第48話 リンスバック港湾都市国
アスールさんが僕たちと別れると、すぐにリンスバック港湾都市国の首都リンスバック市が見えてきた。
山脈の崖に沿って作られた都市は、高低差をうまく利用して、建物が棚田の様に建てられ、街並みを奇麗に整えている。
その最も高い位置には、巨大な砦のような城がそびえたっていた。
茶褐色のその城は、戦闘のためだけに造られたようにも見える。
僕たちがリンスバック市の城壁を越えても、こちらを見上げる市民や兵士がいるだけで、何の動きも見られない。
警備隊も出てこない無反応さが、逆に怖い。
「城のすぐそばにまで来てるのに、無反応なんだけど?」
「「……」」
イーリスさんとジーナさんも困惑しているようで、何も答えない。
不安だけが募ていく。
「アスールさんは、向こうでおおごとを撒き散らし、こっちでは、僕たちがおおごとに巻き込まれるのかな……」
「それって、フラグって言うものでは?」
イーリスさんとジーナさんは身体をビクッとさせた。
そして、イーリスさんがポツリと言う。
「うっ。ごめんなさい」
僕は不吉なことを口走ったと思い、二人に謝る。
何も反応が見られないまま、僕たちは城の庭に降り立ってしまった。
しばらく待っていても誰も出てこない。
「城には、誰もいないのかな?」
「そんなことはないと思いますが……」
イーリスさんの目は鋭く周りを警戒している。
「仕方ありません。降りましょう」
イーリスさんの言葉に、ジーナさんがペスから飛び降りると、腰に挿している短めの剣を抜いて警戒する。
僕たちは彼女が警戒している間に、ペスから降りた。
背後から、ヒーちゃんとミリヤさんが僕たちに近付き、
「このままここにいても仕方ありません。警戒しつつ城に入りましょう」
ミリヤさんの言葉に従って、僕たちは城の入り口へ向かう。
「ガルル」
ペスが静かに唸ると、ジーナさんを鼻先で僕たちの方へと押す。
「ペス? 分かりました。私もフーカ様の警護をします。あとはよろしく」
ジーナさんは、ペスと待機している飛竜兵にあとを任せ、僕たちに合流した。
僕たちは城の正面に向かわず、兵士が出入りする扉から中へと入る。
奥へと続く通路は薄暗く、人の気配もない。
「こんな時に限って、武闘派が誰もいないね。アスールさんに付いて来てもらえば良かったね」
「「「「……」」」」
僕は話しかけるが、誰も返事をしてくれない。
通路の奥までたどり着くと、城の中心に向かってのびる通路をゆっくりと進む。
「なんかコソコソと進んでいると、コソ泥か空き巣みたいだね」
「フーカ様! 少しは緊張感を持って下さい!」
「ご、ごめんなさい」
イーリスさんに、怒られてしまった。
クスクスとミリヤさんの押し殺した笑い声が聞こえ、ヒーちゃんとジーナさんは、フルフルと身体を震わせ、耳を真っ赤にして顔を伏せていた。
前方を見ると、奥から誰かがこちらに向かって走ってくる。
ジーナさんは走ってくる人物抜向けて剣を構え、ミリヤさんとイーリスさんまで剣を抜き、ヒーちゃんは刀に右手を添えて身体を低くし、抜刀の体勢を整えた。
皆は警戒しているが、走ってくる人物は、スカートを両手で軽くたくし上げているように見えるのだが……。
「待って! そうだ。ヒーちゃん、暗視スコープ!」
「今、出します」
彼女は背負っているリュックをガサゴソと漁って、暗視スコープを出し、僕に渡す。
それで向かってくる人物を見ると、マイさんだった。
「走ってくるのはマイさんだけど、どうする?」
「「……」」
ミリヤさんとイーリスさんが悩みだす。
そこは悩んじゃダメでしょ!
「みんなー! どうしたのー? ヒィー!」
近くまで来たマイさんは、剣を向けられていることに驚き、悲鳴を上げた。
「ちょっと、何で私にそんなものを向けるのよ! ま、まさか、シャルちゃんから私の暗殺命令が出てるの? いいわ! 悪いことは何もしていないのだから、私とフーカ君は逃げも隠れもしないわ。さあ、私たちを殺しなさい!」
「マイさん! なんで僕まで巻き込んでるの!?」
この人はシレっと何を言い出すんだ!
