第3話 絶対に当たる占い師

「ねえこれ知ってる?」

「なになに~」

「絶対に当たるって噂の占い師! ツイッターでいま有名なんだよねぇ」

「すごーい」


 そんなクラスの喧騒は風に流れて。

 ぼうっとしていると、珍しく学校に紛れている幽霊を見つけた。

 彼女は他校の制服を着ていて欠損もなかったけど、かれこれ二時間も一人の男子生徒の背後で恨みを綴っているようだったから、幽霊だと気づけた。


 そういえば小学生の時の僕の唯一の友達も人気者だった。

 彼は誰にでも優しくて、クラスで孤立した僕にも優しかった。

 だから正確には、友達だと思っていたのは僕の方だけだったかもしれないけど、陰気な僕が楽しい学生生活を送れたのはあの時だけだったから、感謝している。

 あいつ、今も元気してるかなぁ。


 ふと男子生徒の方へ視線を戻すと、女の幽霊が上から覆いかぶさって、流れる髪で顔も視えなくなっていた。

 それに男子生徒は気づかず、クラスの女子と楽しそうに談笑していたから、人気者は大変だなぁなんて、机に突っ伏した。



   ☆★☆★☆


 自宅のリビングでテレビを流し、思考の必要がないスマホゲームを触りながら思う。

 この世界には僕の知らないことがたくさんあったんだな、って。


 子供の頃から僕だけが幽霊を視えていたから、なんとなく知った気になっていた。

 けれど最近巻き込まれることといえば、都市伝説に化け物と、幽霊とはまた違う、別問題のあれそれだったから。

 

