第9話 Death Influencer.

「ねえねえ知ってる?」

「なになに~」

「インフルエンサーのるみちゃん! めちゃかわいくてさー」

「知ってる! tiktokで凄いバズってるよね~」


 そんなクラスの喧騒は最近はよく耳に残る。

 周りに目を向けてるわけじゃないんだけど、最近クラスの噂に巻き込まれることが多い気がするから、なんとなく聞いてるだけだ。

 でも流石にtiktokは関係なさそう。


「睦月様! 最高です!」

「今度はこの踊りやりましょう!」

「しかたないね」


 やれやれ、とでも言いたげに、睦月エンダはご機嫌にtiktokの撮影に興じていた。

 意外だな、と思う反面、そういえば有名バンドのボーカルやってるから、こういうことは好きなのかもしれない。

 人の命なんて虫けら程度に扱う睦月が、両手でハートを作って踊ってる様というのは、知る人から見れば恐怖な気がするんだけど。



   ☆★☆★☆



「にーに! tiktok撮ろー!」

「嫌だ」

 自室の扉を勢いよく開けて迫ってきたさやに問答無用で断った。

 いくらシスコンお兄ちゃんといえど、妹の頼みを全て許容するわけじゃない。


「ぶー、いいじゃん減るもんじゃないしー」

「というか、できればさやにもやってほしくないんだが」

「なんでー」

「あのな。沙羅の顔は世界一かわいいだろ? そんなお前の姿がネットで配信されてみろ。世界中の人間がお前に惚れて、連日ストーカーが家の前に並ぶぞ。大変だぞ?」

「にーに、ちょっとキモい」


 失礼な。本当のことなのに。


「はいはい、私も体を借りてるから言うこと聞くよ。でもさ、公開しないなら一緒に撮ってもいいよね!」

「公開しないのに一緒に撮るのか?」

「思い出になるじゃんか!」


 思い出、ね。

 沙羅の体と作る思い出であり、さやと作る思い出。

 まぁ、悪い気はしないか。


「わかったわかった。それで、今はどういうのが流行ってるんだ?」

「ええとねー」


 さやが画面を縦にスライドしていき、たくさんのショート動画を流していく。

 それを横目に見ていて、自然と眉間に皺が寄ってきた。


 大体はダンスだとかドッキリだとかばかりなんだけど、時折喧嘩だとかリスカだとか血生臭いものが混ざっている。


「こんなの流行ってるのか?」

「最近は変なの増えてきたからなー。でもこういうのはすぐにBANされると思うよ。よし、このダンスやろ!」


 そうして選ばれた動画を参考に二人で簡単なダンスを練習した。

 まさか僕が両手でハートを作って笑う時が来るなんて、世の中なにが起こるかわからないもんだ。



   ☆★☆★☆



「さや。夢ちゃんも」

「にーに」

「こ、こんにちわ。ありがとうございますっ」


 さやを中学まで迎えにきがてら、夢ちゃんもついでに家まで送ることになった。

 というのも。


「ほんと危なくなったよねー」

「ね、ね。この前動画で、ホームレスさんが襲われてたよ……」

「それに、あの動画な」


 tiktokは数日経たない内にどんどん過激な方向へと流行していき、昨日バズった動画は少年が笑顔で手作りのギロチンで首を跳ねられる、といった内容だった。

 この桜瀬町でも事件が増加しているとニュースで流れ、こうして迎えに来たわけだ。


「早く帰ろう」


 言ったそばから。


「ちょっといいですかぁぁぁ!」


 遠目に二人組が走って駆け寄ってきていた。

 その手には金属バッドが握られていて、嫌な予感しかしない。


「に、にーに」

「お兄さんっ」


 二人が僕の背に隠れる。

「走るぞ」


「待てよぉぉぉぉぉぉおおおおお!」

「ちょっとバットで殴るだけだからさぁぁぁぁああ!」

 二人組の成人男性が爽やかな笑顔で追いかけてくる。


 ちょっと金属バッドで殴られたい人はきっとこの世にいない。んー、もしかしたらいるかも。世界は広い。


 ともあれ二人を連れて走っていく。


「きゃっ」

 すると夢ちゃんがつまづいて転んでしまった。

「夢ちゃん!」

 慌ててさやが夢ちゃんを守るように抱きしめる。

「追いついたぁぁぁぁああ!」


「ったく」

 流石にこんなご時世だ。なにも持たずに二人を送ろうだなんて考えてない。

 鞄から催涙スプレーを取り出して顔面に近づけてしっかりと吹きかけた。


「ごほっごほっ」

「ほら、立てる? 行くよ」

「は、はいっ、すみませんっ」

 夢ちゃんの手を引いてその場を離れる。


 下校途中の通学路はまるで地獄絵図のようだった。


 自転車で車を轢いてみた。

 内臓飛び出たまま街を一周してみた。

 老婆の首をひったくってみた。

 クラス全員でデパートの屋上から飛んでみた。

 えとせとら。


 パトカーと救急車のサイレンがけたたましく鳴り響いて、そのうち自衛隊でも出動しそうな勢いだ。

 もうこれパンデミックだろ。これが世界中で起こってたら人類滅亡しそうだ。


 なんとか夢ちゃんの家に着いた僕達は、少しだけ家で休ませてもらった。

 どこもかしこも危険地帯で、ちんたら歩いている暇もなくて足が震えている。

 かといって、陽が落ちる前に僕達も帰りたかったから、長居はできなかった。


「今日はほんとにありがとうございました!」

「夢ちゃんまたねー」

「沙羅ちゃんも気をつけてね!」