皆は警戒を解き、呆れた表情で剣を収めた。
「マイ様! あんな旗を無断で国旗にしておいて、何が悪いことはしていないですか!?」
イーリスさんが鬼の
「イーリスちゃん、そんな顔をすると、小じわが増えちゃうわよ」
「誰のせいですか!? 誰の……」
イーリスさんはフルフルと身体を震わせ、怒りで言葉が続かなくなり、右手が収めたばかりの剣の柄を握っている。
これは止めないとヤバい!
ここは城内だし、ちょうどいい止めかたがある。
「イーリス殿、
僕は彼女に背後から抱き着いて取り押さえる。
一度やってみたかった。
「ブフッ!」
ヒーちゃんが吹き出し、お腹を押さえてうずくまると、笑いだしてしまった。
彼女のツボに入ったらしい。
「にゃっ!」
にゃっ? イーリスさんが変な言葉を発する。
「フ、フーカ様! どこを握っているんですか!」
手に力を入れると、柔らかい弾力が弾き返してくる。
僕は彼女の胸を鷲掴みにしていた。
ま、まずい……。また、やってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
僕は彼女から離れて、九〇度に頭を下げて謝る。
「ブハッ!」
今度は、僕とイーリスさんの様子を見ていたマイさんが吹き出し、笑いだしてしまった。
うー。どうしてこうなった……。
イーリスさんとミリヤさん、ジーナさんが僕を
「ぼ、僕のことよりも、今は、マイさんの旗の件が、先じゃないかなーって思ったりして……」
僕の言い訳に、三人は呆れ顔で溜息をついた。
「と、とにかく、マイさんのことはカエノお婆ちゃんに頼んで、お仕置きをしてもらうことになりました」
「ちょっと待って! 何でそんなことになってるの! あの旗のデザインは、私一人で決めたんじゃないわ! 私だけがお仕置きだなんて理不尽だわ!」
「「「「「へっ?」」」」」
僕たちは共犯がいたことを知って、間抜けな声を上げてしまう。
「マイさん、詳しく話して」
「えー。どーしよーかなー」
マイさんは、僕を見てニンマリとすると、わざとらしくもったいぶる。
「カエノお婆ちゃんに、スペシャルなお仕置きをしてもらえるよう、僕とヒーちゃんで頼んでおくよ!」
「!!! フーカ君、はやまっちゃダメよ。これから話すんだから」
僕が彼女にニッコリとすると、素直に話してくれることとなった。
「シャルちゃんが持ってた人形を見て、ピンと来たの! それで、シャルちゃんに人形のことを聞いたら、ツバキ様の人形だっていうから、新しい国の象徴にいいかなと思って、デザインを描いたのよ。
マイさんの話しを聞いているうちに、僕たちは打ちのめされていく。
まさか、アンさんが関わっているとは……。
彼女に意見を聞いたら、褒めちぎるに決まってる。何てったって、可愛い物フェチなんだから……。
「ん? なら、何で
「「「たかとび?」」」
マイさんたちが首を傾げる。
「犯人が、他国などの遠くへ逃げることです」
ヒーちゃんがフォローをしてくれた。
「犯人って……。私、犯罪者にされてるの?」
「「「「「そうです!!!」」」」」
僕たちの息が合う。
国旗の件をしでかした犯人であって、犯罪者って訳じゃないんだけど、まっ、いいか。
「うっ。逃げ出したのは……。アンちゃんに認められたから、喜んで大量生産し、国旗として発表したまではいいんだけど……。冷静になって、再度、国旗を見てみたら……。こんなふざけた国旗、「ないわー!」と思ったの。そうしたら、これ、絶対に怒られると思って……。ごめんなさい」
僕は感情をどう整理したいいのか分からない。
それは皆も同じようで、怒りの感情と呆れ切った感情が渦を巻いているさまが、彼女たちの表情に表れていた。
「国旗の件は、アンさんも関係しているとなると、持ち帰ってシャルに相談だね」
「そうですね」
イーリスさんは、そう答えると深い溜息を吐く。
着いたばかりだというのに、何だかどっと疲れたよ。
「ところで、この城の兵士はどうしたんですか?」
ミリヤさんがマイさんに尋ねる。
「あー、それね。実は……。その話しは、
マイさんはスタスタと今来た通路を戻りだす。
僕たちは、彼女の後をついて行く。
◇◇◇◇◇
僕たちは謁見の間ではなく、首長と呼ばれる人の執務室へと通された。
その部屋には一人の男性と二人の女性が待っていた。
「こちら、私の姉と、その旦那と、その娘よ」
マイさんから大雑把すぎる紹介をされる。
