フリーダム姫様の恩返し

 【Virtual Sweet Production】とは、数あるVtuber事務所の一つである。

 所属タレントは全員が女性。名前の通り、スイーツをモチーフにしつつそこに世界各国のお姫様や女性の偉人の要素を足したタレントたちは、ファンたちから大いなる支持を得て……いるともいないともいえない、まずまずの人気を誇っていた。


 ただ、そんなVSPでも明影たち【戦極Voyz】と比較すれば十分に大手の事務所だ。

 嵐魔琥太郎と茶緑ガラシャのチャンネル登録者数だけを比較しても数倍の開きがあるし、知名度だって段違いである。


 そして、予想だにしない形で顔を合わせることになってしまったその中の人たち及び所属事務所の代表者たちは、双方の事情を説明した後でこんな話をしていた。


「ああ……なんか聞けば聞くほどに申し訳なさが募ってくるんですけど……ぼくのせいで大きな仕事を潰しちゃったわけでしょ? ほんと、ごめんね……」


「だ、大丈夫ですよ。僕は案件に参加できなくなっちゃいましたけど、代理は立てられたわけですし、【戦極Voyz】としてはプラマイゼロになってますから」


 そう答えながら、先ほどとは随分と口調が変わった環の様子に少しだけドギマギする明影。

 一人称がぼくになっていたり、多少砕けた口調になっていたりと、明影が同業者であることを知ったからか、彼女は随分と気軽な態度を見せるようになっている。


 それでもしっかりと恩人であり、迷惑をかけてしまった相手でもある彼へと一定の礼節を払う環は、平気だと答えた明影を見つめながら静に首を振ってから口を開いた。


「事務所としては問題なかったとしても、あなた個人はそうじゃないでしょ? 企業や他のVtuberさんたちと絡みが生まれる仕事に参加できなくなっちゃったし、これから暫く入院しなくちゃならないからその間は配信もできない。誰がどう考えたって、それは大問題だよ」


 自分が心配しているのは【戦極Voyz】ではなく、明影個人だと彼に告げる環。

 彼女の意見を補強するように、斧田が難しい表情を浮かべながら言う。


「先ほど先生から話を伺ったが、二週間は病院で様子を見たいそうだ。なにせ、頭を強く打ったからな。検査もそうだが、容態が急変する可能性も考慮すると妥当な判断だろう。その間は明智さんが言ったように配信はできないし、そうなれば嵐魔琥太郎のファンも離れかねないな」


「うぅ……」


 厳しい現実を突き付けられた明影が俯きながら呻く。

 変化の激しいこのVtuber界隈、新人なんてのは次から次へとデビューするもので、ちょっと配信を休んだばっかりにファンたちの興味が別のタレントに移ってしまうだなんてのは日常茶飯事だ。


 Vtuberとして必要な才能。一つ、圧倒的なキャラクター性。二つ、視聴者を楽しませるような配信や企画を思い付く構想力とそれを実行できる行動力。

 三つ、……特に明影のような微妙な立ち位置のVtuberにとっては、折角掴んだファンの心を離さないようにするためにも長い間配信を休むというのは避けなければならないことだ。


 だが、こうなってしまった以上はどうしようもない。無理をした結果、命に関わるような事態になったら、それこそ本末転倒だろう。

 できるだけ早くに復帰して、傷を最小限にすることが最善策だなと俯きながら明影が今後の行動について考える中、話を聞いていた環が挙手すると、顎に握った拳を当てながらこんなことを言い始めた。


「つまりなんですけど、ぼくがポカやったせいで本来得られるはずのプラスがなくなったどころか、マイナスが生まれそうになってるってことですよね? じゃあぼく、その責任を取ります」


「えっ!? せ、責任? ど、どういうことですか……?」


「簡単だよ! あなたが戻ってくるまでの間、ぼくが嵐魔琥太郎のことを宣伝する! ぼくのことを助けてくれた恩人だって、感謝してるって配信で言えば、ぼくのファンがあなたに興味を持つでしょう? で、その状況であなたが復帰したら即コラボ! 話題性抜群だと思わない!?」


「ええっ!? いやでも、それは……」


「ちょ、ちょっと危ないんじゃないかな? 私はたまちゃんのその意見には賛成できないかも……」


 堂々と配信で嵐魔琥太郎の名前を出し、退院後に本格的に絡むという環の意見に困惑する明影と真澄。

 別にこの程度なんでもないのでは? と思われかねないが、Vtuber界隈において配信で関係ない者の名前を出すことや、唐突に一対一で異性と絡むことはあまりよろしくないこととして知られている。


 何年か前の話だが、どこかの大手事務所からデビューした新人Vtuberが、という理由で初手、大炎上をかましたこともあったし、ファン心理や長年蔓延してきた界隈のルールというものを軽視すべきではないと考える二人は環の案に難色を示していたが、斧田だけは少し違う意見を持っているようだ。


「……確かに、そうしていただけるとこちらとしても助かります。茶緑ガラシャさんがどうだかは把握しきれていませんが、VSPさんに所属しているタレントは異性とのコラボを解禁しているはず。それならば、危惧しているような事態になる可能性は低いのではないでしょうか?」


「そうだよ~! ぼく以外のメンバーなんてバンバン男の人とコラボしてるし、そもそもぼくらアイドル売りとかしてないでしょ~? 暴言下ネタ何でもありのフリーダム事務所! それがVSPじゃん!!」


「……そんな感じなんですか? スイーツとお姫様っていう、女の子らしさ全開のモチーフなのに?」


「うん! 自由に好きなことをやる、がぼくらのモットーだからね!」


 ふふんっ、と鼻を鳴らしながら胸を張った環が明影の質問に答える。

 ドヤ顔になりながら、その大きな胸を強調するように腕を組んで胸を張る彼女へとどう反応すればいいかわからない明影が困惑する中、未だに難色を示している真澄が不安気に口を開いた。


「たまちゃん、やっぱり良くないと思うよ。これで炎上したりしたら、たまちゃんだけじゃなくってこちらの方々にも迷惑かけちゃうし……」


「だ~いじょうぶだって~! ぶぉくの頭の中には、完璧なる計画が組み立てられてるんだからさ~! そんなに心配しないでよ、真澄ちゃん!」


 どうやら環はもう止まるつもりなどないようだ。自分の不始末の責任を取るために、明影を救済する計画を実行する気満々である。

 そんな彼女は不安気に成り行きを見守っていた明影へと向き直ると、ドンッ、と自らの左胸を叩いてからお決まりのドヤ顔でこう言ってみせた。


「ま、大船に乗ったつもりでいてよ! このぱ~ふぇくとなぷらんさえあれば、あなたのチャンネル登録者も爆増間違いなしだからさ! ぜ~んぶぶぉくに任せとけ! にゃっはっはっはっは~っ!!」

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