「たっだいまー」


 ごすん、と頭にアゴが突き刺さる。

 妹の沙羅に憑りついたさやのおかえりだった。

 おかえりも言わずに無視してスマホを触っていると、ぐりぐりとアゴをねじ込むように押し付けてくる。


「た、だ、い、まあああああ」

「わかったわかった、おかえり」


 満足したのかソファーに学生鞄を放り投げて、キッチンにジュースを取りに行った。

 僕は妹の沙羅と仲が良かったし、大好きだった。だから沙羅が事故に合う前は、こんな風に、いや僕からも抵抗してみたり、じゃれあっていた。

 けれどさやは沙羅に憑りついただけの他人だから、積極的に慣れ合う気はしない。

 僕としては一定の距離を置きたいんだけど、なぜかこいつは僕にちょっかいをかけてくる。


「はー、今日も学校疲れたー」

「そういえばお前、勉強大丈夫なのか?」

「あー! それよりさ、にーに」


 あからさまにはぐらかされた。

 戸籍上は沙羅なんだから、沙羅が目を覚ました時に備えて成績はよくしていてほしいんだが。


「これみて。いま学校で流行ってるんだけどさ」


 僕の隣に座ったさやは自分のスマホを俺のスマホ上に置く。邪魔だ。

 さやのスマホを見るとツイッターのアカウントが表示されていた。


「占い師ダーウィン? なんだこれ」

「すっっっごく当たるって有名なんだよ!」

 と、きらきらとした目で見詰めてくる。

 女子って占い好きだよなぁ。


「恋占いも、テストの山も、天気も、当たらない占いはないって噂なんだ」

「胡散臭い」

「にーには夢がないなぁ。そんなんじゃ彼女できないよ?」

「僕はそういうのいいから」

「陰キャ。ってなわけではい!」


 いつの間にかさやは僕のスマホを奪い取って、占い師のツイッターアカウントを表示させていた。


「リプ送るだけで占ってくれるから試してみようよ! 信じてないんでしょ?」

「……はぁ」


 これで僕が拒否したところで意味がないんだろう。

 僕がやるまでしつこくしつこくやらせようとしてくるだけだ。

 沙羅にもこういうとこあったな。

 まぁ、沙羅がかわいかったからなんでもしてあげてたけど。


「で、なんて打てばいんだ」

「なんでもいいじゃん。明日のこととか」

「明日、なぁ……じゃあ明日の天気でも聞いておくか」


 リプを送ると即座に返信が来た。

 いやいや。

「これBOTじゃないのか? 早すぎるだろ」

「もしかして政府が開発した超高性能AI!?」

「夢見がちだなぁ」


 超高性能AIさんによれば明日の天気は雨、だそうで。

 ふと窓から空を見ると今は快晴で、天気予報を調べたところ明日の天気は降水確率10%だった。

 というか、超高性能AIが占いなんてするぐらいなら、天気予報をさせた方がよっぽどいいだろう、って思うけど。



  ☆★☆★☆



 翌日、教室の窓から外を見て、土砂降りの雨にため息をついた。

 反抗心もあってか、僕は傘を持ってこなかったのだ。


 するとスマホのバイブが振動した。

 見ると占い師からリプが来ていた。


『当たったでしょう?』


 ぞくりと背筋が冷える。

 占いが当たった、のはいいとして。

 こいつの返信がまるで僕の心を見透かしたかのような内容なことには肝が冷える。


 まぁでも最近おかしな事も多いし、絶対に当たる占い師がいてもおかしくないのかもしれない。

 ぶぶっとスマホがまた鳴る。


『テストを頑張りましょう』


 テスト? 今日はテストの予定なんてないけど。


 ちょうどチャイムが鳴ってスマホをしまう。

 先生が教室に入ってくるや否や、言う。


「抜き打ちテストやるぞー」


 寒気を感じたことは言うまでもない。



   ☆★☆★☆



 びしょ濡れのまま自宅に帰り、冬なこともあってすぐに風呂に入った。

 リビングに置きっぱなしにしてあるスマホから異様な雰囲気があるようで、なんだか不気味だ。

 ぶるっと振動が鳴り、嫌な気持ちになりながらも通知を見た。

 それは母からのLINEで安心した。


『ごめん、今日スーパー特売日なの。代わりに行ってきて~』


 両親は共働きだからこういう時限イベントには弱く、そんな時はこうして俺が代わりに買いに行く。

 外はまだ雨が降っているし風呂も入ったから気は乗らないけど、好きなお菓子を買っていいというメッセージは魅力的で、負けた。


「ただいまにーに。雨、降ったね~」


 それはそれは嬉しそうにさやが僕にドヤ顔をしてきた。


「ああ、認める。学校で抜き打ちテストまで当てられたしな」

「ひょえ~。絶対当たる占いって噂されるだけあるなぁ。あれ、にーにどっか行くの?」


 外出する準備をしていたのを見てさやが言う。


「買い物行ってくる」

「私も行くよー」

「いいよ。外寒いし、雨降ってるし。すぐ帰ってくるから」

「私も行くよー」

「風邪ひいたらよくないから待ってなさい」


 と、言ってからその口調は沙羅に対するものだと思った。

 さやに妹を重ねたくないだけに自己嫌悪してしまう。

 するとさやは意外にもしおらしくなってしまい、はーいと、そっぽを向いて返事した。


 ……はぁ。

 さやが好きなお菓子、買ってきてやるか。



 雨が降っているから今回は傘をさして濡れないようにする。

 強い雨なこともあって傘を叩く音が激しく耳にうるさい。

 ポケットに入れていたスマホがぶるっと震える。


『不審者に注意』


 それは占い師ダーウィンからのメッセージだった。

 いや、不審者って――と、嘲笑するより先に冷や汗をかいた。