彼らも、その紹介の雑さに眉をひそめた。
「マイさん、もしかして、照れてる?」
「なっ、な、な、何を言っているのかしら。フーカ君、バカなんじゃないの。バーカ、バーカ!」
マイさんは顔を真っ赤にして、僕を罵ってくる。
恥ずかしがっているのがバレバレだった。
しかし、皆は頭を抱えて、「子供か!」と嘆いていた。
「コホン。妹が申し訳ありません。では、首長から」
マイさんのお姉さんが、場を仕切る。
赤髪短髪でキリッとした面立ちに、鍛えられた体格が服の上からも良く分かるおじさんが一歩前に出る。
「初めまして。私は、ベン・フォン・リンスバック。リンスバック港湾都市国首長をしている。ここの王みたいなものだ。ベンと気軽に呼んでくれ。よろしく頼む」
彼は仕草にがさつさがなく、体格とは反して、文官のようにも感じられる。
僕はペコリと頭を下げた。
イーリスさんたちは一歩下がって、跪く。
「私は、妻のイツキ・フォン・リンスバックです。いつも愚妹がお世話を掛け、申し訳ありません。フーカ様と同じ血族です。近しい親戚と思って下さい。そして、私のことも、気軽にイツキとお呼びください。よろしくお願いいたします」
彼女はロングスカートを指で軽くつまみ上げて、お辞儀をする。
ロングストレートの黒髪でマイさんと似た面立ちの美女だ。
マイさんとは違って、優しく真面目そうに見える。
僕はペコリと頭を下げた。
「ネネ・フォン・リンスバックと申します。ネネとお呼びください。よろしくお願いします」
彼女もスカートだったので、イツキさんと同じ仕草をとる。
サラサラとしたセミロングの黒髪にお嬢様っぽいか弱そうな美人で、マイさんたちに比べてハーフっぽい面立ちが濃く出ている感じがする。
僕はペコリと頭を下げた。
「僕はフーカ・モリです。カエノお婆ちゃんの姉の孫です。ファルマティスに来て、色々と巻き込まれて、今に至ります。よろしくお願いします」
僕の自己紹介に、イツキさんとネネさんがクスクスと笑いだす。
次に、イーリスさんたちが、一人ずつ立ち上がり、自己紹介を済ませていく。
ヒーちゃんの順番になり、彼女が椿ちゃんたちの神使だと知ると、ベンさんたちが跪いてしまい、ヒーちゃんと僕は驚かされてしまう。
その光景をマイさんは、クスクスと笑っていた。
そして、ジーナさんが自己紹介を済ませると、彼女は肝心なことを告げていなかった。
そこで、僕が捕捉することにした。
「ジーナさんは、竜騎兵の素質をドラゴンに認められています」
「「「「えっ……」」」」
ベンさんたちだけではなく、マイさんまでもが驚いて、言葉を失った。
そして、イーリスさんとミリヤさんは頭を抱え、ジーナさんは困惑する。
「フーカ君はおバカなの? 何でそういう事を他国で言っちゃうかなー」
マイさんまで頭を抱えてしまった。
また、何かやらかしてしまったようだ……。
「フーカ様、竜騎兵は希少な存在なのです。その者がいることを他国に教えることはとても危険です。ジーナさんがしつこい勧誘を受けることにもなります。それに、彼女の家族や友人まで危険にさらすかもしれません。もし、彼女の存在を発表するなら、彼女とその周りの安全を確保してからにしたほうがよろしいですよ」
イツキさんから注意を受けてしまい、ベンさんたちとイーリスさんたちはウンウンと頷いていた。
「ごめんなさい。ジーナさん、軽率なことをして、本当にごめんなさい」
「いえ、フーカ様が知らなかったことですし、次から気を付けてくれればいいことですから」
ジーナさんは両手を振って許してくれた。
僕は、信頼のおける彼女とその周りの人までもを危険にさらしてしまった行為に、自己嫌悪を覚える。
「フーカ殿も身にしみて分かったようだ。ファルマティスと日本では、安全の価値観や基準違うのだから仕方がない。彼もこちらに来たばかりなのだから、これからゆっくりと憶えていくしかないのだ。周りが彼に価値観を教え、
ベンさんが僕を庇ってくれると、イーリスさんとミリヤさんは頷いた。
「でも、フーカ君って、魔皇帝の側近だったダークエルフを仲間にしちゃったり、リュード竜王国王室を守護する
マイさんがニンマリとしながら、ここぞとばかりに言い放つと、ベンさんとイツキさん、ネネさんの顔は引きつっていく。
そして、ベンさんはこめかみをポリポリと掻くと、困惑してしまう。
せっかく、ベンさんが庇ってくれたのに、台無しだ!
