第40話 ドラゴンの湯治

 今、僕はドラゴンの女性と向き合っているのだが、森の茂みに隠れた皆は、誰一人として戻ってこない。

 レイリアとオルガさんは、僕の護衛も兼ねているんだよね?

 人の姿になってくれたとはいえ、何で僕をドラゴンと対面させたまま、戻ってこないの……。


 「えーと、僕たちに対して、攻撃する気はないんですよね?」


 僕は彼女に恐る恐る尋ねた。


 「わしは湯治に来ていただけだからな。温泉療養に来ているのに戦うわけがなかろう!」


 その言葉を聞いて、僕は安堵する。

 子供の理性を押さえられないドラゴンや、国外追放されるようなドラゴンではなくて良かった。


 彼女の言葉は、森の茂みに隠れた皆にも届ていたらしく、安全だと分かると、ぞろぞろと姿を現し、こちらへと歩いてくる。

 現金だな……。

 その様子を見た後に、ドラゴンの女性と目が合うと、僕は苦笑した。

 すると、彼女は僕に可哀そうとでも言わんばかりの表情を見せてから苦笑する。


 「仲間に恵まれていないのか?」


 「いえ、そんなことはないと思うのですが……どうなんでしょう?」


 「わしに聞かれても困る」


 「そうですよね……」


 僕がうなだれると、彼女は優しく頭をなでてくれた。

 優しくていい人……ドラゴンだ!


 レイリアたちが僕のすぐ後ろに……というよりも僕を盾にするように背後で並ぶ。 

 そのさらに後ろにはメイドさんたちが並ぶ。

 護衛はどうした! とツッコミたいが、今は我慢する。


 「えーと、それで、どうしましょう?」


 僕の言葉にドラゴンは悩みだす。


 「そうだな。まずは自己紹介するべきか。わしは、グリュード竜王国に所属するアスール・エラン。先ほどの姿を見て、分かっていると思うが、青の古竜……お前たちがブルーエンシェントドラゴンと呼ぶ存在だ!」


 「「「「「!!!」」」」」


 彼女がそう言うと、僕とヒーちゃん以外の皆が卒倒しそうな勢いで驚く。


 「どうしたの?」


 「あっ、そうでした。フーカ様は知らないでしょうが、ブルーエンシェントドラゴンであるエラン様は、グリュード竜王国で『青の一族』と呼ばれる大幹部の一人なんです!」


 「へえー、偉い人なんだ」


 ケイトの説明に、僕が驚きもせずに返事をすると、彼女は呆れた表情を僕に向けてきた。


 「だから、エラン様は、竜王様の次に偉い人たちのうちの一人なんです!」


 「うん。グリュード竜王国の偉い人なんでしょ!」


 「フーカ様は本当に分かってますか? エラン様の発言が国を左右するくらいの人なんですよ! ここで話すことは外交的にも、とても重要なことになるんですよ!」


 ケイトは僕の返事に、すごくイライラしている様に見える。

 僕は彼女の言葉をよく考えてみた。


 「ん? それって……」


 「やっと、分かってくれましたか」


 「そんな偉い人が一人で湯治に来ちゃダメでしょう!」


 「「ちがーう!!!」」


 ケイトとミリヤさんにツッコまれた!


 「アハハハハ! お前たちは面白いな! 気に入ったぞ!」


 エランさんは、とてもご機嫌に見える。


 「あっ、そうだった。僕はフーカ・モリです。訳あって、ここの領地でお世話になっている者です。よろしくお願いします」


 僕がケイトとミリヤさんを無視して話しを進めると、二人に呆れられてしまった。

 そして、ケイトは僕を一瞥してから、エランさんに自己紹介をすると、ミリヤさんたちも順に自己紹介をしていく。


 「わしのことは、アスールでかまわんからな! 外でまでエランと呼ばれると堅苦しくて仕方がない!」


 彼女は僕たちに親しげな表情を見せる。

 全裸の美人にそんな表情をされるとドキッとしてしまう。


 「それで、アスールさんはここに湯治に来てるんだよね?」


 僕の質問に彼女は頷く。


 「そうだ。このウル湖は源泉が流れ出ていて、ドラゴンの姿でも入れることで有名な温泉だからな。他にはルス湖も同じ条件なのだが、あちらは帝都カーディアに近いことで人目に付きやすいから、利用しにくいのだ」


