第8話 所持品はアーティファクト

 「フーカ様、フーカ様! いつまで呆けているんですか?」


 レイリアに肩を揺さぶられた僕は、我に返った。


 「あれ? レイリア? ……そうだ、話はどこまで進んでる?」


 彼女は驚いた顔で僕を見つめる。

 そして、少し頬が赤い気がする。


 「……えーと、段取りも決まり、明日から開始することになりました」


 「そう、ありがとう」


 僕はシャルとシリウスさんの会話に耳を傾ける。


 「姫様、ゲーテバック辺境伯の説得は、私に任せてもらえないでしょうか?」


 「ええ、あなたかアンに任せるつもりでしたから、お願いね」


 「はっ! かしこまりました」


 「すみません。そのゲーテバック辺境伯という方について教えてもらえますか?」


 僕は、二人に問いかけた。


 「ヘルゲ・フォン・ゲーテバック辺境伯を三人目の協力者として選んだのですが、派閥に属さず中立の立場にいるので、説得が必要かと思います。彼は、辺境討伐軍総大将の職に就いており、今は軍を率いて遠征しています。直ぐには合流できませんが、私たちの計画に協力する価値があると判断すれば味方に付いてくれます。フーカさんの素性を知っても口外することはない厳格な方ですから安心してください」


 シャルの説明に僕は頷く。


 ミリヤさんが何か悩んでいる様子で話しを切り出す。


 「フーカ様の素性を利用していいのなら、『ウルス聖教国』と『エルフ領プレスディア王朝』が味方してくれると思いますが、どういたしますか?」


 僕は、宗教国家とエルフの国だと文化の違いが問題にならないか気になった。しかし、隣国の協力は欲しい。


 「その二つの国はどういう国なの?」


 「ユナハ聖王国の領地だったのですが、カーディア帝国国内ににハウゼリア新教が浸透してきたことで、当時の皇帝と宰相が分離独立させた国です」


 ハウゼリア新教、もしくは、ハウゼリア新教国には注意しておくべきだと思った。


 「ウルス聖教国は、ユナハ家とカーディア家に押印を授けた女神様を信仰している宗教であるウルス聖教の本部があります。エルフ領プレスディア王朝は、約五〇〇歳の女王が治める国で、忘れ去られた歴史や人族の歴史から政治的都合により抹消された出来事も残されていると思います。それに、エルフだけあって魔法技術の先進国でもあります。どちらの国もフーカさんの素性を明かせば協力は確実ですね。あと、元の世界に戻る手がかりを得る可能性は高いです」


 「直ぐにでも協力してもらいましょう!」


 「即決ですか?」


 シャルがジト目で見つめてくる……。


 「当たり前です。そんな大切な国とは早めに交渉をしましょう! それに、どちらもミリヤさんと深く関係のありそうな国みたいですしね!」


 皆の視線が少し痛いけど、仕方ないよね。


 「なるほど。未来の側室のためですね!」


 「レイリア、黙れ!」


 「はい……」


 彼女はシュンとして、肩を落とした。

 本当にこの人は一言多いなぁ……。

 周りは、僕とレイリアのやり取りに驚きつつも、少し経つとニマニマと怪しい笑みを浮かべていた。

 一方で、僕は、『ファルマティス』に続いて『ウルス』という知っている単語が増えたことが、少し気になっていた。


 「姫様、ウルス聖教国とエルフ領プレスディア王朝には、私のほうで使者を出すことでよろしいですか?」


 「ええ、ミリヤに任せます」


 僕たちの悪だくみの打ち合わせは終わり、ホッとする一同。



 ◇◇◇◇◇



 「フーカ様、お預かりしている所持品をお返ししたいのですが? ……ケイトの部下が検査しましたが、よくわからない品ばかりですし、フーカ様の素性を考えれば、お返ししたほうがよいでしょう」