「コホン。マイ様も人のことを言えないという自覚を持って下さい。ユナハ国の国旗は、もう、取り返しがつかないのですよ」
ミリヤさんの一言で、マイさんが額から汗を流して硬直する。
「ユナハ国の国旗? あら、もう、出来ているのですか?」
「「「「「えっ?」」」」」
イツキさんが知らないことに、僕たちは疑問の声を上げた。
ベンさんとネネさんを見ると、彼らも知らないようだ。
リンスバック港湾都市国には、国旗の現物と共に報せが来ているはずなのに、どういうこと?
僕たちはマイさんを見る。
「この国には、お母様たちがいるのだから、知らせたら私が怒られてしまうわ!」
彼女は悪びれることもなく、開き直る。
こ、この人は……。
「ここに国旗をお持ちなら見せてもらえますか?」
僕は、カエノお婆ちゃんに見せるつもりで持ってきた国旗を、イツキさんに渡す。
彼女はそのままベンさんに渡すと、彼は部屋にある対談用のテーブルに広げた。
「あらあら、可愛いらしい……」
「とても可愛いですけど……」
「こ、これが、国旗……」
イツキさん、ネネさん、ベンさんの三人は、三者三様の驚きを見せた後、言葉を失う。
「マーイー! なんてことをしたの!? 国旗は国の象徴、簡単に変えられる物ではないのよ!」
イツキさんは冷めた表情で、マイさんを睨みつけた。
「お、お姉様、ごめんなさい!」
マイさんが九〇度に腰を折って謝罪する。
「私に謝って、どうするの? 謝る相手が違うでしょ!」
「はい! フーカ君、皆さん、ごめんなさい! 申し訳ありませんでした!」
あのマイさんが僕たちに本気の謝罪をしている。
イーリスさんとミリヤさんが、その光景に一歩下がり、異様な物でも見たかのように、本気で引いていた。
イツキさんたちは青ざめた顔で、僕たちを見る。
「愚妹が申し訳ありません!」
「叔母様が申し訳ありません!」
「義妹が申し訳ありません!」
イツキさん、ネネさん、ベンさんが九〇度に腰を折って謝罪する。
「頭を上げて下さい。もう済んだことだし、こちら側にもこのデザインを喜んでいる者がいて、その者も少なからず関ってしまっているので、今回は仕方ありません」
「アンね!」
「アン様ですね!」
「アン殿か……」
僕は、あえて名前を伏せたのに、三人は当ててしまった……。
さすがにこの状況は、どうしたものかと僕も困惑する。
「アンも、フーカ様の婚約者なので、彼女を責めるわけにもいかないので、彼女のことは伏せてあげて下さい」
イーリスさんのフォローが入った。
「あらあら、あの子が、まあ! そういうことなら、彼女の名は出せませんね」
イツキさんは両手を組んで喜ぶ。
そして、ネネさんとベンさんも家族の婚約を知ったかのように喜びだす。
アンさんって、ここの人たちから家族のように愛されているんだ。
とてもホッコリする光景を、僕たちは自然と笑みを浮かべて見守る。
三人が落ち着くと、イーリスさんは話題を替える。
「コホン。誠に失礼なことをお尋ねさせていただきます。城内の兵士が見当たりませんでしたが、どうなさったのでしょうか?」
彼女は、僕たちが気になっていたことを尋ねてくれた。
ベンさんとイツキさん、マイさんの三人の表情が見る見るうちに難しくなっていく。
そして、誰が話すべきかと目くばせをしていた。
そんなに気まずいことを聞いてしまったのか?
質問を投げかけたイーリスさんも、三人の表情に失敗をしたのではと表情を曇らせる。
「ここのボンクラが、私の話しを無視して勝手に暴走したのが原因よ。あれは、一度、お母様にコテンパンにしてもらったほうが、あの子のためになるわ!」
マイさんが代わりに答えるけど、僕たちには何のことやらさっぱり分からん。
そして、ベンさんとイツキさんは黙ったままうつむき、悩みだしてしまう。
ネネさんまでもが、頭を抱えている。
何だか、とても込み入っていて、面倒くさそうなことに巻き込まれる予感をビシビシと感じる。
余計なことを聞かずに、カエノお婆ちゃんに挨拶をして、マイさんを捕獲して帰ればよかったと後悔する。
イーリスさんとミリヤさんも僕と同じく、三人の様子から嫌な予感を察したようで、渋い表情を浮かべていた。
ヒーちゃんとジーナさんだけは、澄ました顔で皆を見つめている。
たぶん、自分には関わりのないことだとでも思っているんだろうな……。
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