第29話 ウルス聖教国
城内の客室を用意された僕たちは、ゆっくりと休むことができた。
まあ、部屋割がアンさんと同室なのは相変わらずだったが……。
そして、今、僕たちはワイバーンの厩舎があるドーム状のホールで、ウルス聖教国へ向かうべく準備をするプレスディアの人たちを待っている。
女王の気まぐれで準備をさせられる人たちはたまったものではないだろう。
お忍びであろうと、相手国に無断で女王が訪問するのだから、手土産だの何だのと準備をする方は大変だ。
その点、まだ国を持たない僕たちは気楽だった。
「フーカさん、この光景をよく目に焼き付けて下さいね。ユナハ国が建国後は、フーカさんが気まぐれで何かをしようとすると、こうなります」
何故だか、シャルの説教じみた忠告を聞かされることになった。
そして、今後、行動を制限される言い回しにも聞こえる気がする。
前言撤回、僕だけは気楽にしていられない。
建国後も自由に行動ができるような策を立てておかなければ……。
プレスディア組の準備も終わり、そろそろ出発できそうだ。
エルさんが、こちらへとやってくる。
「ペスちゃんは、どの子ですか?」
「ペスはこの子です」
ジーナさんが、ペスを彼女のそばまで連れて来る。
「この子がペスちゃんですか。優しい目をしたいい子ですね」
「ありがとうございます」
彼女がペスの顔をなでながら褒めてくれたことに、ジーナさんはとても喜んでいる。
「サンナ、こっちに来てください。この子が必殺技を持つペスちゃんですよ」
エルさんがサンナさんを呼ぶと、彼女はこちらへと向かって来るのだが、その顔は、目の下に薄いクマを作り、とても疲れているのが見てとれた。
「必殺技?」
ジーナさんは不思議そうにつぶやき、首を傾げる。
「この子がペスですか。どことなく安心感のある子ですね。この子があんなことをするとは思えませんね」
ペスはサンナさんにも好評だ。
「えーと、ペスちゃん! カプ!」
カプッ。
「ぎゃぁぁぁー」
サンナさんの悲鳴がドームに響き渡る。
エルさんは大喜びだが、僕たちは肝が冷えた。
何故なら、ペスがカプった相手は、他国の宰相だからだ。
上半身をくわえられているサンナさんの姿に、プレスディア組が愕然としている。
特にハンネさんは、卒倒しそうだった。
「凄いわ! これが必殺技の『カプ』ね。あっ、そうだった。ペスちゃん! ペッ!」
ペスはモニュモニュした後に、ペッとサンナさんを吐き出した。
彼女は倒れたまま起き上がることもなく、その場で何かを耐えている。
「フーカ様、ジーナ殿、いくら女王でもしていいことといけないことはその身で覚えなければなりませんよね。そう思いますよね! そこで、次回、こちらに来た際は、私にペスちゃんを貸して下さい。いえ、必ずお借りしますから!」
彼女は、唾液でベトベトになり、異臭を放ちながらも、エルさんへの復讐を心に刻んだようだ。
「「はい!」」
僕とジーナさんは、彼女が怖くて、そう返事をすることしかできなかった。
「うーん。何というか、とても複雑な気分ですね。カプ仲間が増えたというのに、素直に喜べません。それに、必殺技『カプ』って……」
ケイトが苦笑しながら僕に囁く。
確かに彼女の言うとおりだ。
そして、勝手に『カプ』がペスの必殺技とされている。
「あれはさすがにね……。まあ、エルさんの暴走だからどうしようもないけど、エルさんも同じ目に合うのは決まったから、それでいいんじゃない」
「決まったんですか?」
「だって、サンナさんのあの顔はエルさんに復讐する気だよ。それに、エルさんがどんなに
「なるほど。リネットさんの時のように空中からのカプが見れそうですね」
「そういうこと」
僕とケイトは顔を見合わせてニンマリすると、それぞれのワイバーンへ乗る。
それにしても、エルさんがご機嫌でワイバーンに乗っている姿を見ると、どこかやるせない思いがする。
サンナさんは、タオルで唾液を拭った姿のまま見送ろうとしている。
僕はジーナさんに少し待ってもらって、ペスの荷物入れに入っているリュックから一回分が袋に入ったシャンプーとリンスを二つずつ掴むと、サンナさんのところに行き、使い方を説明しながら、それらを彼女の手に渡す。
彼女は何度も頭を下げて、とっても喜んでくれたので、僕はホッとできた。
僕の行動を察したシャルたちにも安堵の表情が表れている。
これで僕たちは、心残りなく旅立てそうだ。といっても、しでかした当人は、悪びれる様子がまったく見られないが……。
