ストップ・シンギュラリティ

雨宮羽音

ストップ・シンギュラリティ

 今より遥か先、遠い未来──。



 まもなく、我々はさらなる進化を遂げるだろう。


 科学技術の進歩によって、人類はありとあらゆるものを制御可能になった。

 美しい空に澄んだ空気。大地には自然が溢れ、人間は清く正しい精神を持つ者しかいない。


 これらは努力の賜物である。

 そして今──研究によって実現されようとしているのは人類の意識統合だ。


 意識が〝個〟ではなく〝集合〟になることで、我々はさらに上の段階へと進むことが出来るだろう。



 そんなある日。

 一冊の古い本が出土した。非常に稀なことである。


 本とは──紙といわれる媒体に、文字という記号で何かしらが記録されたものだ。

 残念ながら我々はその内容を読み解くことが出来ない。


 文字など、大昔に失われた文化だ。

 効率化の進んだ現代では、意思疎通はテレパシーで行われる。記録だってデータとして、電気信号の塊として扱われるのだ。


 その様に消えていったものは多い。

 よく話題に上がるのは〝娯楽〟と言われる概念だろうか。

 昔の人々は〝様々な事柄〟を通して快感や愉悦を得ていたらしい。


 だが、今の我々には必要の無いものである。

 快楽物質であるドーパミンを分泌させるためには、電気信号のひとつでもあれば事足りるのだから。


 その考え方を嘆く科学者もいるが、彼らが前時代的な概念にどんな憧れを抱いているのか、全く持って理解が及ばない。



 現在──。

 多くの科学者が集まり、出土した本の解析にあたっている。

 私もそのうちの1人だが、残念ながらあまりやる気が出ていない。


 優れた我々が、過去からいったい何を得られるというのだろう。

 そんなことよりも、未来に向かって最先端の研究をした方が圧倒的に有意義だというのに。


『ピピッ……解析──カンリョウ』


 量子コンピュータが本の文字を解読したらしい。

 どうやらそれも、冒頭の数文字だけのようだが……。


 明らかになった文字の内容が、テレパシーで全員の脳内へと共有される。



『────』



 なんてことだ。

 我々の常識が覆される。

 その場にいた科学者全員が、てんやわんやの大騒ぎだ。


 これでは今まで当たり前とされていた〝生物学〟がひっくり返ることとなる。


 その他の全ての研究そっちのけで、この本の解析が進められるだろう。

 人類の進化にブレーキをかけるだけの衝撃がそこにはあった。



 「吾輩は猫である」──なんて。


 人間以外がそんな知性を持っていた時代があったなど、とてつもなく突拍子も無い話だ。





ストップ・シンギュラリティ・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストップ・シンギュラリティ 雨宮羽音 @HaotoAmamiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