 シリウスが唐突に告げてくる。


 「ずっと寝ていたので忘れていました。返してもらえるのなら僕も落ち着きます」


 「分かりました。破損したり、紛失しているものがあれば、おっしゃって下さい」


 「分かりました」


 シリウスは扉の外で控えている人に声を掛け戻って来た。


 「シリウス、フーカさんの所持品の検査結果はどうでしたの?」


 「使用目的の分からない品が多く、おそらく、ほとんどがアーティファクトとされる品ばかりです」


 シャルの問いにシリウスさんが苦笑しながら報告した。

 皆が「またか!」という目で僕を見つめてくる。


 コン、コン。


 アンさんが扉を開くと、布に覆われたワゴンがメイドさんたちによって運ばれてきた。


 「早速、確認しますね!」


 僕はワゴンへと向かう。

 レイリアとアンさんが僕に寄り添ってくれた。


 ワゴンの布をはぐと、リュックが置かれていた。下の段には僕の服と一緒に、短刀、扇子、スマホ、腕時計、財布、パワーストーンの首飾りと腕輪があった。


 僕はリュックの中身をワゴンに並べていく。

 ノートパソコン、ソーラ式の充電器、サバイバルキット、スタンガン、特殊警棒、防犯ブザー、ランタンと懐中電灯、携帯用浄水器、軽量寝袋、アルミホイルとラップ、収納式の食器セット、折り畳み式給水タンク、テープ、ラバー手袋、スニーカー、救急セット、旅行用洗面ポーチ、簡易テント――などだった。

 姉ちゃんにもらった時は、軽く目を通しただけだったが、並べてみると、よくこんなに詰め込んだものだと感心してしまう。


 ワゴンの下の段のさらに下に、段ボール箱がある。

 箱を開け、中の付属品をリュックへと移す。


 「この箱はいらないので、処分してください」


 「フーカ様、いらないのなら私に下さい!」


 ケイトが物凄い形相で詰め寄ってきた。

 近い! ……顔が近すぎる!

 僕は、一歩下がりコクコクと頷いた。


 「ありがとうございます! こんな素材こちらにはないんですよ!」


 ケイトは段ボール箱を手に取り、まじまじと観察しだした。


 「ケイトは、研究室室長だったのです」


 「……だった?」


 「はい、魔導士と医師もしていましたが、研究室室長もしていました。研究室は魔法学や医学の向上のための部署で、珍しい植物や鉱石を採取、成分などの調査などをまとめたりして、新しい技術を生み出していました。ですが、その重要性に気付けない貴族たちによって閉鎖させられました」


 「なるほど、馬鹿な人たちがいたもんだ」


 「ボイテルロック家たちです」


 シャルは呆れたように言い放った。僕も呆れて言葉が出ない。


 「ケイト、ユナハ国を建国したら研究開発部門は必要だからよろしくね!」


 「はい!」


 彼女は嬉しそうに頷いていた。

 ケイトの笑顔を見た僕は、彼女をもっと喜ばせようと財布を取り、中にあった全種類の硬貨をワゴンに並べた。


 「これは僕のいた国、日本国の硬貨で、一円硬貨がアルミニウム、五円硬貨が黄銅、一〇円硬貨が青銅、五〇円硬貨が白銅、一〇〇円硬貨が白銅、五〇〇円硬貨がニッケル黄銅と呼ばれる金属でできているんだ! これもあげるね」


