第50話 僕とカイの一騎打ち

 訓練場に入ると、多くの兵士がいた。

 服装から貴族と思われる人もポツポツと見受けられる。

 そして、中央を取り囲むように人垣ができ、その中央には、カイが剣を地面に刺すようなポーズで待っていた。

 アニメなどでよく見るポーズを実際に見ると、竹刀を持った生徒指導の先生や運動部の顧問にしか見えない。


 「ほーう。逃げるよりも死を選ぶとは、一応、男のようだ」


 僕に気付いたカイが挑発してきた。

 そもそも、アンさんと第一騎士団の時でさえ、を潰した剣を使っていたのに、真剣を使う理由が分からない。


 「何で真剣なの? 刃を潰した剣を使うんじゃないの?」


 僕は、近くにいたイツキさんに尋ねる。


 「本当は真剣なんて、使いません。あの子、バカだから、真剣を使えば、相手が怖気づくとでも思っているのでしょう。一騎打ちで勝つ自分に酔いしれたいのもあるのだと思います」


 彼女は申し訳なさそうに、僕を見る。

 そんなことのために、僕は危険な目に合わないといけないの……。


 「おそらく、真剣で王子に傷でもつけたら問題が大きくなるから、相手が手を抜いてきたことを実力で勝ってきたと勘違いしているのよ。きっと、取り巻きの悪知恵よ。ほら、その証拠に、取り巻きの貴族や武官がカイに何かアドバイスをしてるわ」


 マイさんが僕の背後から耳元に顔を近付けて、推測から導いた種明かしをしてくれる。

 

 「それって、部下でも何でもない他国の僕が手を抜くことはないと思うんじゃない?」 


 「だからバカなのよ。実力で勝ってきたと思い込んできたから、いつもの調子でフーカ君に勝負を申し込んだのよ。あの取り巻きたちも、カイが勝手に勝負を決めてきたものだから必死よ。王子に手加減をする必要のない対戦相手を、王子自らが引っ張りだしちゃったんだもの。フフフ」


 彼女は僕の耳元で不気味に笑う。

 耳元で笑われる僕は、こそばゆくてたまらない。


 「それよりも、フーカ君は全力でもカイには勝てないんでしょ。どうするの?」


 「まあ、見てて。失敗しなければ、手に持つ物だけが武器じゃないってところを見せるから」


 「失敗したら?」


 「僕が死んじゃうので、乱入して助けて欲しい……」


 「……イ、イーリスちゃんたちにも伝えておくわ」


 彼女は、僕から離れていく。




 審判をする騎士が中央に立った。

 僕とカイは審判のもとへ向かい、そこで睨み合う。


 「何だ。その異様な格好は!?」


 「これが、僕の国の兵士の戦闘服です」


 「国? ユナハの兵士はそんな服を着て戦うのか?」


 「これは、日本国のです」


 「にほん国? どこだそれは?」


 カイだけが何も聞かされてないんだ。


 「いえ、知らないならいいです」


 僕が話しを切り上げると、彼はムッとした。


 「殿下、心を静めて下さい。敵に惑わされてはいけません」


 審判の騎士が、彼にアドバイスをする。

 おいおい、審判まで敵側なの? こんなの、反則だ! 絶対、勝たないと殺される。

 僕は、姑息なカイたちへの怒りと、どんな手を使ってでも勝たないと死ぬという恐怖を押し殺す。


 そして、審判が僕とカイの装備をチェックする。

 カイはスルーされたのに、僕はあれやこれやと質問され、うんざりしてくる。

 僕の装備に、何かと難癖をつけては取り上げようとするので、「僕に対して悪意を向ける者や危害を加える者を弾き飛ばす魔法が付与されている」と言うと、審判は不快な表情を浮かべながらも諦めてくれた。

