第31話 再会

 朝、目が覚めると、僕の部屋は女性だらけだった。

 昨夜は、誰も部屋に帰らなかったようだ。

 パソコンは開かれたまま、スリープモードへと切り替わっている。

 そのテーブルの上には、フラッシュメモリーが散乱していた。

 そして、僕の横でスヤスヤと眠っているアンさんの手には僕の扇子が握られている。

 僕はどれも貸した覚えはないんだけど……。

 皆も目を覚ますと、支度を終えたらダミアーノさんの執務室に集合するということで、解散となった。

 シャルとエルさん、ミリヤさんの三人は、先にダミアーノさんたちを訪ねて、昨夜の出来事を話しておいてくれるそうだ。




 僕たちはダミアーノさんの執務室に集まると、僕だけがダミアーノさんとオルランドさんの二人の向かい側に座らされている。

 僕の前には、二人が頭を抱えて、何とも言えぬ顔をしていた。


 「ハッハッハ。フーカ様は本当に噂通りのお方のようですな」


 唐突に笑い出したオルランドさんは、何かが吹っ切れたようだ。


 「まあ、授かってしまったのでは仕方がないですし、王位にはフーカ様が就くということですから、王印がフーカ様にあっても問題はないでしょう。もしよろしければ、王印を見せていただいてもいいですかな」


 ダミアーノさんは渋々と納得した感じだ。


 「はい」


 んべー。


 僕は、二人に見えやすいように舌を伸ばす。


 「これは見事ですな。ハッキリとしていますし、模様の数も多いですな。これで、舌ではない身体の見える部位に授かっていれば良かったのですが……」


 ダミアーノさんは僕の王印に感動しつつも、舌にあることが残念そうだった。


 「舌ではまずいんですか?」


 「いえ、王印をお披露目するのに舌を出すというのは、少し滑稽こっけいかと……」


 確かに彼の言うとおりだ。

 大勢の前で舌を出す自分の姿を思い浮かべると、徐々に恥ずかしさが増してくる。

 シャルたちも僕と同じ光景を思い浮かべたのか、クスクスと笑いだした。

 他人事だと思って……笑うなんて酷い。


 「王印がフーカさんにでた時はショックでしたが、舌を出して披露しなければならないことを思うと、何だかホッとします。フーカさんで良かったかもしれません」


 シャルに王印を押し付けられたような感じがして、何とも言えぬ悔しさが込み上げてくる。


 「それにしても、フーカ君って、何処に行ってもやらかしてくれるのね。この後の予定だと、女神様と謁見えっけんするのよね。何が起きるのか楽しみだわ」


 エルさんは本気で楽しみにしているようだが、シャルたちは顔を引きつらせている。

 椿ちゃんと話すとなると、シャルたちには、また、苦労をかける気がする。


 「ごめんなさい」


 「フーカさん、急に何ですか?」


 「いや、先に謝っておこうかと……」


 「や、やめて下さい! 胃が痛くなりそう……」


 シャルの顔色が悪くなっていき、彼女と皆はうなだれてしまう。

 そして、エルさんの笑い声だけが、執務室に響いていた。



 ◇◇◇◇◇



 僕たちは、オルランドさんの案内で神託の間と呼ばれる女神からの神託を授かることができるという神殿の扉の前まで来ていた。

 その扉も重厚なつくりで、二人の神官が体重をかけるようにして、ゆっくりと開けていく。

 重そうな扉だ。

 それだけ、神聖な場所だということが扉から察せられる。


 神託の間の中へ入ると、神鏡の間と同じサイズの神鏡が三つもあり、中央にある神鏡を二柱の女神像が支えていた。

 ここにも泉はあったが噴水はなく、ポコポコと湧水が出ていた。


 「あの二柱の像がウルシュナとルース?」


 「そうです。左がウルシュナ様、右がルース様になります」


 僕の質問にダミアーノさんが答えてくれた。

 左が椿ちゃんで右が雫姉ちゃんってことだよね。

 どちらも人の姿でギリシャ神話に出てくる女神のような感じで、着ている服もひらひらとした布が表現されていた。


 「あのー。椿ちゃん……ウルシュナはもっとふわっとした髪で、顔つきはもっと強そうな感じで、イメージが合わない。雫姉ちゃん……ルースは似ているけど、ちょっと違うかな。それに、胸の大きさが逆、ウルシュナのほうが小さいから」