僕たちが飛び立つと、サンナさんが一度頭を下げてから、大きく手を振って見送ってくれた。
僕も彼女に見えるように大きく手を振り返した。
ペスは、行きに入ってきた穴とは別の穴へと向かって行く。
ハンネさんが入口と出口が定められていて、衝突を防ぐように造られていることを教えてくれる。
今回、僕の後ろに乗っているのはハンネさんだ。
ミリヤさんにはエルさんと乗ってもらい、少しの間だけでも家族と過ごしてもらおうと気を使ったのだが、彼女に嫌な顔をされて落ち込むと、彼女が逆に気を使って、今の状況に至っている。
薄暗いトンネルを抜けると、眩しくて目が染みる。
少し経って、目が慣れと、視界に飛び込んできたのは、青く澄み切った空と深い緑の絨毯が広がっている地上の光景だった。
そして、僕たちは、ウルス聖教国の首都ウルシュを目指して飛ぶのだった。
◇◇◇◇◇
しばらくすると、思っていたよりも早く大森林の端が見えてきた。
その先には、広大な畑と民家がポツポツと散らばっているのが見える。
農村地帯なのだろう。
「ウルス聖教国に入ります」
僕は、ジーナさんの報告に疑問を抱く。
「入国手続きをしないで、入っていいの?」
「本当なら、ここから南にあるクリオ市で手続きをしなければいけないんですが、女王陛下とミリヤさんがいるので大丈夫です」
「なるほど。特権ってやつだね」
「そういうことです」
ジーナさんと話していて、後ろにいるハンネさんが何も補足をしてこないことに疑問を抱き、振り返る。
彼女は爆睡していました。
疲れが溜まっていて寝落ちしたのは分かるが、頭をフラフラさせていて、違う意味で寝落ちしそうでヒヤヒヤする。
どうにかできないものかと、僕は彼女の手を取り、自分の腰の前で組ませると、その手をしっかりと握った。
すると、彼女が僕の背中にもたれかかってくる。
彼女の寝息が首すじにあたって、少しこそばゆかったが、これなら、落ちることはないだろう。
これで僕も安心ができる。
後ろを振り返ったらハンネさんが何処にもいなくて、落っことしてしまいましたでは、シャレにならないからね。
ウルス聖教国に入ってからは、のどかな風景が続く。
たまに見かける街は、どこも素朴な感じで、ここがのんびりとした国だと印象付けてくる。
宗教国家と言われると、どうしても宗教色の濃い光景を思い浮かべてしまうが、地味な教会を見かけるくらいなものだった。
ウルス聖教の上に立つ人の意向か、神の教え的なものの影響なのか……神の教えは無いな! ここの神様は椿ちゃんだもんな……。
「フーカ様、昼過ぎには首都ウルシュに着けそうですが、手前で休憩をとりますか?」
ジーナさんが振り返って、指示を仰いでくる。
「それなら、このまま向かっちゃおう! それにしても、いつもより早いね」
「入国手続きで立ち寄ることがないので、速度を落とさずに済むんです。もし、夜から早朝にかけての時間帯だったら、海側にある首都ウルシュまでは陸風に乗れるので、もっと早く着けるんですけどね」
「なるほど。海風と陸風か。確か中学で習ったな」
「『中学』とは何ですか?」
「えーと、ジーナさんは僕が呼人だって知らされてるよね。僕のいた日本では、全ての子供は学校というところで教育を受けるんだけど、そこでは、色々な知識を教えてくれるんだよ」
「そうなんですか。羨ましいです」
「すぐには無理だけど、ユナハ国を建国したら、子供は無料で勉強ができるようになるよ」
「それは凄いです! 早くそんな国を見てみたいです」
「頑張るから待っててね!」
「はい!」
彼女はニコニコしながら、新しい国に思いを馳せているようだった。
彼女のように期待してくれる人がいると思うと、やる気が出てくる。
プレスディアのワイバーンが近付いてきた。
エルさんとミリヤさんが乗るワイバーンだ。
その飛竜兵が手信号を送ってくると、何故だかミリヤさんが頭を抱えた。
そして、ジーナさんが眉をひそめた顔でこちらを振り向く。
「女王陛下が『飽きた!』そうです」
うわぁー、面倒くさいのがきた。
「ジーナさん、これから手信号の応酬が始まると思いますが、頑張って下さい」
彼女は物凄く嫌そうな顔をする。
「黙れ! と正確に送って下さい」
彼女は驚きながらも頷くと、手信号を送る。
飛竜兵から、その言葉が伝わり、エルさんはこちらを指差し、何かをわめきだす。
「女王に向かって、その言葉は聞き捨てならない。不敬罪になってもしらない。と」
不敬罪って……僕も王族になるんだから通用しないよね?