 それにしても、武器らしいものを全部取り上げようとするなんて、おかしいだろうと、思いつつも僕はグッと堪える。


 審判が離れると、僕とカイも後ろに下がり、距離をとった。

 僕は準備運動をしながら、上空にペスがいるかを確認すると、彼女は訓練場の上空で旋回していた。

 腰を伸ばすように反らして、ペスに視線を送る。

 彼女は、こちらに気付くと、旋回を続けながら、少しずつ高度を下げていく。


 僕は準備運動を終えた素振そぶりを見せてから、背中の短刀に手を添えて構えると、カイは僕の様子を見て、嘲笑いながら剣を抜き、構えた。




 審判が大きく手を振り下ろした。


 「始め!!!」


 ざわついていた訓練場が静かになる。

 カイは、剣をクルクルと回すように威嚇しながら、近付いてくる。

 僕は短刀に添えていないほうの手の腕を伸ばし、間合いを取るような構えに見せて、彼を指差す。

 彼がジリジリと歩み寄ると、僕は後ろに下がり、間合いを取りながら、上空のペストのタイミングを計る。

 彼は中央まで来ると、近付けば退く僕にイラつき、回していた剣を止めて僕に向けた。

 そして、大きく口をあけて何かを叫ぼうとする。

 今だ!


 「ペス! カプ!!!」


 僕は空に向かって叫ぶと、カイを指差していた手を振り下ろした。

 彼は何をされるのかと防御の構えになり、警戒した。

 だが、上空から彼を目掛けて急降下する巨体には気付いていない。


 カプッ!


 次の瞬間、彼の上半身をペスがくわえた。

 上空から急降下しての見事なカプだった。 


 「な、何だ! うわぁー! た、助けてくれー!」


 彼はこもった声で悲鳴を上げると、剣を落としてジタバタとする。

 その光景を目の当たりにして、審判も訓練場にいる者も驚愕したまま、微動だにできないでいた。


 モニュモニュモニュ。


 僕はペスに向かって手を振り上げる。

 すると、彼女はカイをくわえたまま大きく翼を羽ばたかせて飛び立つ。

 今度は彼女に手のひらをを見せて、『待て』の合図を出すと、地上から二~三メートルの高さで、彼女はホバリングをする。


 「ペス! ペッ!」


 僕は手を振り下ろした。


 ペッ! ドシャッ。


 カイは上空から吐き出され、地面に大きな音を立てて打ち付けられる。

 唾液まみれになった彼は、ピクリとも動かない。


 「ペス、ありがとう! 危ないから離れててね!」


 僕は手を振って、大きな声でお礼を言う。


 「ガルル!」


 ペスは上空へと退散した。


 「僕の勝ちだよね!?」


 僕は、目の前で起きた光景に硬直していた審判に、声を掛ける。


 「貴様! よくも殿下を!」


 彼は剣を抜き、僕に斬りかかってきた。

 避けきれないと思った瞬間、僕の身体が銀色の光に包まれ、彼を吹き飛ばす。


 ドスーン。


 「「「「「うがぁー!!!」」」」」


 見物客たちのところまで、彼が吹き飛ばされると、多くの悲鳴が聞こえる。

 彼は結構な人数を巻き込んで動かなくなった。

 巻き込まれた人たちも動かない。

 伸びてしまったようだ。




 驚愕して固まっていたカイの取り巻きたちが息を吹き返した。

 彼らは剣を抜くと、真っ直ぐに僕へ向かってくる。


 「お前たち、勝負はついた! やめろ!!!」


 ベンさんは怒鳴るが、誰も言うことを聞かない。

 数人が、僕を取り押さえようと、飛び掛かってくる。

 僕は、すり抜けるように上手くかわし、彼らにスタンガンを浴びせた。


 バッバッバッバッバッ!


 バッバッバッ!


 バッバッバッ!