 身体が大きいと、温泉に入るのも苦労するんだな。

 それに、ルス湖にも同じ場所があるのか、いい情報を聞いた。


 「ん? 湯治ってことは、アスールさんは身体の具合が悪いの?」


 「いや。疲労回復と美容目的というところだ。ここはシュワシュワとした感触を楽しめ、切り傷、火傷、抹消循環障害、冷え性、自律神経不安定症、胃腸機能低下、便秘に効くし、肌がツルツルスベスベになって見違えるのだ」


 彼女は、ここの効能まで教えてくれた。


 「アスールさん、ルス湖はどんな効果があるの?」


 「あっちは、ツルツルシットリとした肌が手に入り、切り傷、抹消循環障害、冷え性、うつ症状、皮膚乾燥症、萎縮性腸炎、便秘に効くといったところだな。それと、湯冷めしにくいな。ただ、少し刺激臭があるな。まあ、どちらもグリュード竜王国では人気の温泉地だ」


 なるほど、いいことを聞けた。

 ウル湖を観光地にすればグリュード竜王国から観光客が来て、外貨が稼げる。

 ただ、ルス湖はカーディア側だから、どうするかだが、今はウル湖のことだけを考えよう。


 「フーカ様、何か思いついたんですか?」


 ケイトが声を掛けてくる。


 「何で?」


 「顔がニマニマしています」


 しまった、顔に出ていたか……。


 「うん、外貨の稼ぎ方をちょっとね」


 「後で詳しい話を聞かせて下さいね」


 「その時は相談に乗ってね」


 「お任せを!」


 僕とケイトは顔を見合わせると、二人でニマニマしてしまう。


 「フーカと言ったな、お主、何か良からぬことを考えていないか?」


 しまった、ここは別の話題で誤魔化さないと!


 「コホン。いえ、実は……アスールさん、あなたがグリュード竜王国に所属しているということは、領空侵犯と不法入国、それに湯治ということは不法滞在なのかなと」


 彼女の白くて奇麗な顔が青ざめていく。


 「いや。待て……ちょっと、待ってくれ。悪気はないし、その……なんだ……この国は何処に許可を取っていいか分からんし……」


 彼女はかなり焦っているようだ。


 「そうですか。では、許します」


 「へっ?」


 彼女はキョトンとしてしまう。


 「この話は、まだ内緒ですが、ここユナハ領は近いうちに独立し、ユナハ国として建国します。その時にグリュード竜王国が友好国、もしくは同盟国の一国として名を連ねてくれるのでしたら、今回の件は友人が力を貸しにお忍びで来たことになりますよね?」


 良からぬ考えを誤魔化すためにの口八丁だったが、これは、おおごとにしてしまっていないか……。


 「そ、そうだな! うん、グリュード竜王国、ルビー・グリュード女王陛下には、わしが口添えするから安心しろ。わしらは友人だからな!」


 彼女はニヤケそうな顔を我慢しながら、ウンウンと頷きながら答える。


 「ありがとうございます」


 「何を言うか、わしらは友人ではないか! ハッハッハ」


 うん、誤魔化せた!

