第10話 夢の中でおやすみなさい。
「ねえねえ知ってる?」
「なになに~」
「この前殺された中学生、まだ死体みつかってないんだってー」
「犯人もまだ捕まってないんでしょ~? こわ~
「ね~」
うん、知ってる。
クラスの喧騒に心中答える。
そのニュースは僕も見ていたから知ってる。
現場に残された血痕等の状況から失血死していることは間違いないが、死体はまだ見つからず捜索中だったか。
ただ見ていた程度じゃ僕もクラスの喧騒が耳に入ってくることもない。
今もいる。
机の横に突っ立って、きっと恨めしそうに僕を睨んでいる彼女。
セーラー服だし胸のあたりもふっくらとしているから、女の子だとわかる。
いや勘違いしないでほしい。まるで僕が幽霊の胸を注視するような人間だと。
そうじゃなくて、性別を確かめるためには仕方なかった。
なにせ、彼女の首から上は無くなっているのだから。
昨日の学校帰りに出くわして、そのまま付いてきてしまった。
「好かれてるね」
昼休み、取り巻きを待機させて、彼或いは彼女、
「わかるのか」
「わかるっていうか、そうだね。わかるよ」
なにか含んだ物言いをしているが無視した。
どうせ教えてくれないだろうってこともあるけど、なにより睦月と深くお知り合いになりたくないというのが本音だった。
そうはいってもあの場を収めるために友達という関係になってしまった以上、会話くらいは普通にしなきゃいけない。
ハンカチを噛み締めながら僕を睨む取り巻きA、Bを顎で指す。
今時いるんだ、ハンカチ噛む人。
「それで、どうしてあげるの?」
「……どうもしねえよ」
睦月に顔を隠すように机へ伏せた。
面倒くさい。
だけど、関わらざるを得ないからため息が漏れる。
首のない人間が真横で二十四時間もいたら気が滅入る。
まぁ実際それはいいとしても、彼女が着てる制服は中学のセーラー服だ。
沙羅と同じ学校の。
そして犯人はまだ、捕まっていない。
それに彼女は、知らない人というわけでもない。
☆★☆★☆
放課後。
校門を出て足を止めると、僕の意思を理解しているのか、首のない彼女が僕の前を歩き始めた。
どこに連れていかれるのかと思いながらも付いていくと、沙羅が通う中学校だった。
高校と中学はたいして離れていないこともあって、そう時間は経っていない。
彼女が俺に望んでいるのが死体探しなのか、犯人捜しなのかわからないけど、どちらにせよ警察を呼べば捜査も進展するだろう。
彼女が平然と中学校に入っていくから、足が止まってしまった。
去年卒業したばかりだし誤魔化せるか、と思い校門を越えた。
まだ一年も経ってないのに下駄箱を見ると懐かしくなる。
懐かしくなるだけで、懐かしむ思い出はないんだけど。
彼女に導かれるまま歩いていくと、廊下にさやがいた。
部活に入ったとは聞いてないし、この中途半端な時間だとなにか用事があったんだろうか。
いつもなら声をかけるところだけど、今行っていることにさやを関わらせたくないし、壁に隠れた。
一人でとぼとぼと落ち込んでいる様子に胸が痛む。俯いて歩いていくさやがこけたりしないようにと願って、その場をやり過ごした。
階段を上って四階に着く。
この階には特別教室があるばかりだけど、彼女がなんの目的でここまで連れてきたのか。
もしかしたら犯人は学校の関係者なのか?
考えながらも後を付いていくと、彼女は理科室の前で止まった。
扉の前で直立していることからして、中に入ってほしいようだ。
鬼が出るか蛇が出るか、なんて思いながら扉を開ける。
理科室では理科教科担当だった田沼先生が道具の整理をしているようだった。
「ん? 桜瀬高校の生徒か?」
僕の顔を見ても先生は僕と気づかなかったようだった。僕は三年間影のように過ごしていたから、忘れられていたとしてもおかしくない。
「この中学の卒業生でして」
「おお、そうか。どうした?」
なんて言おうかと思ったが、無駄な会話をしても仕方ないなぁなんて考えていた。
首のない彼女は田沼先生を指差している。いや、違うな。もっと明確に、田沼先生の胸を指している。そこになにかあるのか?