 スタンガンが凄まじい音とまばゆい火花をだすと、一人、また一人と襲撃者たちが伸びていく。

 しかし、彼らの数は多く、勢いは止まらない。

 このままでは切りがなく、逃げきれない。


 焦る僕の前を銀色の光の筋が一直線に通り、兵士たちを弾き飛ばした。

 すると、銀髪で獣耳と二本の尾を生やしたモフモフバージョンのヒーちゃんが、刀を抜いて現れた。

 彼女は僕の前方の敵を、次から次へとなぎ倒していく。

 一振りで二、三人ずつ倒していく素早い動きに目が回りそうだ。


 僕の後方では、普通サイズの剣を巧みに使うイーリスさんが、敵の斬撃を剣で逸らしては、その敵を斬りつけ、倒していた。

 彼女の横では、ミリヤさんのレイピアが、鋭い速さの突きを繰り出し、敵を貫く。

 二人とも、とても強かったんだ。僕には文官だと言ってたのに……。


 少し離れたところでは、ジーナさんがショートソードとナイフの二刀流で敵を翻弄するように戦い、要所要所で蹴り技や足払いを混ぜていた。

 そして、彼女の動きを活かすように、そばでマイさんが剣を振るっていたが、ドレス姿なので、ダンスでも踊っているようにしか見えない。だが、強い。

 僕以外は、とても強いことに、心が打ちのめされる。


 ベンさん、イツキさん、ネネさんの状況を確認すると、三人も剣を抜いて戦い、その三人を護るように騎士や兵士が味方同士で戦っていた。

 これって、内紛になっているのでは……。

 悪ければ、王子のクーデターと取られかねない。

 このままでは、確実にリンスバックが二分されてしまう。

 何かこの状況を収める解決策を見つけないと……。




 僕の視界に、伸びたまま放置されていたカイが飛び込む。

 ピンと解決策が閃いたが、気は進まない。

 しかし、この状況では四の五のと言っていられない。

 僕は意を決して彼のもとへと向かう。

 ヒーちゃんたちは、そんな僕の急な行動にもついてきて、護ってくれる。

 ありがたい。


 カイのもとへとたどり着くと、僕は短刀を抜き、彼の首元に当てて大きな声で叫ぶ。


 「おい! お前たちよく聞け! 王子の頭が胴体とおさらばされたくなければ、武器を捨てて、その場にしゃがめ!」


 訓練場は静まり返り、その場にいた者の動きが全て止まった。

 そして、視線が僕に集中する。


 「もう一度しか言わないぞ! 王子の頭が胴体とおさらばされたくなければ、武器を捨ててその場にしゃがめ! これはお願いじゃない、命令だ!」


 近くにいた兵士たちが、混乱しつつも武器を地面に捨てて、その場にしゃがみ込む。

 すると、それに倣うように、他の兵士たちも次々と武器を捨ててしゃがむ。

 良し! うまくいった。


 「フ、フー君……。そ、それはさすがに……」


 ヒーちゃんは目を丸くして、言葉を最後まで言い切れなかった。

 チラッとイーリスさんとミリヤさんの様子をうかがうと、二人は口をあんぐりと開けたままふらつき、卒倒しそうになっている。

 ジーナさんとマイさんもキョトンとして、思考が追いついていない様子だ。

 そして、ベンさんたちも理解できないという表情で傍観していた。


 「次の指示だ! 僕たちの周りから離れ、一か所に集まるんだ!」


 兵士たちは動き出すが、ちんたらしている。


 「そんなにちんたらしていていいのか? あー、こいつを支えていて、腕がしびれてきちゃった。あれー、この刀が重くなってきた。早くしてくれないと、スパッといっちゃいそうだ」


 兵士たちの動きは機敏になり、すぐに一か所に集まり、しゃがむ。


 ベンさんたちの集団とマイさんたちは、僕のところに苦笑しながら集まる。

 味方からも何とも言えぬ視線を注がれていることが分かり、精神が削られていく。


 「フーカ君、凄いわ! こんなことを思いつくなんて、さすがモリ家の血筋! カザネちゃんとオトハちゃんの弟だけのことはあるわ!」


 マイさんだけは褒めてくれるが、全然嬉しくない。むしろ悲しい……。




 ベンさんの指示で、混乱を招いたと思われる首謀者たちが取り押さえられていく。

 僕は、そばに来た騎士にカイの身柄を引き渡した。

 これで、リンスバックの騒動もおさまるだろう。

 僕は安堵した途端に、腰が抜けて地面にへたり込む。


 「フーカ様、大丈夫ですか? 今回、フーカ様はよくやってくれました……が、さすがにこれは、シャル様に報告しないわけにはいきません。きっと、お説教だと思いますが、頑張って下さい」


 イーリスさんは、顔を引きつらせつつ微笑む。

 彼女の後ろでは、ミリヤさんが呆れた表情で頷く。

 悪役までして、とても頑張ったのに、お説教が待ってるだなんてあんまりだ……グスン。


 「それにしても、フーカ殿は凄まじいな。武器を使わずに、あんな方法で勝つとは……。それに、この騒動を誰も思いつかない奇策で解決するとは……。正直、褒めていいのかどうしていいのかわからん!」