 僕の袖をミリヤさんが引っ張るので振り向くと、彼女の顔は引きつっていた。


 「手腕は凄いですが……ここで、それもフーカ様の一存で決めてしまっていいのですか? シャル様とイーリスも水面下でグリュード竜王国に働きかけていたかもしれませんよ」


 「まずかったかな?」


 「分かりません。ですが、いまさらかと……ただ、お説教の覚悟はしておいたほうがいいと思います」


 「……」


 僕は彼女に返す言葉もなく、うなだれるしかなかった。


 「ところで、エラン……アスール様は、いつまで裸でいるんですか? 風邪をひきますよ」


 レイリアは不思議そうに尋ねる。

 そうだった、彼女は全裸だったのだ。

 僕は思わず彼女に視線を向けてしまう。

 ドラゴンという認識が強くて、今まで気が付かなかったが、彼女の均等の取れたスタイルはかなり凄い。

 そして、両肩や脇腹などにある小さな鱗は青い宝石を埋め込んいるようで神秘的だ。

 特に喉元にあるひし形の鱗は、強く輝いていて美しい、宝石だと言われれば信じてしまいそうだ。


 「フーカ様は、何を凝視しているんですか! このスケベ!」


 ケイトにツッコまれて僕は焦る。


 「いや、喉元にあるのが逆鱗っていうものなのかなと思っていただけだよ!」


 「本当ですかー?」


 彼女はジト目で僕を見る。


 「逆鱗はこれではない。こっちだ!」


 アスールさんが要所を隠していた髪をどけると、下着にちょうど隠れるきわどい位置に、三センチほどの大きさをした楕円形のサファイアの様な鱗が光っていた。


 「ブフォッ!」


 丸見えになった彼女を見て、僕は吹いてしまった。


 「この人……じゃなかった、このドラゴン、痴女……痴竜ちりゅうですよ」


 ケイトが叫びながら、彼女を指差す。


 「ふざけるな! 地竜ちりゅうだと! あんな地を這って、人を狩って食らい、女を犯して楽しむやつらと一緒にするな!!!」


 アスールさんはケイトに激怒する。


 「「ヒィッ!」」


 僕とケイトは彼女の威圧感に尻込みをする。

 そして、僕はケイトの襟元を引っ張り、頭を下げさせる。


 「ごめんなさい! 彼女は、地面の竜の地竜ではなく、痴女の竜だから痴竜と呼んだんです」


 僕は弁解をしたが、彼女を変態扱いしているのだから、弁解になっていないと気付いた。

 まずい、やってしまった……。


 「そうか、わしの勘違いだったか。それはすまん。しかし、痴女の竜で痴竜か。人族とは面白いことを言うな! アハハハハ」


 彼女は聞き分けがいいのか、自分の勘違いだと分かると、すぐに怒りを収めた。

 僕はあっけらかんとしてしまったが、彼女の様子を見て安堵する。

 そして、すぐさまケイトを睨むと、彼女はペコペコと何度も、僕に頭を下げていた。




 その後、ミリヤさんがアスールさんに羽織れそうな物を見繕って渡すと、彼女はお礼を言いながら、それを羽織った。

 僕は服を着ればいいのにと思ってしまう。

 いつまでもここで話すのどうかと思い、僕がアスールさんに焚火のそばの席をすすめると、オルガさんはアスールさんも含めた皆の分のお茶を用意して配っていく。

 彼女は腰を掛けてお茶をすすると、満足そうな笑みを浮かべる。

 そして、彼女はいい機会だからと言い、地竜のことを話しだした。


 地竜はハウゼリア新教国が過去に兵器として作りだした生物で、竜族とは関係ないこと。

 そして、もともとは、グリュード竜王国を攻撃するためのものだったが、歯が立たないと分かるや否や対人兵器として改良し、ハウゼリア新教に否定的な国に放たれたそうだ。

 ただし、主の言うことを聞かないので、その国の民を食べつくすと、主のもとへは帰らずに、餌を求めて世界に散って行ったそうだ。


 話しを聞いていると、質が悪いという言葉しか浮かんでこない。


 「ん? 世界に散って行ったって……。そんなのが、いまだに野放しなの?」


 「安心せい! 魔皇帝が絶滅させている。ただ、最近になって、西大陸で見かけたという情報が交錯しておってな、グリュード竜王国と西大陸諸国が協力して調査にあたってはいるが、どうやら見間違いや誤報らしい」


 アスールさんの口から聞きたくない単語が出てくる。

 皆に視線を送ると、一斉にフルフルと首を横に振る。

 姉ちゃんが地竜を全滅させたことは、誰も知らなかったらしい。


 「それにしても、そんなものを兵器として作り出すハウゼリア新教国って、宗教国家とは思えないね」


 アスールさんは、僕を見てから黙って頷く。


 「まあ、地竜だけでなく、魔獣を作る技術を生み出したのは、呼人よびびとだ。確か……いでんしなんちゃらと魔石を使って……ばいようがうんちゃらで……それに魔力を注ぐとか……訳が分からんかった!」


