味であると、むしろ怖いだけだと伝えようとした琥太郎であったが――


「こたりょ~はぶぉくのおっぱいにメロメロだからね~! 今さらぼくのより小さなすあまんのおっぱいには靡かないって~!」


「ぶっはっ!?」


 ――唐突に護衛対象である姫に背中から斬られ、盛大に噴き出してしまった。


「は、はあっ!? お前らもう、そんな関係なの!? まだ出会って一週間くらいだろ!?」


「まあ、ぶぉくのあふれるせくちーさと魅力をもってすれば、こたりょ~なんてイチコロよ~! こたりょ~ってばぼくのおっぱいが気になって仕方がないんだもんね~? まったく、かわいいだめ忍者め~!」


「誤解でござる! 誤解でござる! 拙者はそんな、不埒な真似をする男では――!!」


「ががが、ガラシャ……? お、お前、そんな、そんな、そんなあああああっ!? ガビガッ、グガガガガガガッ!!」


「クレアーっ!! マジで脳が破壊されてる! 割とピュアなこいつじゃあ、本格的なNTRの衝撃に耐えられなかったんだ! でもこれはこれでシコいからよし!」


「あっはっはっはっは! ガチ焦りしてるすあまんとあそこまでぶっ壊れたクレア、初めて見た!! やるなこたりょ~! お前のお陰でこんなに面白い展開になったぞ!」


「褒めていただけることは光栄でござるが! この状況は明らかにマズいですって!!」


 白目を剥いて痙攣するクレアとそれを解放しながら全力で叫びつつ割といつも通りじゃないか? と思いたくなる反応を見せるすあま。

 同僚たちの今まで見たことのない姿を目にして大爆笑するガラシャの隣では、琥太郎が顔を青くしながらこの混沌を目の当たりにして引き攣った表情を浮かべていた。


(確かに指摘された通り、胸をちらちら見たりはしてたけど! 気になってないって言ったら嘘になるけど! こんな形で爆発させることってある!?)


 自分とガラシャがリアルで顔を合わせたことがあるというのは周知の事実だが、そこであった出来事をこんなふうにバラされるだなんて完全に想定外だ。

 普通に考えたら炎上ものなのだろうが、タレントもリスナーも普通じゃないのがVSPという事務所の恐ろしいところで……?


「クソッ! 夜はどっちがご主人様なんだ……? 布団の中でも姫が奉仕させてるのか? それとも忍者が下剋上を果たしてるのか……? 気になって夜も眠れねえ! 朝寝るわ!!」


「やめろぉ……!! な、生々しい妄想をアタシに聞かせるなあああっ! ガラシャが、ががが、ガラシャがぁ……ガベゥッ!?」


「あ~っはっはっはっは! ひ~っ、ひ~っ! くっそ受けるんだけど! おも、面白過ぎるっ!」


「……もう嫌でござる。もう嫌でござる……!」


 超高速でそのピンク色の脳を働かせてR18な妄想を繰り広げるすあま。

 そんなすあまの妄想を耳にする度に悶え、時折壊れた電化製品のような音を口から吐き出すクレア。

 そして、このカオス極まる場の状態と同僚たちの姿を見て、大爆笑しているガラシャ。


 もう限界だった。本気で泣きそうだった。

 絶対に……ついていけないというより、ついていったらアウトとしか思えないVSP三人娘のあれこれを目の当たりにしてしまった琥太郎は、見てはいけないものを見てしまった感覚に陥りながら、心の底から湧き上がってきた感情を言葉として叫んだ。


「もう、もう……拙者をお家に帰して~! この面接会場、嫌でござる~っ!」


「ばっきゃろう! お前は一生ぶぉくの傍に仕えるって前に言っただろうが! 死ぬまでこき使ってやるから覚悟しろよ! にゃっはっはっはっは!」


「こき使うのはガラシャ、コキに使うのは琥太郎ってことか、ガハハハハ!」


「ひぐっ、うぐっ……! み、認めねえぞ、エセ忍者。今日のところは引き下がってやるが、アタシは絶対お前を認めな――ガクッ」


 先のカオスな場に琥太郎の嘆きが加わり、更に配信が混沌を深めていく。

 巻き込まれている側からすれば地獄でしかないが、見ている側としてはこれ以上ないエンターテインメントである四人のやり取りは『こたりょ~、VSPの洗礼を受ける』という切り抜き動画と共にネットに広がり、これまた不憫な忍者と自由気ままな姫たちの知名度は爆発的に高まる結果を生み出したのであった。

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