「女王なんだから、少しはエレガントさを身に着けて下さい。とお願いします」
エルさんたちを見ると、彼女はワイバーンの上で、こちらに向かって騒いでいる。
その後ろでは、ミリヤさんが笑っていた。
「フーカ君はいつからそんなに擦れてしまったの。私はそんな子に育てた覚えはありません。と」
あの人は何を言ってるんだ?
それよりも、この会話は疲れる。
そして、ジーナさんと向こうの飛竜兵さんに申し訳ない。
「育てられた覚えはありません。エルさんに育てられてたら、今頃、世界征服を目指してますよ。とお願いします」
エルさんの動きがヒートアップした。
こちらに向かって何度も指を差している。
そして、ミリヤさんが腹を抱えだしていた。
「国は違えど、先輩にあたる王族をたてることを学びなさい。そんなことを言う子は、あとでお仕置きよ。と」
「そういうことは、先輩らしい行動と言動を伴ってからにして欲しいので、まずはご自分が精進して下さい。とお願いします」
彼女はワイバーンの上に仁王立ちして、顔を真っ赤にして地団駄を踏んで叫んでいた。
それを、飛竜兵が後ろにせりあがるようにし、彼女を落とさないように押さえた。
あの人は本当に何をしているんだ? 危ないじゃないか!
それに、鞍越しとはいえ、足蹴にされているワイバーンが可哀想だ。
それなのに、ミリヤさんは後ろで悶え苦しんでいる。
飛竜兵によってエルさんが鞍に座らせられると、再び手信号が送られてきた。
「なんて失礼な! フーカ君をそんな風に育てた人たちに文句の一つでも言わないと気が済まないわ。と」
「ウルス聖教の中央教会で会えるかもしれないので、その時に言って下さい。もし、僕の家族に会えなかった時は、伝言を頼んでおきますから安心して下さい。家族じゃなくて、血縁者ならユナハにマイさんがいますし、リンスバックに祖母の妹がいますので、そちらに言ってもらっても構いません。と、ちょっと長いですがお願いします」
ジーナさんは、頷くとちょっと長めの手信号を送る。
エルさんは少しの間固まると、後ろにいるミリヤさんに詰め寄っていた。
二人の会話は少し長かったが、しばらくして、手信号が戻ってくる。
「ごめんさい。もう、わがままは言いません。大人しくしているので、ご家族への報告は勘弁して下さい。と」
その言葉が僕に伝えられた時には、エルさんの乗ったワイバーンは逃げるように後ろに下がっていた。
僕の家族はどんだけ恐れられているんだよ。
これから、その真実を知らされることになるのが怖いよ。
一騒動が終わると、何やら背後から視線を感じる。
視線の先は、僕とエルさんの様子を見ていたシャルたちだった。
何やらお説教の予感がする。
ウルス聖教国に向かわず、このまま飛び続けていたい。
「フーカ様、そろそろ首都ウルシュが見えてきますよ」
早く着きたくないと思ったとたんに、ジーナさんの報告が上がってくる。
「うひ!」
「どうしましたか?」
ジーナさんが僕の変な悲鳴に驚きこちらを振り返る。
「いや、ハンネさんの
僕が答えると、彼女はハンネさんに視線を向けてから苦笑いをする。
「もう少しですから、我慢してあげて下さい」
そう言って彼女は前を向いてしまった。
やっぱり、世知辛い……。
首都ウルシュの街は城壁に囲まれ、その中心には城のような教会があった。
どことなくウィーンにあるアッシジ教会をグレードアップしたような感じだった。
違うのは屋根が青色で、壁面にところどころに薄い青色が使われていることくらいだろう。
街の建物にも青色が多く使われていて、宗教的に青色が関係しているのかと感じる。
首都ウルシュのほうから、白色に青色の縁取りがされたマントを着た五人の警備兵が、ペガサスに乗って向かってくる。
マントの下には銀色の甲冑を着ていて、プレスディア王朝の天馬騎士団よりも