 皆は僕の話しを聞いて呆然としていたが、オルガさんだけはウンウンと頷いて同意してくれる。


 「すみません。ですが、今さら、作りなおすのも……」


 オルランドさんを困らせてしまった。


 「いえ、こちらこそすみません。ちょっとイメージと違ったもので、気にしないで下さい。それと、狐の獣人の姿ではないんですね」


 「我々が先代から伝えられている話しでは、人の姿のほうが都合がいいのと、狐の獣人の姿の表現ができなかったと聞かされています」


 ダミアーノさんの話しから、大人の事情が入っていることが分かった。

 二体の彫刻を造らせるだけでも高額だろうからね。




 今は偶像のことよりも、椿ちゃんと話せるかが肝心だ。

 僕は三つの神鏡の前にある祭場へと移動する。

 シャルたちも遅れて来ると、僕の背後に控えるように並んで立った。

 次に、ミリヤさんが僕の横にくると、両手を前に出して魔力を中央の神鏡に向けて放つ。 

 すると、青白い光が彼女の手から神鏡にあたり、繋がる。

 そして、中央の神鏡全体が青白く光りだし、続いて両側の神鏡までもが光りだす。

 彼女が両手を下ろし、魔力を注ぐのをやめても、三つの神鏡は、そのまま青白く光っていた。


 どうなるのかを聞かされていない僕は、その光景を見ながらその場に立ち尽くしているだけだった。

 僕は鏡の前に立っていれば、椿ちゃんが気付いて繋がるのだと思っていたのだ。

 こんなことが起きるとは思ってもいなかった。

 シャルたちが、あえて教えなかったのではないかと疑ってしまう。

 そこで、シャルたちに目を向けると、彼女たちは顔を逸らした。

 なるほど。あえて教えなかったのだ……。


 少しの間を開けて、中央の神鏡が濁りだすと、僕たちの姿が映らなくなった。

 その代わり、神鏡には懐かしい見覚えのある景色が、ぼんやりと映し出されていく。

 その景色がハッキリとすると、やはりそこは、椿ちゃんの神殿だった。

 そして、彼女がいた上座が、簾の下りた状態で映し出されていた。

 でも、誰もいない……。


 「えーと……留守の時はどうするの?」


 「「「「「……」」」」」


 誰も答えてくれない。


 「ダミアーノさん、このまま終わらせるのは勿体ないので、誰かが気付くまで、こちらは椅子に座って待ってましょう」


 「えっ、はい。今、用意させます」


 ダミアーノさんがそう答えると、オルランドさんは人数分の椅子の手配をしてくれる。

 椅子が用意されると、僕たちは椅子に座り、神鏡に映る向こう側で動きがないかを気にしながら、黙って待ち続けた。




 数分が経った頃、えんじ色のスクールジャージの上下に身を包んだ椿ちゃんが、口に割りばしをくわえ、両手でラーメンどんぶりを持って現れた。

 僕は「椿ちゃん!」と、彼女を呼びながら手を振ってみた。

 彼女はドキッとしたように驚き、周りをキョロキョロと見回すとこちらに気付いて目を大きく見開く。

 そして、駆け足で逃げた。

 何故、逃げる……?


