第59話 アスールの帰還

 謁見の間の外が騒がしい。

 兵士と女性の何かを揉めている声が聞こえる。

 マシューに追い込まれたシャルたちが、苦悩しているというのに、外では何をしているんだ。 

 シャルたちを見て、形勢逆転とばかりに息を吹き返した、マシューたちの微笑む顔に、僕も苛立つ。

 しかし、そんなこちらの事情などお構いなしに、外では、さらに騒がしさが増していた。


 「やかましい! わしは関係者だ! そこを通せ!」


 ドン。ギギー。


 女性の怒鳴る声と共に、謁見の間の重たいはずの両扉が勢いよく開かれた。

 サラサラとした青く長い髪をなびかせて、見知った女性が、赤、白、青と異なる髪の色の女性たちを引き連れ、のり込んでくる。

 アスールさんだ。

 外が騒がしかった理由が納得できた。


 謁見の間にいた者は、彼女たちを見て驚き、ざわつく。

 室内を警備をしている兵士たちは、侵入者なのに誰も動かず、たた、彼女たちを見つめている。

 彼らを見ると、皆、シリウスとレイリアの部下たちだった。

 アスールさんを知っていたので、彼女たちを見過ごしたようだ。

 ただ、扉にいた兵士たちだけが、いまだにオロオロとしている。

 近くにいた騎士が、その兵士たちに声を掛けると、扉が閉められる。




 「ジーナに聞いたら、フーカたちはここにいると聞いたのだが、会議中だったか? ……すまん」


 アスールさんは謝るが、悪びれた様子はまったくない。

 彼女を見たシャルたちは、険しい表情から困惑した表情へと変化する。


 「シャル、変な顔をしてどうした? フーカはいないのか?」


 パシン。


 「痛っ!」


 マイペースなアスールさんの後頭部を白い髪の女性が叩いた。


 「アスール、他国の謁見の間で、その態度は失礼に当たります!」


 白い髪の女性に叱られ、アスールさんはむくれる。


 「アスール様、そちらの方々かたがたは?」


 シャルは苦笑しながら尋ねる。


 「おっ、そうだった。グリュード竜王国、ルビー・グリュード女王と愉快な仲間たちだ」


 パシン。


 「そんな紹介がありますか! きちんとなさい。まったく……」


 アスールさんは白い髪の女性に、再び叩かれる。

 そして、彼女も再びむくれる。

 一方で、シャルたちはというと、グリュード竜王国女王の名を聞いて、顔つきが変わり、それは、貴族たちも同様だった。

 だが、アスールさんの紹介では、誰が女王なのかが分からない。


 「申し遅れました。私はリュード竜王国王室を守護する六古竜ろくこりゅうが白の一族当主、ネーヴェ・テスタと申します。そしてこちらが、我が国の女王、ルビー・グリュード陛下です」


 白い髪の女性は、赤い髪の女性に向かって、手を差し出す。


 「そして、後ろにいる者たちは、アスール配下の青の一族の者です」


 ネーヴェさんが続けて紹介をする。

 アスールさんの一族の四人は、皆、髪の色が青かった。


 「お初にお目にかかります。カーディア帝国皇女、シャルティナ・ユナハ・カーディアです」


 シャルは軽く頭を下げる。


 「皇女、私のことはルビーと呼んでくれてかまわん。よろしく頼む」


 「ルビー女王、こちらこそよろしくお願いします。私のことはシャルとお呼び下さい」

 