 こいつの占いは当たる。

 超常的に、当たるから。


 辺りを見回すもまだそれらしき影は見えない。

 絶対に当たる、というのであれば不審者に”注意”すれば大丈夫かもしれない。

 僕はたかが買い物に行くというのに、戦争ゲームよろしく辺りに存分の注意を払いながらスーパーへと向かっていった。


 スーパーへの道のりも半分を切ったところで、ポケットのスマホがまた震える。

 緊張していただけに少し肩が震えてしまう。

 ロック画面で通知のメッセージを見ると、予想通り占い師からだった。


『潰れた少年が一人、不審者に殺されるでしょう』


 口元が凍る。

 ばちゃっ、と水溜まりが跳ねる音が背後で聞こえた。

 傘を叩く雨の音がやけに静かに溶けていくようだった。

 それよりもずっと、心臓の鼓動はうるさかった。


 喉つばを一つ、飲んで。


 ゆっくりと振り返ると、そいつはいた。


 2Mは超える大男。

 真っ黒なカッパを全身に着て、フードを被った奥で興奮しているようだった。

 その右手には大きな鉈が握られていた。

 涎でも垂らしているかのように雨粒が伝う。


「うわあああああああ」


 傘を放り出して走った。

 なにが注意だ。

 こんなもん強制じゃないか。

 さっきの占いの内容を思い出せ。

 その占いは


 目に入った工事中のビルの中へ急いで入っていく。

 階段を駆け上がって少しでも大男から遠ざかっていく。

 適当に内装前の室内へ入り、胸打つ呼吸を収めていった。

 脇目も振らずに走った。

 だから息を整える時間はあった。

 それでも。


 大男が追いかけてきていることはその音で明白だった。


 あの大きな鉈だろう。

 階段を上がるたび、金属が段差に当たり、きんきんと打ち鳴らしている。


「っ」


 恐怖で漏れそうになる悲鳴を、口を押えて必死に堪える。

 

 大男が僕が辿り着いた階層までもう来ていた。

 鉈をこすり付けながら廊下を歩く度、びちゃびちゃと大男の靴に溜まった水が不気味に響いていた。

 それはどんどん近づいている。


 ああ、でも、僕は馬鹿だ。


 雨が降っていた。

 傘を捨てて走った僕はびしょ濡れで。

 無機質なコンクリートの床には、僕が移動した跡がこれでもかと残っているから。


 僕が入ったフロアに大男も入ってくる。

 自然と僕は隅へ隅へと向かっていった。

 気づけば角に追いやられていて、大男はゆっくりと近づいてくる。


 無気力に生きてきたこの人生で、こんな絶望を感じることがあるなんて思わなかった。

 歯はガチガチと震えて、涙を我慢することなんてできなくて。


 大男が鉈を高く高く振り上げる。

 

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


「ガアアアアアァァァ」

「うっ」


 足が動いたのはただその一心だった。

 大男の鉈が振り下ろされるより先に、僕はその場を飛びのくことができた。

 だけど。


「うううぅぅ……」


 逃げ遅れた僕のふくらはぎからはぱっくりと切り開かれ、血が垂れていた。

 ずきずきと足が痛んで言うことを聞いてくれない。

 それでも死にたくないから、這ってでも男から逃げようとする。


 ぐちゃり、ぐちゃり、と大男が近づいてくる。

 僕が這って進むことなんて愉悦でしかないように、一歩ずつ、一歩ずつ。


 ふっと体の重みが消える錯覚。

 それは大男に頭を掴まれて持ち上げられているからだった。


「がっ……あっ……」


 頭を掴む膂力は尋常ではなくて、割れそうな痛みから逃げ出そうと大男の手を掴む。

 けれど両手で掴んでも、指を剥がそうとしても、あまりにも強大な力は少しも緩むことがなかった。


「ウラナイハ、ゼッダイィ……」


 大男の言葉にはどこか納得してしまった。

 こいつが突然現れた不審者であるということの方が不自然すぎた。


 みしみしみし、と。

 聞いたことのない音が耳に、或いは脳に響く。

 割れる、割られて殺される。

 潰れた死体が、できあがる。


 ごめん、沙羅。

 お前が目が覚めるまで、いてあげられなくて。












 にーに!







 幻聴、のように思えた。

 だってこんなところに沙羅が、いるはずないから。

 いや、沙羅? さや? 沙羅? さや?


 突然放り投げられて開放される。

 マシになったとはいえ頭の痛みは続いていて、景色も歪むかのようだった。

 圧迫されたからなのか、鼻血が出ていた。


「にーに! にーに!」

 馴染み深い声が耳に届く。

 歪む視界の中で女の子が泣いているのが見えた。

 どれだけの力で掴まれていたのか、意識がまだぼうっとしている。


「泣くなよ……大丈夫、だから……」


 大丈夫じゃないけど。

 頭は未だに割れそうに痛いし、足はずきずきと唸っているし。

 大丈夫じゃないけど。


 僕はお前のお兄ちゃんだから。


「泣くな……」


 沙羅が泣いていたら、撫でてあげなきゃいけない。

 僕の唯一大切な妹なんだから。


 僕に撫でられて、ぽろぽろと零す涙を抑え込んで彼女は言う。


「なんて占われたの!」


 口を開く気力はなかったから、なんとかポケットの中のスマホを渡して通知を見せた。


「わかった」


 なにがわかったのかわからないが、それが僕の限界だった。

 霞んでいた景色が霧のように滲んでいって、意識は闇の中へ。


 遠のいていく世界の中で、彼女はなにかを言っていた。


 ―――――は、私が守る!