 ベンさんは、沈んだ僕を見て、何か言葉を掛けたかったようだが、言葉がみつからず、ただ、先ほどまでの出来事を思い返しては口に出し、困惑するだけだった。

 そして、イツキさんとネネさんは、衝撃が強すぎたのか、難しい顔のままでいる。


 「おい! これはどういことだ! 何故、俺が捕らえられている。この縄をほどけ! 聞こえないのか!? ほどけ!」


 カイが目を覚ましたようだ。


 「そうだ! 殿下と我々を解放しろ!」


 「これは、重罪行為だぞ!」


 「こんな仕打ちをして、どうなっても知らんぞ!」


 さっきまで大人しかった取り巻きたちも、カイが目覚めた途端、威勢が良くなる。

 正直、うるさいし、面倒くさい。


 「カイ! お前は負けたんだ! そして、お前が気を失っている間に、負けを認められない連中がなだれ込んで、フーカ殿たちだけでなく、我らにも襲い掛かってきたんだ! これは反乱だ!」


 ベンさんが、カイに強い口調で言い放つ。


 「なっ……」


 彼の言葉に、カイは取り巻き連中を睨みつけた。

 すると、彼らは自分たちに都合のいいように、「殿下のため」だの、「あれは負けではない」「一騎討ちになっていなかった」などと言葉を並べて、彼をあおりだす。

 取り巻きたちのあがきっぷりを見て、さすがに僕たちもベンさんたちも呆れる。


 「そうだ! 俺は負けてはいない! 認めんぞ! もう一度、勝負をしろ!」


 カイが取り巻きのあおりに乗っかってしまった。

 彼の馬鹿さ加減に、僕たちは頭を抱え、ベンさんたちは天を仰いでしまう。

 そして、取り巻きたちは、「逃げるな、勝負をしろ」「怖気づいたか」などと、僕を挑発するようなヤジを飛ばしてくる。


 うるさいし、イラつくから、さっさと牢屋に出も放り込んで欲しい。

 でも、こいつらを納得させないと、後々、とても面倒くさくなるのも事実で、どうしていいか分からない。

 

 「イーリスさん、これ、どうすればいい?」


 「そうですね。フーカ様を認めざるを得ない何かがあればいいのですが……」


 イーリスさんも困惑してしまう。


 「フーカ様を認めさせる物はあります」


 ミリヤさんは、何故、気付かないとでも言いたそうな目で、僕たちを見る。


 「「えっ?」」


 僕とイーリスさんは、彼女をまじまじと見る。


 「王印を見せればいいんです。王印を持つ王しか聖王を名乗れません。それだけ、王印を持つ者は特別な存在なんです。……二人とも、王印のことを思い出せないほど、忘れ切っているのは大問題ですよ!」