 「では、シャル皇女、女王はつけなくていい。ただ、ルビーと呼んでくれ」


 「分かりました。こちらも皇女をつけずに、シャルとお呼び下さい」


 二人は微笑みあう。

 同年代に見えるが、きっと、ルビーさんはかなり年上な気がする。

 それにしても、初対面なのに友達のようなこの状況、二人とも恐るべし。


 「ところで、この状況を見るに、うちの馬鹿が押し掛けたせいで、会議を邪魔したようですね。申し訳ありません」


 ネーヴェさんが頭を下げる。


 「いえいえ。今、席を作りますので、どうぞ、こちらへ」


 イーリスさんは、僕たちのほうへ目配せをすると、ルビーさんたちを上段の脇のほうへと案内する。

 エトムントたちは道を空け、呆然と立ち尽くし、案内される彼女たちを見つめた。

 アンさんたちが椅子を持ち、案内されているほうへ運ぶ。

 僕も椅子を持って、アンさんたちの後に続く。


 「ん? フ、フーカか? お主、な、何だその格好は!? ま、まさか、男をやめたのか?」


 アスールさんは、僕を見るなり、目を丸くして驚き、頭を押さえたり首を傾げたりと混乱する。

 シャルたちの顔に、しまったと言わんばかりの表情が浮かび、額を押さえた。


 「アスール様、これには事情がありまして。その、アスール様がいない間に、フーカ様が色々とやらかしまして。その、お仕置き中なんです」


 ケイトが説明をする。


 「お、お仕置きか……。そ、そうか、大変だな」


 彼女は他人事のように答える。


 「ん? ケイト、お主も何かしたのか?」


 「私のは、とばっちりです」


 「ケ、ケイトも大変なのだな……」


 彼女は、同情するようにケイトへ声を掛ける。

 そして、アスールさんの後に続いていたルビーさんたちは、クスクスと声を押し殺すようにして、静かに笑っていた。

 恥ずかしい。

 