 話しを聞いていて、遺伝子操作で作ったであろうことは理解できた。

 しかし、そこまで優秀な人なら倫理観を持ちあわせていそうだが……。

 僕は、呼人がしでかしたこともあって、ヒーちゃんに視線を向けると、彼女は眉間にしわを寄せてイラついている様にも見えた。

  

 「あれ? 魔獣って作られたものなの?」


 「うむ。地竜も魔獣の中の一つだ。他にもゴブリンやら何やら色々作っていたな。この世界は、ふぁんたの世界なのに種族が足りないから増やすとか、ふざけたことも言っておったな」


 ファンタジーのことか、彼女の言った単語では、美味しそうな世界になってしまう。

 それよりも、ここに来た連中で、まともな人の話しを聞いたことがないのだが……。


 「もしかして、地竜以外の魔獣は野放しなの?」


 「うむ。他の魔獣も世界に散ってしまった。そして、質が悪いことにゴブリンなどは学習能力があり、群れは作るし、強いものが討伐に行くと隠れるか逃げ出してしまうのだ。さらに、魔獣は雄しかいないので、他種族の雌をさらってきては、自分たちの繁殖の道具に使うのだ。そして、同族を増やしていくのだが、雄の同族しか生まれないから、また、新しい雌をさらってくるのだ」


 「ひ、ひどい……」


 「呼人がそういうものなのだと、設定? とか言うのを重視したらしい」


 最悪だ!

 ふと、音羽姉ちゃんの呼人討伐の話しを思い出す。

 彼女がこんな話しを知ったのだとしたら、呼人討伐を受けたのも頷ける。

 アスールさんからの情報はありがたいのだが、聞いているだけで疲れる内容ばかりで休憩を取りたい。


 「皆は、この話を知っていたの?」


 僕はアスールさんから視線を外して、皆に尋ねた。


 「まあ、ここまで詳しくはないですが、大雑把には知っています。それに、男性の呼人には最悪をもたらす者が多いことも伝えられています」


 ケイトが少し困った表情で答えると、ミリヤさんたちも似たような表情をする。

 それを知っていたシャルたちは、よく僕を受け入れたなと、驚かされてしまう。


 「フーカ。お主は知らなさすぎではないか?」


 アスールさんは僕を不思議そうに見つめる。


 「ん? もしかして、お主は、呼人ではないのか?」


 「そうです」


 僕が返事をすると、彼女の形相が変わりだす。


 「お前は、この世界の元凶だ!」


 彼女は怒鳴ると、僕の目前に立ち、前髪を鷲掴みにする。

 そして、チンピラのように顔を近付けてきた。

 皆は顔を青くして身構えるが、僕が捕まっているので動けないでいる。

 怖くて、泣きそう……。そして、チビりそう……。


 「フー君に手を上げるなら、斬りますよ!」


 ヒーちゃんは冷めた表情で刀のつかに右手をそえている。

 彼女の言葉をきっかけに、レイリアたちまで戦闘態勢に入った。

 場の空気が緊張と威圧でピリピリしていく。

 僕を中心において、お互いに牽制しあっている。

 こんな時に限って、僕はベストを着ていない。

 雫姉ちゃんの扇子も短刀も手元にないことが、恐怖と自己嫌悪をより一層あおり、胃がムカムカして吐き気をもよおす。

 そして、気を失いそうになっても、吐き気で意識が戻されてしまう。

 こんな状況で意識を手放せないのは、まさに、生き地獄でしかない。

 いやー! どっちも怖い! 臨戦態勢のど真ん中に僕をおかないでー!!!