 「あのー、フーカさん、今の逃げ出した方がツバキ様ですか?」


 「うん。あれがウルシュナでもある椿ちゃんだよ」


 シャルは僕の返事に顔を引きつらせる。

 そして、オルガさん以外の人たちは、シャルと同じような顔をしていた。

 信仰している女神様のあんな姿を見れば、そうなるのも分からなくはない。

 さっきから、神鏡の向こう側には何の変化もない。

 椿ちゃんは何で戻ってこないのだろう。

 少し不安になってくる。


 しばらくして、向こう側に動きがあった。

 向こう側の神殿の照明が落とされて真っ暗になると、上座だけがライトアップされた。

 簾に影が浮かび、誰かがいるのが分かる。

 シャルたちは、その光景に驚き、緊張しているようだ。

 僕はと言うと、簾の向こうに、椿ちゃんがいるのを知っているので、驚くことも緊張することもなかった。

 それよりも、この演出のために待たされていたのかと思うと、頭が痛くなってくる。


 神鏡の中では、簾がゆっくりと上がっていく。

 それに合わせて落とされていた照明が薄暗くつき、簾の上がっていく速度に合わせて一段階ずつ明るくなっていった。

 シャルたちが息をのむように、その演出に取り込まれている。

 その姿を見ると、LED照明の機能で、演出をさらに盛り上げた椿ちゃんの手腕に脱帽するしかなかった。


 簾が上がりきると、姿を現したのは巫女姿で姿勢を正して正座する人の姿をした赤髪の椿ちゃんだった。

 僕はその姿に驚かされる。


 「椿ちゃんがまともに服を着て、だらけていない! 何で?」


 「「「「「!!!」」」」」


 僕の発した言葉にシャルたちが驚愕してしまう。

 一方、椿ちゃんはこちらを指差し、口をパクパクさせていた。

 何を言っているのか全く聞こえないので、僕は耳に手をあててから首を傾げてみせる。

 彼女はポンッと手を叩く仕草をすると、端のほうに視線を向けて何かを叫んでいるようだ。

 すると、顔に白い布を着けた銀髪の女性が、スケッチブックとマジックを持って現れ、椿ちゃんに渡した。

 顔を隠しているけど、雫姉ちゃんだった。


 椿ちゃんはスケッチブックに何か書きだす。

 書き終えた彼女は、スケッチブックをこちらに向けた。


 「なになに……」


 『そっちのボリュームが消音になってないか確認しろ』


 「なるほど、神鏡に音量調整が付いてるのか。なんだそれ……?」


 僕は神鏡のそばに行って、それらしいものがないか調べてみたが見つからない。

 彼女に向かってアメリカ人のように首をすくめて両手のひらを上にしてみせる。

 彼女は再びスケッチブックにマジックを走らせ、こちらに向けてくる。

 

 『鏡の下側についている小さな蓋を開けばツマミがある。それで調節しろ』


 図まで描かれていたので、場所は分かったが、何でさっきから命令形なの……。

 僕は渋々と鏡の下側を調べる。


 パカッ。


 小さな蓋があったので、開くと、小さな金属のダイヤルが見えた。

 複数の線が刻まれていて金庫のダイヤルのようだった。

 そのツマミをゆっくりと回すと、向こう側の雑音が聞こえてきたのでちょうど良さそうなところで止める。

 そして、僕が席に戻ると、椿ちゃんが話しかけてきた。


 「風和のせいで、台無しだ!」


 再会して最初の一言がこれって、他にも声を掛ける言葉があると思うんだけど……。


 「椿ちゃん、皆もいるんだから、まずは自己紹介をしなよ」


 「そうだった。えー、私がウルシュナだが、今は改名して椿と名乗っており、妹のルースも改名して雫と名乗っている。長いこと顔を出すことをせずに、すまなかった。こちらにも色々と事情があったことだけは理解して欲しい。それと、今後は私たち姉妹を、日本名の椿と雫で呼んでくれるとありがたい」


 椿ちゃんは堂々としていた。

 シャルたちは跪き、祈りを捧げるようにして頭を下げている。

 そんなにかしこまる程の神様でもないと思うけど、信仰心の問題もあるので、黙って彼女たちを見ていることにした。


 「椿ちゃんは、狐のコスプレで現れると思っていたのに、ちょっと残念」


 「そうなのか? ちょっと待ってろ」


 椿ちゃんはそう言って、どこかに行ってしまう。

 やってしまった、余計なことを言わなければよかった。

 恐る恐るシャルたちを見ると、冷たい視線が送られている。


 「ごめんなさい。でも、本当の神様の姿のほうがいいでしょ」


 この状況を何とかしようと言い訳をしてみる。

 通用しないと思ったのだが、シャルたちはあっさりと納得してしまった。

 これから先は気を付けよう。

 シャルたちにとって、椿ちゃんは神様だから、彼女のやらかすことも僕のせいにされかねない。


 雫姉ちゃんがヒョコっと顔を出してきた。

 彼女も人の姿だった。


 「フーちゃん、私も狐の姿のほうがいいかしら?」


 「えーと、皆に知ってもらうためもあるから、お願いできるかな?」


 「分かったわ。私もお色直しをしてきます」


 彼女も行ってしまう。


 「フーカさん、今の方は?」


 「あの人はルースで、椿ちゃんの妹の雫」


 シャルたちは顔を引きつらせて、僕を呆れた目で見つめる。


 「フーカ君、あの場は、先にシズク様を紹介して欲しかったわ」


 エルさんがこめかみを手で押さえながら、困った顔をした。


 「ごめんなさい」


 確かに、彼女の言うとおりだった。

 僕とオルガさん以外は神様を見たことがないのだから、今のは失敗だったと反省する。




 しばらくまっていると、今度は椿ちゃんと雫姉ちゃんの二人で現れた。

 そして、上座から降りてきて座る。

 二人は狐の姿だった。

 金髪に変わった椿ちゃんからは九本の尾、銀髪はそのままの雫姉ちゃんからは四本の尾が生え、頭には尖った獣耳が生えている。

 その姿を見たシャルたちは、目をウルウルさせて感動していた。


 「風和、早速で悪いけど、近況報告をしてくれ、こっちでは風和のいる場所はつかめたが状況までは分からなかったんだ」


 椿ちゃんは珍しく真面目な顔をしていたので、僕はちょっと怖くなり、今までのことを真剣に話した。

 カーディアの神鏡を割ったこと、シャルたちを助けるためにユナハ国を建国すること、雫姉ちゃんから渡された扇子が光ってレイリアが吹き飛んだこと、襲われて矢が背中に刺さったこと――。