「ところで先生、夕方過ぎっていつもなにをしていますか?」
「なんだ急に変なこと聞いて。高校生で探偵ごっこでもしてるのか?」
「なんでこんな一言だけで”探偵”ってワードが出てくるんですか?」
「そ、それはお前、最近物騒な事件もあったしだな、私だって気になっているんだよ。生徒の安全が心配だからなぁ」
……いや怪しすぎるだろ。
別にさっきの一言だけで事件と結びつけるのが早計だとは思わない。
今一番ホットな話題だし。
それはいいとして、なんでこいつはこんなに焦ってるんだよ。
「そうですよね。だから先生、一つだけお願いなんですけど」
「なんだ」
「その胸のポケットに入ってるもの、見せてくれませんか?」
「なっ」
先生の顔が青褪めて
彼女が差しているその場所はどうしても探られたくないらしい。
「だ、大体なんなんだ君は! 用事があるなら職員室に行きなさい!」
「先生に用事があったんで仕方ないじゃないですか」
ゆっくりと近づいていく。
なにせノープランだ。
田沼先生は運動もしてなさそうだし、細いし、僕でも取り押さえられるだろうか。
いやでも、人を殺すような奴だ。普通に考えたらいけない。いま凶器を持ってるとは思えないけど。
「いいんですよ先生、僕は警察を呼んでも」
先生は顔をしかめて苦渋を飲んでいるようだった。そして声を震わせながら、わかった、と言った。
「わかった、わかったから、誰にも言わないでくれ」
そう言いながら胸ポケットから写真を取り出した先生は、僕に見せた。
「まだなにもしてないし、なにかするつもりもないから」
そこに写ってるのが僕の知らない人ならよかったんだけど、いかんせん、写っているのがさやだったから、一瞬で頭に血が上った。
「……なんで沙羅の写真なんか持ってんだよ」
「そ、それは……かわいいだろう、その子。知り合いなのか?」
ぶちんっとそんな音が聞こえたような気がした。
田沼の胸ぐらを掴んで押し当てる。
「この前ここの生徒が殺された。あれお前だろ」
「ち、違う! 僕じゃない!」
「嘘つくなよ」
「ほんとだ! 信じてくれ!」
信じる気にはならないが、ふと彼女を視ると、透け始めていた。
未練が薄れているんだろうか。
「……まぁいいや。言い訳は警察でしてくれ」
「ぼ、僕じゃない、僕じゃ……」
泣き崩れる田沼を見下ろしなにか引っかかる。
なにも抵抗してこなかった。
人を殺したようなやつだ。それも首を切って殺したようなやつが、僕に屈して抵抗してこないことに違和感があった。
「なぁ、ほんとにこいつなのか?」
小声で彼女に囁く。
首のない彼女は既に足が光の粒子に変わっていて、あと少しもすれば消えていきそうだった。
すると彼女は腕を伸ばした。
手を広げて、僕に差し出すように。
触れ、って?
顔はなくて視えないけど、あれば彼女は笑っていたかもしれない。もしかしたら、恥ずかしがっていたかもしれない。
彼女の性格を考えると恥ずかしそうに俯く方がよほど理に適っている。
でも最期のようだから、やっぱり笑っているかな。
どうだろう。
人のことなんて、そんなにわからない。
彼女の掌に僕の掌を合わせる。
すると、視界は突然に塗り替わった。
断片的に映像が流れた。
それが彼女が見てきた記憶だと気づくのに時間はかからなかった。
『うへへへへ、沙羅ちゃん、沙羅ちゃん、君はかわいいねぇ~』
ぺろぺろと写真を舐める田沼の姿があった。気持ち悪い。あいつに頼んで廃人にしてもらおうか。
場面は変わって、沙羅の笑顔が映し出される。
その笑顔は僕に向ける笑顔とは少し違うような気がした。それだけ彼女が沙羅に、いやさやに信頼されていた証だろう。
そしてまた場面が変わって、彼女は夜道を走っていた。
息遣いは荒く、なにかから逃げているようだった。
途端にバランスを崩し、どうやら彼女は背中を切られたようで、そのまま転んだ。
自分を追いかけてくる人間に泣きながら助けを求めている。
やめて、やめて、助けて、と。
けれどその男は歪つな笑顔を醜悪に垂れ流しながら、彼女の言葉に耳を傾けなかった。
手に持った斧で首を切って、身体は蹴り飛ばした。
男に抱えられた顔は、身体が川に落ちていくのを目にしていた。
目を開けると、もう彼女はそこにはいなかった。
未練がなくなったからなんだろうか。
きっと、この世に留まる理由がなくなったんだろう。
頬が濡れている。