 「アスール様。フーカ様を傷つけたら後悔しますし、もし、手にかけたなら、この世界が終わりますよ」


 ミリヤさんが一歩前に出て、彼女へ冷静に話しかける。


 「ほーう。そんなふざけた話しをするとは、わしを馬鹿にしているのか?」


 「そうだ! 馬鹿にしているのか?」


 ヒヨった僕がアスールさんの味方をすると、ミリヤさんとアスールさんは、呆れるように僕を睨みつけた。


 「お前は黙っていろ!」

 「フーカ様は黙っていて下さい!」


 二人から同時に怒られた……。


 「コホン。フーカ様が魔皇帝様の弟だとしたらどうしますか?」


 ミリヤさんの言葉に、アスールさんがピクッと反応したのが、僕の前髪に伝わってくる。


 「それに、殲滅せんめつの女王こと、オトハ様が弟のように可愛がっていらっしゃる従弟いとこだとしたらどうしますか?」


 ミリヤさんが追い込むように話しをすると、アスールさんがピクピクと反応して、僕の前髪を鷲掴みにしている手がゆるむ。


 「そ、そんなことを信じろと?」


 アスールさんは、僕の前髪から手を放し、僕の首を腕で締め上げるようにする。

 僕は彼女に寄りかかるような格好で首を固められ、背中には柔らかいものが当たっていた。

 それを意識すると、顔が紅潮していくのが自分でも分かる。


 「フーカ様、顔が赤いですけど、苦しいのですか?」


 「わしは、そこまで強く締めておらん!」


 ミリヤさんは僕を心配し、アスールさんは言い訳をした。


 「えっ? いや、ちょっと恥ずかしい」


 「「「「「はっ?」」」」」


 僕が答えると、アスールさんを含めた皆が首を傾げる。

 何かを察したケイトが皆に説明を始めると、ミリヤさんだけでなく、皆も僕を呆れたように見つめた。


 「アスール様、あなたは風音お義姉ちゃん……。コホン。カザネ様とオトハ様に会ったことがありますか?」


 ヒーちゃんの髪が生え際から毛先に向かって銀色へと変化していくと、ピョコンと獣耳が現れ、シュルシュルと二本の銀色の尾も現れる。


 「「「「「なっ!!!」」」」」


 アスールさんだけでなく、僕もミリヤさんたちも驚きを隠せない。


 「「モフりたい!」」


 僕とケイトがハモると、ヒーちゃんの顔が真っ赤になった。


 「フー君とケイトさんは黙っていて下さい!」


 「「ごめんなさい!」」


 僕は、いつの間にか、いつもの調子が戻っていたが、まだ、吐き気は少し残っている。


 「そ、その姿は……」


 アスールさんの緊張と焦りが、彼女の身体を通して伝わってくる。


 「も、もしかして、本当に……」


 彼女は僕の顔を覗き込んでくる。


 「うーん。ん? ……確かに、あの方々かたがたと似ている」


 彼女の顔が青ざめていき、うっすらと冷や汗が滲みだす。


 「あっ! お主、確かモリと名乗ったな……」


 「フーカ・モリです」


 僕が再び名を告げると、彼女は僕を開放した。

 そして、次の瞬間、彼女が勢い良く動くと、レイリア、ヒーちゃん、オルガさんが僕とアスールさんの間に入り、立ちふさがる。

 しかし、彼女は土下座をしていた。


 「も、申し訳ありません! 何卒、何卒お許しを!」


 彼女の行動に僕たちの思考回路が混乱する。


 「この度は、私一人の不始末です。竜王国はモリ家に逆らう気はありません。どうか、どうか滅ぼさないで下さい。何卒、お慈悲を!」


 アスールさんは涙目で訴えてくると、地面に頭をこすりつけて謝罪してきた。


 「フーカ様の一族は、この世界で何をしてきたんですか? ドラゴン、それも古竜を土下座させるなんて、怖いんですけど……」


 ケイトはそう言うと、一歩下がった。

 そして、ミリヤさんたちまでもが下がっている。


 「あの、アスールさんの誤解が解けたなら、それでもういいです。僕もそこまでされると……ウッ。ムムム……ンー」


 「フーカ様、どうしたんですか?」


 ミリヤさんが近付くので、僕はそれを手で制して、口からあるものが漏れ出さないように慎重に、森の茂みへと早足で向かう。

 そして、茂みへ隠れるように飛び込んだ。


 「オロオロ……」

 「オロオロオロ…………」

 「オロロロロロ………………」


 僕は茂みの中で、しばらくの間、定期的に襲ってくる嗚咽が止まらずに、苦しむのだった。


 そして、全てを吐き出してスッキリした僕が皆のところへ戻ると、彼女たちは眉をひそめ、嫌そうな顔をして僕を見つめていた。

 仕方ないじゃないか!

 極度の緊張に襲われたら、一般人はこうなるんだよ……クスン。

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