 きっと足は震えて、恐怖で涙は溢れて、今にも逃げ出したいだろうに。

 己を奮い立たせるその声は、気のせいじゃなければ、ずっと聞きたかった言葉を叫んでいた気がする。


 お兄ちゃん、って。



   ☆★☆★☆



「うわっ」


 慌てて起き上がると、そこは病院のベッドの上だった。

 辺りを見回してもビルの中じゃないし、大男もいない。


 死ななかった、のか。


 あの時、大男に頭を掴まれて、さやが助けに来てくれた気がする。

 はっきりと覚えていなくて曖昧だけど。


 そんなさやは僕の心配してくれていたのか、座りながらベッドに倒れこんで眠っていた。


「……」


 なんなんだろう、お前は。

 沙羅に憑りついただけの幽霊だっていうのに。

 助けに来てくれて、涙で目を張らすくらい心配してくれて。


 自然と頭に手は伸びていた。

 けれど、それを止めようと思う気はしなかった。

 三年ぶりに撫でたその髪は、柔らかくて、さらさらで、妹そのものだった。


 すると突然、ぱっとさやが起き上がる。

 僕を見て、ぱちくりと目を開いている。


「にーに!」


 がばっと飛びづいてきたさやを身体で留めると、切られた足に激痛が走った。


「痛っ」

「あ、ご、ごめん、ごめんなさい」


 さやは僕から離れてとても悲しそうに落ち込んでいる。

 珍しくやけに聞き分けがいい。


「さやが……助けてくれたのか?」


 きっと、僕の覚え違いじゃなければあれはさやだった。

 記憶は曖昧でろくに覚えていないけど。


「うん……嫌な予感がして、占い師ににーにの場所聞いたら、あそこだって」

「で、どうやってあそこから逃げたんだ」

「にーにに聞いたら、占いの内容に私は入ってなかったから。なんとかなった、のかな。暫くしたらあの変なの、どっか行ったから」


 ああ、確かに。

 占いの内容は少年、おそらく俺一人を指していた。

 でもそれだけで占いが外れるっていうのは、釈然としないけど。


「ごめんなさい」


 さやが突然謝りだす。


「私のせいで、にーにが危ない目にあって……」

「あぁ」


 あの占い師に占ってもらったのが切っ掛けか。


「違うよ。あれは占いなんだから。占われなくたって、ああなってたんだろ」


 と、僕は自分とさやに嘘をつく。

 なんとなく、ただなんとなくそう思うだけだけど。

 あの占いは占い・・じゃなかった。

 占いを強制的に結果にするような、異様な力を感じた。


 けど。


「あの占いのお陰で助かったかもしれないだろ。気にするな」


 沙羅の顔で落ち込んでいるのは見るに堪えないから、そういうことにしておいた。


「それに悪気はなかったんだろ?」

「ない! ないよ! ただにーにと遊びたかっただけで……」

「ならよし。助けてくれてありがとな」


 さやがなんなのかはわからないが、こいつが俺に好意を持ってくれているのはわかっている。

 普段過ごしていたり、心配してくれたり、僕になにかあれば怒ってくれていたり。

 それがわかっているから、さやのせいだと思うことはなかった。

 それに。


 なんだかさやが沙羅のように見えてしまっていて。

 今までならさやを妹と同一視することがあんなにも嫌だったのに、それを払拭するぐらい、さやが妹そのものに見えてしまっている。

 沙羅のことを思うと、そうではありたくないんだけど。



「さっき」

「ん?」

「頭、撫でてたでしょ」

「……夢だろ」

「夢じゃないもん。頭撫でてた!」


 むむっとさやが口をすぼめる。


「撫でて!」

「……また今度な」

「むー!」


 そういうと、さやはぽかぽかと僕の足を叩きだす。


「痛っ」

「にーにが悪いんだよーだ」


 べーっ、と。

 無邪気に笑って病室を出ていくさやを見て、なんだかもうひとり、妹が増えたような気持ちになった。



 ふと気になってスマホを開く。

 ツイッターで占い師を探すとアカウントは残っていたけど、ツイートは全て削除され、代わりに自己紹介文に、


『占いが外れたので廃業しました』


 と書いてあった。


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