 「アスールの婚約者がお仕置き中とは、いいものを見させてもらった。人族とは面白いことを考えるのだな。よし、気に入った! このお仕置きは、我が国でも採用しよう!」


 ルビーさんは涙を拭いながら、言い放つ。

 ネーヴェさんたちはギョッとした表情を見せてから、その美しい顔を引きつらせていく。


 「これは、アスールのせいね」


 ネーヴェさんの一言に、青の一族の人たちも深く頷き、アスールさんを見つめる。


 「なっ! わしは関係ないぞ!」


 アスールさんは彼女たちに向かって、大きく首を横に振った。


 「あのー、お取込み中のところ、大変、申し上げにくいんですけど、このお仕置きをされるメンバーに、アスール様も入ってますから、他人事ではないですよ」


 「にゃにー!」


 ケイトの言葉に、彼女は噛んだ。

 ルビーさんとネーヴェさんは、ニンマリとした笑みを浮かべ、青の一族の人たちに向かって頷いてみせた。

 彼女たちは、コクリと頷き返すと、四人がかりでアスールさんを捕らえる。


 「ケイトさん、よろしくお願いします」


 「はい、喜んで! アスール様一人、追加注文入りましたー!」


 ネーヴェさんがお願いすると、彼女は居酒屋のノリで返事をすると、その掛け声が面白かったのか、ルビーさんたちは、笑いだしてしまう。

 そして、ケイトはアスールさんを捕らえ四人を先導して、上段の奥のほうへと消えていった。

 最近、コンビニのためと言って、色々なお店の接客などの対応マニュアルを調べていたけど、こんなところで使うとは……。


 「いやー、この国は楽しいな。シャルが羨ましい」


 「え、ええ、まあ。ありがとうございます」


 ルビーさんの一言に、シャルは顔を引きつらせながら返事をした。

 楽しい国と言われて、皆は苦笑しているが、僕は嬉しかった。

 楽しければ、どんなことでも頑張れるからね。




 「ところで、シャル。今は会議中ゆえ、無理は言わん。後ででいいから、フーカ殿を紹介して欲しいのだが、ダメか?」


 「いえ、すぐに」


 ルビーさんに頼まれたシャルは、すぐに返事をすると、僕に向かって手招きをした。

 僕は玉座の前を堂々と横切り、ルビーさんたちのそばへ行く。

 イーリスさんは、機敏な動きで僕の隣に来る。

 僕がやらかさないようにお目付け役かなと思ったら、小声で「玉座の前を堂々と横切らない」と注意を受けた。

 もう、やらかしていた……。


 ルビーさんは、胸の主張を除けば、シャルやヒーちゃんと同じ背格好で、ショートカットの赤髪に赤い瞳の、少年っぽい感じのする美少女だ。

 少し変わっているとすれば、白い肌で強調された赤い鱗が数か所にあった。

 その横に座るネーヴェさんは銀色の目をした白い髪をポニーテールにしている美女だった。

 彼女の白い肌には、白い鱗があり、光に反射すると神秘的な感じがした。

 そして、二人の前に立った僕は、ニッコリと微笑まれると、少々照れながら、二人を見つめてしまう。


 「コホン」


 イーリスさんが咳ばらいをする。

 うっ、ヤバい、ヤバい。


 「僕がフーカ・モリです。フーカと気軽にお呼び下さい。よろしくお願いします」


 僕はメイド服姿だったので、スカートを軽く摘まみ上げて、頭を下げる。


 「「ブフッ!」」


 目の前にいる二人が吹き出し、笑いだす。

 また、何かやらかしたのかと周囲を見ると、シャルたちは頭を抱え、マイさんは腹を抱えて大笑いをしていた。

 貴族たちまでもが、口を押え声が漏れないように小さく笑っている。

 僕はキョトンとする。


 「フーカ様、それは淑女の挨拶です」


 イーリスさんはこめかみに手を当て、教えてくれた。


 「あっ、そうか。でも、僕はメイドの挨拶を知らないから」


 「そうではありません!」


 彼女は怒鳴ると、頭を抱えてうなだれてしまった。


 「「ブハッ!」」


 目の前にいる二人が再び吹き出し、さっきよりも大きく笑いだす。

 さらにやらかしたのか? と周囲を確認する。

 シャルは玉座の背もたれにのけぞると、上を向いた額に手を当て、エンシオさん、クリフさん、シリウス、ヘルゲさんは天を仰ぎ、ヒーちゃんとレイリアは苦笑しながら、こめかみを掻いている。

 一方で、アンさん、オルガさん、ミリヤさんはというと、呆れかえったように脱力していた。

 そして、マイさんが涙を流してうずくまり、床を叩いている。

 貴族たちも今回は腹を抱え、笑い声が漏れ出しており、その中には、リネットさんの姿もあった。

 彼女は前の席の背もたれを叩きながら、ハンカチで涙をぬぐいながら、笑っていた。


 「ハハハハハ。こ、この国は、本当に楽しすぎる。な、なあ、ネーヴェ。フー。く、苦しい」

 

 「はい。フフフフフ。こ、こんなにお腹の底から思いっきり笑ったのは久しぶりです。く、苦しいです」


 二人はお腹を押さえながら苦しそうに会話をする。

 何となく、貴族総会が終わったら、お説教が待っている気がする……。

 僕は皆とは逆に青ざめていく。




 ケイトたちが謁見の間の変化を察し、駆け足で戻って来た。

 そして、笑いに包まれている謁見の間を見て、驚愕する。


 「「「「「な、何が?」」」」」


 彼女たちは声を揃えた後、首を傾げる。

 ケイトたちを見つけたマイさんが、彼女たちのもとに駆け寄り、事情を説明する。


 ……。

 …………。

 ………………。


 「「「「ブフッ。クスクス。フフフ」」」」


 青の一族の女性たちがしゃがみ込んで笑いだす。

 ケイトは、その場に崩れ落ち、その光景を見逃したことを嘆き悲しみ、床を叩いて悔しがる。

 一人冷静な顔をしたアスールさんが僕のそばに来る。


 「フーカ。お主、バカか?」


 彼女に冷静な口調で言われ、僕はグサッと胸をえぐられた。


 そして、深呼吸をして落ち着きを取り戻したルビーさんとネーヴェさんは、アスールさんを見る。


 「「ブハッ!」」


 二人は、また、吹き出す。


 「も、もうやめてくれ、許してくれ。これ以上笑ったら……アハハハハ」


 「お、お願い、アスール、そんな姿でこっちを見ないで……フフフフフ」


 メイド服姿にされたアスールさんは、二人に爆笑されると、顔を真っ赤にし、うっすらと涙を浮かべた。

 

 「わ、わしを見るな! 笑うな! フ、フーカー……」


 彼女は僕にしがみつき、肩に顔を埋める。

 いい匂いがする。そして、可愛い!