 ひらひらと夢ちゃんに手を振って家へ急ぐ。

 小走りで進み続けると、なんだかマラソン大会を思い出して来た。

 ゾンビみたいなのが追ってきていないだけマシだろうか。


 家まであとすこし、というところでもう息が上がっていた。

 そもそも僕は体力もないし、ここまでよく持った方だろう。


「にーに、大丈夫?」

「あとちょっとだから」

「ばばぁぁぁぁぁぁん! こんにちわぁぁぁ!」


 突然目の前に立ち塞がったのはさっきの金属バッド二人組だった。


「いやぁ、いい人いないかなって探してたら、見つけちゃいましたぁ!」

「さっきはやってくれたな! 今度はこっちの番だぞぉぉぉぉおお」


 にこにこと。

 自分に悪意はないとでもいうかのように、遊びでしかないと笑うかのように。

 腹が立つことにこいつらから逃げる足はもうなくて、鞄から催涙スプレーを取り出す。


「おおっとぉぉぉぉ!」

「かっきぃぃぃんっ」


 スプレーを掴んだ手をすぐさま金属バッドで叩き落された。

 激痛が手に走り、手を見てみれば赤黒く腫れている。


「やめて!」


 さやが僕と二人の間に立つ。


「あははははぁ! カップルかな? 兄妹かな?」

「動画のタイトルにするから教えてよぉぉぉぉおお!」


 下品に金属バッドを高く振り上げ、そいつは躊躇なくさやに振り下ろした。

 学生鞄で受け止めて難を逃れたものの、衝撃が腕に鈍く響いた。

 いや、もう、そんなことどうでもいいんだけど。


「お前、いま、沙羅を狙ったな?」

「ああああかっこいいぃぃぃぃいい!」

「バズるぞぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおおお」


 かっと上った血は僕から優しさをそぎ落としていく。

 別に、むやみやたらに攻撃したいわけじゃないんだけど。

 世の中、やっていいことと悪いことがあるとわからせなければいけない。


「お前ら、街の様子は見たか?」


 二人組はきょとんとしている。


「その様子じゃ見てないな。内臓飛び出たまま街を一周してみたり、クラス全員で飛び降り自殺してみたり、もう流行は次のステージに進んでたぞ。お前らがやってるのって、昨日の流行りのホームレス襲撃が元だろ? それじゃあもうバズらないんじゃないか?」


 途端に二人がおろおろとし始める。


「えぇ、どうしよう……」

「バズりたいよぉ……」

「それならさ、こっちの方が面白そうじゃないか? バッド・・・ってみた・・・・。お互い同時に頭をフルスイングするんだよ。先に頭が割った方が勝ち。ほら、今度はお前達が新しい遊びで流行を作るチャンスだぞ」


 二人はお互いに目を合わせる。


「いいねぇぇぇええ! tiktokは勝負事もバズるもんねぇ!」

「僕達が流行を生み出すんだぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 そして、彼らはスマホを地面に置いて自分達が写るようにセットした。

 成人男性のフルスイングが容赦なくお互いの側頭部を打ち砕く。

 血が赤い花のように噴き出した。

 二人組の頭は割れているようだったが、まだ原型は留めていた。首の骨が折れて明後日の方向を向いてしまっているけど。


 さやに肩を貸してもらいその場を離れていく。

 遠巻きに、

「ほら! まだ割れてないぞ! 頑張れ!」

 と声をかけると、奇妙な奇声と共に、後方で金属音が破裂するような音が空に響いていた。


「にーに……やりすぎだよ」

「そうでもないよ」


 沙羅の体を傷つけようとしたやつだ。

 地獄を百回巡ったって足りやしない。



   ☆★☆★☆


 僕の怪我は指の骨折程度で済んだ。

 さやに怪我がなくてなによりだ。

 あの日から学校は休みになって、こんな世界の末期、どうやって落ち着くんだろうと思っていたら、意外なことに二日後にそれは終わりを迎えた。

 それは一人のYouTuberが企画した動画。


『最強のバズ王は誰だ!』


 内容は簡単なもので、バズりたいtiktokre達が世界中から一堂に集結し、数々のステージを突破し、最後に生き残った者が優勝者というもの。

 そんな糞みたいな動画は一時間もしない内に削除されたようだけど、一度ネットに上がってしまえば永遠に消えることはない。

 一説によれば拡散されたその動画は一億再生を越えたんだとか。


 まぁ、そんな警察が許すわけもない企画、まともに開催されたかどうかは不明だし、タイトルだけのやらせな可能性もある。

 けれど実際にtiktokの動画は健全なものに戻って、世界中で流行ったスプラッタブームは終結した。

 総死者数一億人。人類滅亡には程遠かったらしい。


「いやはや、危なかったね」

 再開された学校に行くと、珍しく睦月がそんなことを言って目を丸くした。

「危ないって、お前に危ないことなんてあるのかよ」

「流石に私も度肝を抜かれることくらいはあるよ。なにせ、どこぞの国の首相もバズろうと画策していたらしいからね」


 どうやってその情報を知ったんだよ、ってのはさておき。

 睦月から聞いた動画の企画を聞いて、額に汗が垂れた。



 核爆弾、発射してみた。


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