 僕の話しを聞いて、二人は顔を引きつらせたり、青ざめたりと色々な表情を見せ、話し終えた頃には床に両手をついて脱力していた。


 「風和。一ヶ月も経っていないのに、よくそれだけのイベントを……。王印まで横取りするとは……。誰かに呪われたり、祟られでもしてるのか?」


 「そんなの知らないよ。それに、姉ちゃんと音羽姉ちゃんのほうが凄かったんじゃないの?」


 「いや、あれは、自分から業火に飛び込んで、周りに飛び火させて大火にしてたから、風和とはちょっと違うぞ」


 「そうなんだ。アハハ……」


 凄いと思っていたのに、実際は二人がはた迷惑だったということを聞かされたら、愛想笑いしか出てこないよ。

 そうだ、こっちからも椿ちゃんに聞かないと。

 そう思った途端、鏡の映像が曇りだす。


 「風和、鏡に魔力を注ぎ込め。切れてしまうぞ」


 椿ちゃんが忠告してきた。


 「えっ、僕は美容魔法しか使えないんだけど」


 「「「「はあ?」」」」


 何だか聞き覚えのある声が二つ多く混じっていた気がする。


 「ミリヤさん、お願いします」


 「ごめんなさい。まだ、魔力が回復してません」


 彼女は申し訳なさそうに答える。


 「いいよ。気にしないで!」


 僕は彼女が責任を感じないように微笑んで見せた。

 よく考えてみれば、異世界同士の通信と映像を繋げてるんだから、魔力の消費が多いのも当たり前だろう。

 僕は魔力量の多そうなケイトやエルさんを見たが、二人は腕を使って大きくバツを作って、魔法属性の問題で無理だと告げる。そこで、ダミアーノさんとオルランドさんに目を向けると、二人は首を横に振って、巫女でないと無理ですと告げてきた。

 魔法の使える四人も無理だと知らされて、僕もテンパってしまった。


 「叩いたら直るかな?」


 「やめんか! 昭和のテレビじゃないんだから直るか! それに、割れたらどうするんだ! そもそも、壊れたんじゃない!」


 鏡から椿ちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる。


 「もう、こっちから注げばいいじゃない! 私がやるから、椿ちゃんも雫ちゃんもどいて!」


 この声は姉ちゃんだ。

 僕は声を聴いただけでホッと安心する。


 鏡の映像が復活していく。

 そこには、姉ちゃんと音羽姉ちゃんの二人が追加されていた。


 「姉ちゃん! 音羽姉ちゃん!」

 「カザネ様!」

 「カザネちゃん! げっ! オトハちゃん!」


 僕、オルガさん、エルさんは同時に歓喜の声をあげた!?


 「フーちゃん、大丈夫だった! あまり心配させないでね。……うわぁー。オルガちゃん! 久しぶり! 元気にしてた? あっ! エルちゃんもいるの?」


 「はい! カザネ様、お久しぶりです。また、お顔を見ることができて、とても嬉しいです」


 「えー、カザネちゃん、お久しぶり。あはは……」


 姉ちゃんの満面の笑顔を見て、僕は黙って頷くことしかできなかった。

 そして、オルガさんは嬉しすぎて涙を流している。

 しかし、エルさんだけは、ぎこちない感じだった。


 「「「「!!!」」」」


 姉ちゃんたちがこちらを見て驚く。


 「フーちゃん、えーと……その……何で泣いてるの?」


 姉ちゃんに言われて、僕は自分の頬を手で触ると濡れている。


 「あれ? あれ? ……」


 ポロポロと次から次へとこぼれ出る涙を自分では止めることができなかった。

 シャルが僕を抱きしめてくれると、彼女にしがみつき泣いてしまった。

 僕自身も自分がどうなってしまったのかが分からず、ただ、泣くことしかできなかった。

 少し視界に入った鏡の映像には、椿ちゃんと雫姉ちゃんが、何故か両手を床につき、しおれている。

 そして、二人を姉ちゃんと音羽姉ちゃんが慰めていた。

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