 僕は彼女の頭をさすってあげた。


 「何、イチャイチャして満足げな顔をしているんですか。そもそも、この状況はフーカ様が招いたんですよ。その他人事っぷりがむかつきます」


 ケイトは、プクーと頬を膨らませて、僕を睨む。


 「アハハハハ……」


 「コホン」


 笑ってごまかすと、シャルが咳払いをする。

 彼女のほうを向くと、皆がこちらを睨んでいた。


 「ご、ごめんなさい」


 僕が謝ると、シャルは溜息を吐き、姿勢を正す。


 「お仕置きを延長します」


 「えっ……」


 彼女の言葉に、僕はうなだれた。




 真剣な顔になったルビーさんは、シャルを見つめる。


 「シャル、フーカ殿。私はこの国が気に入った。今まで、軍事国家だの戦闘国家だの、新しくおこされる国家は、きな臭い国ばかりだったが、この国は違うな。あえて言うのなら……そう、爆笑国家だな!」


 ルビーさんは、真面目に言っているのだろうか?

 楽しい国と言われるなら嬉しいが、爆笑国家はさすがにきつい、そして、恥ずかしい……。


 「アスールが、戻ってきて、「いい国になる予定の国を見つけた! わしはそこへ嫁に行く! だから、同盟を結べ!」と言い出し時は何事かと思ったが、この国は私もいい国になると思う。我が国の幹部の嫁ぎ先になる国でもある。シャル、我が国と同盟を結ぼうではないか! ネーヴェも異論はないな!」


 「はい! その前に一つ言わせてください。……正直に言うと、私、いえ、私も含め、私たち白の一族の者は、昔、クレイオ公国で共存していた一族の者が、勇者を名乗る呼人よびびとにドラゴンというだけで殺され、それ以降、呼人と呼人の言葉に従う人族に対し、不信感や憎しみを抱いていました。竜族でも白の一族の人族嫌悪は有名なくらいです。アスールが人族と婚約したと聞かされた時は、彼女の頭がおかしくなったのではと疑ったくらいです。当然、反対しました。ですが、彼女に一目でいいからフーカ殿を見て欲しいと懇願され、今回、陛下の護衛も兼ねて、見定めてやろうと訪れました。もし、くだらぬ連中なら、アスールには悪いですが、ブレスで滅ぼすつもりでした。しかし、こんなに笑わせられ、フーカ殿たちの人となりを見せてもらい、私も納得できました。きっと、お互いに良い関係を結べることでしょう。長々とすみません」


 二人の言葉は、僕やシャルだけでなく、その場にいた者たちも驚きを隠せないほどの衝撃だった。

 何故なら、こちらからではなく、グリュード竜王国から同盟を結ぶことを提案されたからだ。

 とても嬉しい。

 だが、呼人の話しを聞かされた僕だけは、素直には喜べない。

 きっと、グリュード竜王国には、僕たちを信頼しきれない人たちもいるはずだ。

 僕たちは、彼女たち、グリュード竜王国の人たちの信頼に答えられるように努めなければならない。

 僕は、ここでも先駆者が余計なことをしてくれたと、苛立つのだった。


 「ルビー様、ありがとうございます。是非、同盟を結びましょう。私たちはあなたたちの信頼と期待を裏切ることはしないとお約束します。もし、今少し、滞在できるのでしたら、七月一日の建国式典に、是非、ご出席下さい。そして、行動の制限はありませんので、ご自由にお過ごし下さい」


 シャルはルビーさんの手を取って微笑む。

 その二人の姿に、貴族たちからは、盛大な拍手が贈られた。


 「あのー、自由にしてもらうのはかまわないのですけど、男湯と女湯を仕切る壁は壊さないで下さい」


 ケイトが水を差すような一言を告げると、ルビーさんとネーヴェさんはキョトンとし、首を傾げた。


 「ケイト、あれは事故だ! ちょっとふざけただけだ! 変な話しをほじくり返すな!」


 アスールさんが焦った表情で、ケイトに言い訳をする。


 「「アスール!」」


 二人は、アスールさんがやらかしたのだと察し、彼女を睨みつけた。


 「ヒィッ!」


 彼女は、とっさにケイトの背に隠れる。

 そして、謁見の間に穏やかな笑いが広がるのだった。




 「な、何だ、この茶番は!」


 エトムントは顔を真っ赤にし、怒鳴った。

 放ったらかしにされた挙句、存在を無視され、自分たちの理解の及ばぬ光景を見せつけられれば、怒りもするだろう。

 彼を援護するかのように、貴族主義派閥の者たちは、文句を怒鳴り散らして喚く。

 耳障りでうるさい。そして、せっかっくの良い雰囲気を台無しにするな!