 「「ご、ごめんなさい」」


 二人でミリヤさんから注意を受ける。

 でも、どうやって切り出せばいいのだろう。


 悩んでいる僕は、ミリヤさんに腕を引っ張られ、訓練場の一番視線の集まる場所へと連れて行かれた。


 「皆さん! こちらに注目して下さい! そして、これから目にすることは、時が来るまで、他言無用に願います!」


 彼女は僕の肩を抱いて声を張った。


 「フーカ様、王印を」


 彼女は、僕にだけ聞こえるようにつぶやく。


 「んべー」


 僕は皆に見えやすいように、舌を出来るだけ伸ばすように出した。

 訓練場にいる人たちは、目を細めたりして凝らすように僕の舌へ注目する。

 そばにいたベンさんたちとその部下は、僕の舌を見るや否や、僕の前で跪く。

 他の人たちも、僕の王印を確認した者から順に跪いていく。

 カイと取り巻き連中は、上半身を縄で縛られた状態のまま、こちらに歩み寄り、僕の王印を目にすると青ざめ、上手くバランスをとりながら跪いた。

 訓練場にいた者は、全て僕に跪いている。


 この状況に僕は戸惑い、かたわらにいるミリヤさんを見た。

 彼女は僕と目を合わせると、すぐに視線をイーリスさんに向け、目配せをする。


 「みなの者。このことは、解禁の通達があるまで他言無用! これは、フーカ様をうとんじる者たちから護るためである。しかと肝に銘じよ!」


 「「「「「はっ!!!」」」」


 イーリスさんが凛々しく声を張り、皆に言い渡すと、訓練場に皆の返事が響く。


 「ベン様、後のことはお任せします。よろしいですか?」


 「はっ! かしこまりました」


 彼女がベンさんに声を掛けると、彼は首長なのに頭を下げて返答する。


 「なんか、イーリスさんが偉そう」


 「何か言いましたか?」


 彼女はニッコリと微笑むと、僕の頬を摘まみ上げる。


 「い、いひゃい! ぎょ、ぎょめんなひゃい!」


 彼女が離すと、僕は頬をさする。

 そんな僕たちのやり取りを見ている人たちは驚き、青ざめる。


 「ちょっと、フーカ君! 王印のことを聞かされてないんだけど! シャルちゃんが授かったんじゃないの!?」


 マイさんが凄い剣幕で迫ってきた。


 「なんか、僕に王印が出ちゃって……。でも、椿ちゃんにシャルにもあげてって頼んだんだよ。椿ちゃんもシャルにあげるつもりだったのに、シャルが断ったんだよ」


 「はっ? 王印って、頼んだり、あげたり、断ったりできるものなの?」


 彼女は頬をひくつかせた。


 「知らないよ! でも、できちゃったんだから仕方ないよね」


 「……まあ、いいわ。それで、フーカ君に王印があることは、ユナハで報告されてないわよね!?」


 彼女は、キッとこちらを真剣な顔で睨んでくる。

 マ、マイさんが怖い。


 「イーリスもシャル様も忘れているんです。なにせ、当人が忘れているくらいですから」


 ミリヤさんは、僕とイーリスさんを見て嘆く。


 「なっ! 忘れていたって……。ミリヤちゃんが憶えていたなら、何故、報告をしてくれなかったの?」


 マイさんはミリヤさんに尋ねると、彼女は気まずそうに横を向く。


 「あなたも、さっきまで忘れたいたのね……。あ、あなたたちは、どうしていつもそうなの……」


 マイさんは頭を抱えて、しゃがみ込んでしまう。

 問題児のマイさんに言われるのは、どうにも納得がいかない。


 「フ、フーカ様。い、今までの無礼、申し訳ありません。俺……私はどんな処罰でも受ける所存です。ですが、リンスバック家には関わりないことです。どうか私だけの処罰で、お怒りをお収め下さい」


 カイは縛られたまま、目に涙を溜め、血の気が引いた顔を僕に向けると、地面に額をこすりつけて謝罪をしてきた。

 天狗になっていた鼻をへし折られた途端、こんなにもまともな態度がとれるのに、どうしてああなっちゃったかな……。

 国が腐敗していくのって、こんな感じから始まるのだろうか、ヨイショしてくる取り巻きの存在が一番怖い……。

 そして、最悪なのは、彼が謝罪する様子を見ていた取り巻き連中だった。

 彼の一存や暴走だったことを口にして、自分たちは悪くないと主張を始め、全ての責任を彼になすり付けていた。

 こいつらが一番どうしようもないと、子供でも分かるような光景だ。

 あまりにも見苦しい。


 「さっさと、そいつらを牢へ連れて行け!」


 ベンさんは、イラついた口調で指示を出した。

 それはそうだろう。

 散々自分の息子を利用して、都合よく動かしておきながら価値がないと判断すれば切り捨てるのだから……。

 カイに絡まれて迷惑を被った僕でさえ、今では彼に同情してしまっている。

 僕たちは、カイと取り巻きが、兵士に連行されていく姿を、複雑な思いで見届けた。


 「ベンさん、場所を代えて少し話しましょう」


 「はい、ご配慮、感謝します」


 僕たちは、ベンさんの執務室へと向かう。

 部屋に着くまでの間は、誰もしゃべらず、沈んだ空気が僕たちを包んでいた。



 ◇◇◇◇◇



 執務室に入った僕たちは、椅子やソファーにへたり込む。


 「つ、疲れたー!」


 「それは、こっちのセリフです!」


 イーリスさんが僕に厳しい視線を注ぐ。


 「何を考えているんですか! 前もって私たちにも報せてくれなければ困ります! 、一騎打ちには、ペスを使うし、反乱が起きれば、王子を人質にとって脅すし……。何だか、私たちが悪党みたいじゃないですか!」