手で拭って、僕は泣いていることに気づいた。
悲しかったわけじゃない。
悲しむほどの関係性じゃないから。
ただ、胸を打たれた。
「馬鹿だな、君は……」
田沼に向き直る。
ひぃっと怯えたこいつはあとで職員室の先生に生徒の写真を持ったストーカーがいると伝えて、あとは警察にお願いしよう。今の状況なら家宅捜査ぐらいしてくれないだろうか。あの映像で見たような変態が、一枚の写真で満足しているとは思えないから。
☆★☆★☆
冬の川は冷たくて凍えそうになる。
夜ともなれば、川に入っているなんて馬鹿がすることだった。
だけど、僕が彼女を見つけてあげなければいけなかった。
殺されて、自分の死体も見つからない状況だというのに、それでも尚、友達のことだけを未練に思い、僕を探した彼女に。
だから彼女は僕に憑りついたんだろう。
僕が視えるから、とかではなくて、僕が沙羅の兄だから。
感覚がなくなっていく足を無視して、川を歩き回る。
僕だってなにも考えない唐変木じゃないから、彼女の気持ちは知っていた。
たまに遊びに来る度、一緒に遊びましょうと照れながら僕を誘う彼女。
けれど遊んだかと思えば下を向いてばかりで、ずっと緊張していた。
きっと彼女は小学生だった頃、中学生だった僕が大人びて見えて、その幻影に恋をしていただけなんだと思うけど。
だけど、恋心なんてものが芽生えない以上、その想いに応えることはできなかった。
「……いた」
その身体は川底に引っかかっていて、浮かんでくることがなかった。
溜まったガスが体を膨れさせてしまっていて、もしかしたら彼女はそんな姿を見られたくなかったかもしれない。
でも、お礼を言わずにいられなかった。
沙羅を心配してくれてありがとう、って。
それに、彼女にだって大切な人がいただろう。
そうでなくても死ぬ瞬間は、自分の気持ちが一番大事だろう。
その一番大事な想いの部分に、彼女は友情を選んだのだ。
そんな綺麗な人間がいるだなんて、僕は知らなかった。
死者の怨念めいた顔ばかり見続けて生きてきた僕は、まるでそれが世界の全てのように思う世界の狭い馬鹿だった。
そんな簡単に自分が変わるとは思えないけど。
川底で水流に揺れる彼女に手を合わせる。
「ありがとう。ゆっくり休んでね――夢ちゃん」
死んでまで友達を案じる彼女に、尊敬の念を込めて。
「あとは、任せて」
☆★☆★☆
リビングでソファーに座ってニュースを見ていると、さやが隣に座ってきた。
大きな溜息をつくさやの顔は眠れていないのかクマが酷いようだった。
しょうがない。
夢ちゃんと沙羅は仲がよかったし、さやになってからもそれは変わらなかった。
『続いてのニュースです。先日首無し死体が見つかった近衛夢さんの事件に進展がありました。犯人が首を持って自首したとのことです。犯人は非常に錯乱していて、なんでも話すから助けてくれ、と会話にならない状態だったと発表があり――』
あぁ、自首したのか、あいつ。
自分よりも屈強な体躯の化物に追いかけられて、追いつかれると首を切られる。そして気づくとまだ生きていて、背後には化物がいる。
そんな夢を寝ても覚めても永遠に見続けるように、睦月の力を借りた。
「捕まったみたいだな」
「……うん」
さやがじりじりとにじり寄ってくる。
「にーに、なにかしたの?」
「なにって、僕にそんな力ないよ」
「そうだけど……でも……」
「天罰が下ったんだよ、きっと」
神様を気取る気はないけど、大切な妹を守ってくれた彼女に足を向けて眠れはしないから。
ぽん、とさやの頭を撫でる。
「すぐには立ち直れないかもしれないけど、ゆっくり元気になってくれな。眠れないっていうなら、一緒に寝てあげるから」
「……うん」
何度も泣いただろうに、それでもさやの涙は枯れていない。
目尻に溜まった涙が一つ零れていく。
それにしても。
『ふふっ、面白いね、君がこんなことしてるの。いいよ、助けてあげよう。ただ、借りは高くつくよ』
って言っていた睦月が恐い。
なにさせられるんだか、ろくな予感がしない。
でもまぁ、夢ちゃんが供養されるというのなら、仕方ないか、なんて柄にもないことを思う。
さらが落ち着いたら夢ちゃんのことを話してあげなきゃいけない。
夢ちゃんは死んでも尚、さやのことが大好きだったんだよ、って。
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