第12話 これから

 議会から三日が過ぎ、今日からイーリスさんも宮廷で生活することになった。

 僕はというと、朝食を終えてパソコンと向き合っていた。


 コンコン。


 イーリスさんが僕の部屋を訪ねてきた。

 すると、アンさんが彼女のお茶を用意する。


 「フーカ様、今日から私もこちらでお世話になります。よろしくお願いいたします」


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 イーリスさんが僕を見つめてくる。


 「『すまほ』というのは使わないのですか?」


 「スマホは充電中なんです。それに調べ物はパソコンのほうが使いやすいんです」


 僕は、窓際でソーラーパネル付き充電器につなげられたスマホを指さした。


 「窓際に置くのには理由があるのですか?」


 「上についている黒い板が日の光を電気……スマホやパソコンを動かす物質に変換するんです」


 「なるほど、科学というものですね。フーカ様の持ち物を見ていると、私たちは魔法に依存しすぎてはいないかと、考えさせられます」


 彼女はそう言うと、僕の背後に回り込み、パソコンを覗き込んできた。


 「何を調べていたのですか?」


 「ユナハ国をおこした時に、政治体制のヒントとなるものが何かないかな? と思って……」


 「何かありましたか?」


 「これといったのがなくて……。王と貴族が中心で政治を進めたら、この国と同じ末路になるかもしれないんで、平民も参加できる政治システムにしたいんですけどね」


 「なるほど」


 彼女は顎を押さえて考え込んでしまった。


 「僕が何となく理解しているのは三権分立っていうものなんだけど、そのまま使うわけにもいかないんで……」


 僕は、苦笑してしまった。


 「三権分立の仕組みを教えてもらえますか?」


 「えーと……。国の予算、法律を決めたり、他国との条約を承認したりする立法、次に立法で決められたことを進めていく行政、最後に犯罪とかを憲法や法律に基づいて解決したりする司法、この三つの権利が独立して監視しあうことで権力の暴走を防いでバランスをとっているシステムです」


 「立法、行政、司法を行う者はどうやって決めるのですか?」


 「立法は国民に選ばれた議員たち、行政はその議員たちに選ばれた代表の大臣とその大臣が選んだ下位の大臣たち、司法は大臣たちが選んだ者たちで行ってます」


 僕は『内閣総理大臣』などを使わずに説明したが、自分でもややこしかった。


 「今の説明で、この図の意味が何となく分かりました」


 彼女は画面に映った三権分立の図解を指さした。

 さすが領主代行!


 「立法は王、貴族、平民で行い、その中で選ばれた者が行政を行います。司法はしばらくの間、行政で選んだ専門家を置くしかないでしょう。今の平民では力不足なので、彼らの教育を急ぐ必要がありますね。幸い、今のユナハ領はここみたいに腐ってないので、貴族もまともな者が多いうちに基盤を作るべきでしょう」


 「それ、いいですね! シャルたちにも話して、もっと、煮詰めてみましょう!」


 「分かりました。決めることが多く、同時進行で行うことも増えますね。これから忙しくなりますよ!」


 彼女は僕を見つめて、とても楽しそうに言った。

 

 「フーカ様、頑張って下さいね!」


 そして、彼女は笑顔で押し付けてきた。

 何故だか、日を追うごとに、巻き込まれていることが増えている気がする……。


 コンコン。


 シャルたちが揃って部屋に入ってくる。


 「お昼にしましょう!」


 シャルがそう言うと、彼女たちはテーブル席に着く。

 アンさんだけが支度のため、部屋を出て行ってしまった。


 イーリスさんがさっきの提案をシャルたちに話しだす。

 彼女たちは考え込んではイーリスさんに質問するといったことを繰り返し、最後には喜んで承諾していた。


 少しして、アンさんが戻ってくると、料理も一緒に運ばれてきた。

 昼食と夕食は、僕と彼女たちが打ち解けるのに大切な時間となっていた。

 シャルの気遣いには感謝してもしきれない。

 そして、僕たちは他愛無い会話をしながら、昼食楽しんだ。




 僕は昼食を終えたところで、シャルたちを見る。


 「今まで言い忘れて……言いそびれていたのだけど、カーディア正統帝国の統治は注意しないといけないかもしれない」


 シャルがお茶を一口飲み、喉を潤した。


 「どういうことですか?」


 「カーディア正統帝国の国家元首は六人の貴族で行う会議であって、その中の誰でもないと思う。さらに、彼らの一人がかければ代わりが追加されるという厄介なシステムだと思う」