警備兵たちは僕たちを取り囲むように一周すると、その中の一人がエルさんとミリヤさんの乗るワイバーンに近付く。
そして、驚いたように体をビクッとさせた。
すぐさま、その警備兵は二人に敬礼をすると、僕たちを囲んでいた仲間に何かを合図する。
すると、警備兵らは揃って敬礼をし、僕たちを護衛するかのような編隊を組んで先導を始めた。
ジーナさんがこちらを振り向き、ニコッとすると、先頭の警備兵の誘導に従って後ろを付いて行く。
これが特権の力か、何故かカッコいいと思ってしまった。
僕たちは、警備兵の誘導で城の手前の脇にある広場へと着陸する。
地面には草が生えていて、ペスたちにも負担はなさそうだ。
その広場には二種類の厩舎があり、ワイバーンとペガサスのものだった。
ワイバーンの厩舎は倍以上も大きく、ワイバーンの大きさを実感させられる。
ペスから降りようとしたが、体が固定されていて降りられない……。
ハンネさんはいつまで爆睡しているんだ。
それに、僕のうなじがベトベトなんですけど……。
「ハンネさん、着きましたよ。起きて下さい!」
僕は腰に回されている手を叩いてみるが、まったく起きない。
ジーナさんが見かねて彼女の肩を揺すって起こそうとする。
「うー。あと少しだけ……」
ハンネさんからお約束のセリフが聞こえる。
ジーナさんは困ったように笑いながら、再び彼女を揺する。
「はっ。ここは……ここはどこですか? あれ? フーカ様、顔が近いですよ!」
完璧に寝ぼけている。
彼女は周りを見渡してから、目の前に見える教会をジーっと眺めた。
「ここはウルス聖教中央教会ですか?! ……私はずーっと寝ていたのですね……お恥ずかしい」
ようやく正気に戻ったようだ。
そして、僕と至近距離で目が合うと、彼女は顔を真っ赤にした。
「わ、わ、わちしは
「なっ……」
彼女の唐突な言葉に、僕は驚き、声は出たものの言葉にはならなかった。
その様子にジーナさんが腹を抱えて爆笑してしまう。
ハンネさんが動転したのは分かるが、何でそんな言葉が出るかな……。
そして、ハンネさんは動転が治まらにうちに、僕の腰に手を回したままの状態で、ペスから飛び降りた。
ドサッ。
僕たちは落馬ならぬ落竜してしまった。
彼女と草がクッションになって、僕には怪我も痛みもない。
また、彼女にも怪我は無いようだ。
だが、間抜けである。
ジーナさんが僕たちを起こしてくれたのだが、彼女は顔を真っ赤にしながらフルフルと震えている。
笑いを堪えているのが見え見えだった。
いつの間にか、僕たちの周りえをシャルたちが囲んでいて、彼女たちの顔は笑っている者と呆れている者に別れていた。
「フーカさんは自重という言葉を知っていますか? 以前、自重するようにお願いしたと思うのですが……?」
シャルの目がとても冷たい。
「僕は、僕なりに頑張っているんだけど……」
「移動中はエル様を挑発するし、着いたと思えばこの騒ぎ。どこをどう頑張っているんですか? 私には自重の自の字も伝わりませんけど……」
「ごめんなさい」
そのまま、皆が見つめる中、彼女のお説教が数十分も続いた。
ハンネさんがオロオロしていたので、シャルに見えないように手で大丈夫と合図を送ると、彼女は僕に何回も頭を下げてくる。
だが、それをシャルに見つかり、反省の色が見えないと、僕へのお説教はさらに数十分が追加された。
やっと、シャルの説教も終わって、教会に入る時には、僕の心は満身創痍だった。
皆はいつものことのように、やれやれといった表情だったが、僕たちを迎えてくれた司祭や巫女たちは、困惑した表情のまま案内をするはめとなった。
ウルス聖教国の中央教会に入ると、エルさんだけは満面の笑みではしゃいでいる。
同罪の彼女が観光気分なのに、僕だけがシャルのお説教を受け、疲労困憊だなんて不公平だ!
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