 「ごめんなさい」


 彼女はずっと我慢していたであろう思いのたけをぶちまけてくる。


 「でも……」

 「言い訳をしない!」


 「ごめんなさい」


 僕がシュンとしていると、ミリヤさんとマイさんがクスクスと笑いだし、つられるようにヒーちゃんとジーナさんまで笑い出す。

 一方、その光景を目の当たりにしたベンさんたちは、目を丸くしていた。


 その後、イーリスさんのお説教が数十分も続いた。

 僕はブーツを脱いでソファーに正座し、皆は僕たちをお茶を飲みながら見学する。

 恥ずかしい……。




 僕はお説教が終わると、すぐにカイのことを切り出した。


 「えーと、ベンさん。カイの処遇だけど」


 何かのきっかけで話しが戻り、また、お説教をされることを恐れたからだ。

 ベンさんたちは、緊張の面持ちで僕を見る。


 「無罪放免とはいかないから、しばらくは謹慎。そして、ベンさんたちで再教育をして下さい。その後、ユナハでアンさん、ヘルゲさん、シリウスの指導を受けてもらいます」

 

 「「「ありがとうございます!」」」


 ベンさんたちは頭を下げ、感謝を述べる。

 一応、親戚だから、無下にもできないからね。


 「それと、取り巻き連中だけど、処刑にはしなくていいので、事情聴取を徹底して背後関係とか繋がりのある者も調査して下さい。ただ、彼らには厳罰を与えて下さい」


 「分かりました。仰せのままに致します」


 ベンさんは、納得のいかない表情を浮かべるが、処刑は誰かしらの逆恨みを買う可能性が高いから避けたい。

 それに、カイの罪を取り巻きになすり付けての口封じと解釈されかねない。

 カイの処遇も決まって、ここでの煩わされる案件は、もうないだろう。

 明日、マイさんを引き取って帰ろう。


 「フーカ殿、リンスバックまで来たのだし、そのままドワーフ領ガイハンク国まで足を延ばしてはいかがか? 彼らはリンスバックと帝都カーディアを繋げる隧道ずいどうを造るだけの技術力を持っている。まあ、今では、その隧道もカーディアによって崩されてしまっているがな」


 ベンさんに出会った時の口調で提案される。

 何だか、ホッとする。

 隧道ってトンネルのことだよな。

 ガイハンク国から技術者を呼べばインフラ整備もはかどる気がする。

 ドワーフの国、いいかもしれない。


 「ベンさん、ガイハンク国まではどのくらいかかるの?」


 「そうだな。行くとなれば王都ガバルだろうから、ワイバーンで半日くらいだな。行くのなら私からガイハンク王へ一筆したためよう」


 「ありがとうございます」


 僕は彼に頭を下げる。


 「「行くんですか!?」」


 イーリスさんとミリヤさんが戸惑いだす。


 「もちろん! 考えてみて、トンネル……隧道のことだけど、その工事の技術を持っているなら、土木工事はお手のものだよ。技術力を持つ国との交流は大切にしないと! これは、ユナハのインフラ整備の精度をあげる事にも関わるよ。それに、プレスディア王朝の友好国なんだから、近くに来たなら挨拶はしておくべきだよ。そして、もう一点気になるのは、エルさんに会いに行っておきながら、ドワーフの王に会いに行かないのは、後々こじれない?」


 「「確かに……」」


 二人は渋々だが、納得してくれた。


 「こっちでは、エルフとドワーフの仲はどうなの? 日本だと仲が悪い設定になっている事が多いんだけど」


 「別に普通ですね。お互いに嫌悪してもいません。嫌悪されるとしたら、人族のほうです。それも国によります」


 イーリスさんが教えてくれる。

 人族と国によるか……カーディア帝国やハウゼリア新教国のせいなんだろうな。


 「マイ様はどうしますか?」


 イーリスさんは、一度、マイさんを見てから、僕に視線を戻す。

 マイさんは、目をキラキラさせて、行きたがっていた。


 「つ、連れて行くしかないでしょう」


 僕の言葉に彼女は大喜びをし、イーリスさんとミリヤさんは肩を落とした。


 「忙しくなっっちゃうけど、明日の朝には出発するから、そのつもりで動いてね」

 

 「「「「「はい!」」」」」


 マイさんが張りきった返事をしたのが、何故か不安だ。


 その後、ベンさんたちと一緒に食事を取ったりして、お互いの親交を深めるようにして過ごした。

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