 シャルたちは、キョトンとしていた。


 「六人の貴族の誰かが国家元首を必要とされるときは、その役割を交代でしているだけで、国家元首がいない国かもしれない」


 シャルとイーリスさんが青ざめた。


 「その政治体制を考えた者は天才ですね」


 シャルの言葉にイーリスさんが頷いた。


 「僕が特に気になるのは、カーディア正統帝国の後ろに呼人よびびとがいるかもしれないってことなんだけどね」


 「呼人ですか……。フーカさんがそう思った根拠は何ですか?」


 「僕のいた世界で『ホラクラシー』と呼ばれる新しい組織の形として話題になっていたものと似ているんだ」


 レイリア以外は眉をひそめた。


 「私には今までの話を聞いても、何故、注意が必要なのか、よく分からないのですが……」


 僕はレイリアに向き合った。


 「つまりね、カーディア正統帝国には貴族同士の上下関係がないから、六人で話して決めたことを直ぐに行えることになるんだ」


 レイリアは首を傾げる。

 僕はどう説明したものかと眉間に手を当て悩んだ。

 イーリスさんがレイリアを見つめた。


 「ちょっと極端だけど、例えば、カーディア正統帝国は、私たちがユナハ国を建国した時に、目障りだと思えば、翌日、もしくは当日でも宣戦布告なしに攻めてくることが出来るとしたら?」


 「そんなことを皇帝が許すのですか?」


 「その皇帝がいないわよ!」


 レイリアは唖然としていたが、しばらくするとやっと理解できたのか青ざめた。


「ハァー。簡単に言えば、責任者のいないカーディア正統帝国は、六人で行う会議で議題が通れば、好き放題やれるってことでいいんですよね?」


 ケイトが溜息交じりで言った。

 僕、シャル、イーリスさんは黙って頷いた。


 「それは、国として成り立つのですか?」


 ケイトはもっともな質問をぶつけてくる。


 「基準になる法律くらいは決めているだろうけど、六人の賛成が取れれば何でもするだろうね……。僕のいた世界の会社……こっちでいう商会にあたる組織では成功例があるけど、国政で行われている国は聞いたことがないから、何とも言えない……」


 「フーカ様でも想定できない政治体制の国ですか……。厄介ですね……」


 ケイトはそう言うと黙り込んでしまった。シャルたちもそれに続くように黙り、沈黙が続いた。

 すると、シャルが何かを思い出したかのように、僕へ視線を飛ばしてくる。


 「何で、今頃になって言い出したんですか?」


 「言おうとは思ってたんだけど、機会がなくて、今まで言いそびれていたんだよね……」


 「さっき、言い忘れてたって言おうとしてませんでしたか?」


 「話すタイミングを逃していただけで……」


 「忘れてたんですよね?」


 シャルの目が険しくなっていく。


 「忘れてました。ごめんなさい!」


 僕は頭を下げると、彼女は深く溜息をついた。


 「それで、対策はあるんですか?」


 「情報が足りなくて思いつきません……」


 シャルは僕をジト目で見てから、アンさんへ顔を向ける。


 「アン、カーディア正統帝国の情報を何か掴んでいませんか?」


 「そうですね……。六人の大貴族が皇帝として統治しており、その人物までは特定できていませんが、六帝会議と呼ばれる会議で六人の意見をまとめて国の方針などを決めているとの報告は受けてますが、それ以上の情報は入っていません」


 「まだ、憶測だけど、その六人は六つのグループのまとめ役なんだと思う」


 「それはどういうことですか?」


 「六つの派閥があって、派閥でまとめた意見などをその都度、代表を決めて会議に参加しているから、毎回、違う代表者が現れているんじゃないかな? だから、六人が集まるのは分かっても人物までを特定できないんだと思う」


 僕はシャルにそう告げた。


 「フーカ様の言う通りです。六人が集まる会議があることは掴めたので、六人の皇帝を突き止めようと調査しているのですが、対象を絞り込めないのです」


 アンさんは苦笑しながら言った。


 「フーカ様、お得意のえげつない案はないのですか?」


 レイリアは、僕のことをどう思っているのだろうか? と疑問を抱いてしまう。


 「フーカさん、えげつなかろうが卑怯だろうが構わないので、考えられる対策はありませんか?」


 シャルが真剣な面持ちで尋ねてくるが、ディスられてるように感じる……。


 「慣れないシステムで自滅するのを待つか、カーディア正統帝国に『ホラクラシー』を教えた人物がいるなら、その人物を見つけるくらいしかないかな……」


 「アン、カーディア正統帝国の背後の有無を調べて、その存在が有るのなら、突き止めて欲しいのだけど」


 「はい、かしこまりました。急ぎ手配します」


 アンさんはシャルに返事をすると、扉を少し開け誰かに指示を出したようだ。


 「今はカーディア正統帝国の情報収集と警戒をするしかないですね。ユナハ国を建国して一国家となれば対応策も見つかるかもしれません」


 イーリスさんの言葉に、皆は黙って頷いた。

 シリウスさんが手を挙げる。


 「我々に敵対するのは三国でしょうから、建国前にカーディア帝国との国境付近に軍の配備をし、建国の公布と同時にカーディア帝国、正統帝国、新帝国からの入国者に対する入国審査を厳しくいたしましょう。敵の動向がわからないのなら、こちらの動向を探らせなければ、相手もたやすくは動かないでしょう」


 「今はやれることを、やっていくしかありませんね」


 シャルが話しをまとめた。


 「私は皆で新しい国を築けることが嬉しいです。それに、フーカ様の正体が男性で、姫様たちを奪って隣で建国したとしたら、宰相たちが激怒する姿が浮かんで楽しみです。まあ、フーカ様に刺客を放つのが見え見えですけど、そこはなんとかなるでしょう」