 僕がムッとした表情で、彼らを睨むと、マシューが、皆を手で制した。


 「殿下、先ほどのドラゴンの件について、お答えを聞いていません。お答えいただきたい!」


 彼は勝ち誇った様な笑みを、再びシャルに向けた。

 シャルは悩んだ様子で、アスールさんに視線を向ける。


 「シャル、何故、悩むように、わしを見るのだ?」


 彼女はキョトンとした顔をする。


 「アスール様が謁見の間に入って来る直前に、彼から、ユナハに降り立ったドラゴンが、帝都といくつかの領地を脅したことを追及されていたところだったのです」


 シャルは、すまなさそうな表情を浮かべ、アスールさんに答えた。


 「うむ、そういうことか。おい、そこのひょろっとした奴、最初に仕掛けてきたのはカーディアの連中だ! だからやり返した。自業自得ってやつだ! しかし、わしは優しいから脅かすだけで済ましてやったのだ!」


 アスールさんは腰に手をやり、胸を張る。

 そして、ドヤ顔で言い放った。

 マシューをはじめ、エトムントたちは返す言葉を、すぐには見つけられず、立ち尽くしていた。


 「竜族に手を出しのが悪い。当然の報いだ。ブレスを吐かれなかっただけ、ありがたいと思うことだ」


 ルビーさんは悪びれることもなく、澄ました顔でアスールさんをフォローする。


 「そんなふざけた話しがあるか! カーディア帝国に楯突いて、ただで済むと思っているのか!」


 マシューはここぞとばかりに、ルビーさんに向かって怒鳴るが、悪手だ。

 ドラゴンを天災扱いにしているのは、こちら側なのに、ふざけたも何もない。

 それに、国の名を出して、他国に脅しをかけてしまった。

 これでは、負けたくない悪あがきどころか、宣戦布告と捉えられても文句は言えなくなる。

 マシューの思考が、幼稚すぎた。

 その結果、貴族たちどころか、兵士たちまでもがマシューたちを睨みつけ、反感を抱いていた。



 「グリュード竜王国女王に対して、何だその態度は! このユナハの面汚しどもめが!」


 ヘルゲさんが怒鳴り、前に出ると、シリウスとレイリアが彼の両脇に並ぶ。

 シャルとイーリスさんは、ルビーさんたちのそばにより、謝っているが、彼女たちの目つきは、とても険しいものとなっていた。

 謁見の間には、ピンと張られた糸のような緊張が走っている。

 最悪だ。


 何とかしたいが、無理だ。難しいことはシャルたちに任せて、今は僕にでもできることをしよう。

 僕にできることと言えば、アスールさんのご機嫌を取り、ルビーさんたちをなだめもらうように、頼むことだけだ。

 僕は、アスールさんにこっそりと近付く。


 「アスールさん、こんなときになんだけど、お帰り!」


 「う、うむ。た、ただいま」


 「大切なアスールさんが、無事に帰ってきて何よりだよ」


 「う、うむ。心配をかけたな」


 彼女は、顔を真っ赤にして、照れ臭そうにする。

 可愛い!

 背後から、こちらをうかがうような視線を感じ、振り返ると、ルビーさんたちがいた。

 彼女たちは、こちらに向かって、ニンマリとした笑みを浮かべている。


 「こんな状況で、よくイチャつけるものだな。なぁ、ネーヴェ」


 「ええ、本当に……。私たちだけが、ピリピリしているのが馬鹿みたいです」


 ルビーさんとネーヴェさんは、声を潜めて話してはいるが、シーンとしていた謁見の間では、その声量は、小さいとは言えなかった。

 皆から生暖かい視線を送られた僕とアスールさんは、恥ずかしさで真っ赤になると、うつむくしかなかった。

 しかし、先ほどまでの緊張感は、薄れたようで良かった。

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