 レイリアが楽しそうに言う。


 「それ、フラグたてたよね?」


 僕は彼女を掴んで揺すった。


 「『ふらぐ』って何ですか?」


 彼女は、あっけらかんと聞いてくる。


 「言ったことが現実になる伏線や予測のことだよ!」


 僕は頭を抱える。


 「フーカ様、大丈夫ですよ。私がいる限り、そんなことにはなりませんから、安心して下さい」


 アンさんがカッコいい! でも、刺客を撃退できるメイドって……。

 僕は彼女の正体がとても気になる。


 「指名手配はされるかもしれませんが、一国の国家元首になるのだから通用しないと思いますよ」


 「えっ? シャル、ちょっと待って! 指名手配? 国家元首?」


 「えっ? フーカさんが王位に就きますよね?」


 「皇女のシャルが女王になるんだよね?」


 「「あれ?」」


 僕たちは、首を傾げて見つめ合う。


 「どうせ夫婦になるんですから、どちらがなっても大差ないので大丈夫です。とにかく、お二人は出来たばかりの国家を良くしていくことに励んでください。い、い、で、す、ね!」


 イーリスさんは眼光鋭く、有無を言わせぬ威圧感を放っている。


 「「はい!」」


 僕たちに、拒否権はなかった。


 「では、ユナハ伯爵自治領首都ユナハまでのルートを確認します」


 イーリスさんは地図を広げ、話しを進めていく。


 「ユナハ領には帝都があるカーディア皇室領からレクラム伯爵領を通って入ります。本当なら領主のオイゲン・フォン・レクラム伯爵に挨拶をしていくのが通例ですが、彼のいる首都カールエンドは遠回りになるのと、宰相の腹心と呼ばれる方なので省きます」


 イーリスさんが眉間に皺を寄せている。


 「レクラム伯爵は、イーリス様にご執心の方です」


 レイリアが僕に耳打ちすると、彼女に睨まれ、僕の後ろに隠れる。


 「コホン。帝都カーディア、テクシス市、レクラム領のトーラ市、ハーデ城塞都市、ユナハ領のアルセ城塞都市、ピエリ市、デリタ村、ルンド町、アルム市、首都ユナハの順路でしたら、道が整備されているので一〇日ほどで付きますが、今回は、テクシス市から山脈沿いの街道に入り、アルパ市、レクラム領のイルガ村、トラロ村、キリロ町、ユナハ領のアルセ城塞都市の順路にしますので、一一日ほどかかります」


 イーリスさんは咳ばらいをして誤魔化すと、話しを進めてしまった。触れられたくないのが見え見えだった。


 「わざわざ遠回りをするのはどうして?」


 「人の多い所は護衛がしにくく、人手も必要となります。さらに、妨害工作も警戒しながらでは、部下たちがバテてしまいます。護衛側の都合で申し訳ないのですが、ご容赦ください」


 僕の質問に、シリウスさんが返事をすると、そのまま頭を下げた。


 「我々は、新教貴族派閥、カーディア正統帝国、カーディア新帝国を相手にしているので、どこがどう動くかまでは把握できません。そこで、権力の及びにくい市町村のある裏街道を行きます。レクラム領のハーデ城塞都市を通れば、レクラム伯爵が来るまでハーデ市から出られなくなる可能性もあります」


 アンさんが付け加えた。


 「それに、アノン卿が自分の騎士団が護衛に就くと進言してきました。何とか断ったけど、レクラム領は宰相の腹心だから、表街道を通ると彼に合流されるか、待ち伏せされる可能性が高いですね」


 さらに、シャルが僕をチラッと見ながら付け加えた。


 「アノン卿……。うん、裏街道で行こう! 裏街道以外なんてありえないでしょう!」


 即決で賛成した僕に、皆が苦笑していたが見なかったことにする。


 「ただ、イルガ村とトラロ村では野宿になってしまいますが、宜しいですか?」


 シリウスさんは申し訳なさそうに言ったが、皆は「大丈夫です!」と口にしたり、軽く頷き納得する。

 もちろん、僕も納得する。


 「せっかく、異世界に来たんだから、冒険しないとね!」


 僕が軽口を叩いたら、皆がジト目で見つめてくる。そんな目で見られても……。

 僕は皆に護られていることに慣れたのか、未だに平和ボケが抜けないのか、心配や不安というものを感じなかった。


 「ユナハ領のアルセ城塞都市に入るまでが勝負です。先に行った家族や仲間と共に、これから始まる多くのことを成すため、油断せずに、何が起こったとしても切り抜けましょう!」


 シャルが皆を鼓舞した。

 僕はシャルがフラグを立ててしまったことで、その場に崩れ落ちた。


 「あっ! 今のはフラグですね!」


 レイリアはフラグに気付けたことを喜んでいたが、シャルたちは沈黙してしまう。


 これから、おおごとに巻き込まれていく予感しかしない……。

 僕は肩を落とすのだった。

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