 そう言って、ケイトに硬貨を一枚ずつ説明すると、彼女に渡した。


 「もらっていいんですか? それに研究開発部門まで……ありがとうございます」


 僕は、うんうんと頷いてあげると、彼女は感極まったのか、涙を流して呻きだした。

 すると、イーリスさんが彼女のそばに近付き、優しく抱擁する。

 それは、心が温まる光景だった。




 さて、服も返ってきたので、着替えようとフィールドジャケットを掴み上げると、白い紙袋が落ちた。

 音羽姉ちゃんにもらった……売りつけられた御守りと人形のストラップの入った紙袋だ。

 ワゴンの上に中の物を広げると、ミリヤさんとアンさんが身を乗り出すように食いついた。


 「えっ? 二人ともどうしたの?」


 「その家紋のような印をよく見せてほしいのですが?」


 ミリヤさんは潤守神社の神紋が気になるようだった。

 その横では、アンさんが黙って覗き込んできている。


 「別にいいけど」


 僕は少し横にずれると、ミリヤさんに正面を譲った。

 彼女は、縁結びの御守り、『金狐と銀狐』の人形がセットになっているストラップ、『金狐』のストラップ、『銀狐』のストラップの順に顔を近付け、まじまじと見ている。


 「やはり、似ていますね」


 「何が?」


 「紋章です。フーカ様の所持品に描かれている紋章とユナハ家、ウルス聖教、カーディア家、カーディア帝国の紋章が似ているのです」


 そう口にしたミリヤさんは、早足に窓際にある扉から部屋を出ると、直ぐに戻ってきた。

 この部屋には続き部屋があったようだ。

 そして、彼女はワゴンの上に質の悪い紙を四枚並べて置いた。

 そこには紋章が描かれており、僕も見比べてみた。


 縁結びの御守りと『金狐と銀狐』の人形がセットになっているストラップには、潤守神社の神紋である雪輪の中に稲穂と椿の花。

 『金狐』のストラップには、椿ちゃんの神紋である三本の稲穂に狐の姿。

 『銀狐』のストラップには、雫姉ちゃんの神紋である羽ペンに三叉槍が六本、花のように広がる雪の結晶。

 これに対し、ユナハ家の家紋が一本の穂と狐の姿。

 ウルス聖教の紋章が一本の穂と羽ペン。

 カーディア家の家紋が羽ペンをくわえた狐。

 カーディア帝国の国章が剣に羽ペン。

 椿ちゃんの神紋とユナハ家の家紋は似すぎだろうと僕も思う。


 「これって、偶然なのかな?」


 僕の問いに、ミリヤさんは難しい顔で考え込んでいる。


 「ユナハ国建国後に、ウルス聖教国のウルス聖教中央教会に行きませんか? そこはウルス聖教の本部ですから、女神様からの神託を受ける神殿があります。フーカ様でしたら女神様との交信ができるかもしれません」


 「なるほど、分からないなら本人に聞いてしまえばいいってことだね!」


 「……確かに、そうなのですが……いえ、そういうことにしておきましょう」


 ミリヤさんがどこか困ったような表情をしている。

 そして、イーリスさんとシリウスさんだけが、何故か少し困惑しているようにみえた。


 僕が御守りとストラップを紙袋にしまおうとすると、アンさんからの視線が妙に突き刺さる。


 「アンさん?」


 「いえ、何でもありません。その人形、可愛いですね」


 「はい、これをあげる!」


 『金狐と銀狐』の人形がセットになっているストラップを彼女に渡した。


 「あ、ありがとうございます。一生、大切にします!」


 僕は、彼女のはしゃぎ気味に人形を見ては微笑む少女のような一面を見れて、とても得をした気分になった。

 だが、彼女にプレゼントをしたことで、他の面々の目つきが変わる。

 その様子に、イーリスさんとシリウスさんが頭を抱えてしまった。


 一人に一つずつプレゼントをしないと収まりそうにない。

 僕は、『金狐』のストラップをシャルに、『銀狐』のストラップをミリヤに、縁結びの御守りをイーリスさんに渡した……足りなかった。


 「「ありがとうございます!」」


 「私まで頂いてしまって、ありがとうございます!」


 僕のかたわらに来たレイリアが、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。

 分かってる! 分かってるから……。

 僕は、何かあげる物はないかとワゴンをあさり、その中から二点を選んだ。

 レイリアには、パワーストーンの腕輪を腕にはめてあげる。


 「ありがとうございます!」


 彼女は腕を上にかざして、きらめく石を眺めて喜ぶ。

 そして、パワーストーンに龍が掘られた首飾りは、シリウスさんに渡した。


 「私にもですか。こんなにも貴重な品をありがとうございます」


 彼は龍の彫り物に感嘆し、喜んでくれた。


 ケイトを見ると、彼女は首を振って段ボール箱と硬貨をこちらに見せ、いらないと手を振っていた。

 少し気が引けたが、持ち合わせが乏しかったので、ありがたかった。




 とりあえず、服を着替えてしまおうとすると、シャルから待ったがかかった。


 「えっ? もう、着替えていいよね?」


 「いえ、その服は、こちらでは悪目立ちします。今は我慢してください」


 「この格好も悪目立ちすると思うけど?」


 僕がネグリジェを摘まんでみせると、シャルだけでなく周りからも爆笑された。


 コンコン。


 タイミングよく扉が叩かれ、一人のメイドさんが服を抱えて入ってきた。

 彼女は皆の爆笑している姿に、驚きを隠せないでいる。

 アンさんが「何でもない」と告げ、服を受け取ると、彼女は足早に部屋を出て行った。


 「フーカ様、着替えてしまいましょう」


 アンさんに連れられベッドの脇まで行くと、彼女は衝立ついたてを広げてくれた。

 そして、躊躇ちゅうちょなく僕の服を脱がそうとする。


 「待って、自分で着替えられるから!」


 「これもメイドの仕事ですから! それにこれからのことを考えると、少しは慣れておいたほうがいいのでは?」


 確かにその通りかもしれない。

 僕は彼女に任せることにした。

 手際よく着替えさせてくれた服は、軽装の騎士服のような青い軍服。

 それは、レイリアの軍服に似ていた。

 彼女の軍服は、上着の丈が少し長めでスカートにに見立てた感じになっており、ズボンは足のラインに合わせたスキニーパンツで、僕のは、下半身がゆったりとしたズボンになっていた。

 おそらく、男性用と女性用があるのだろう。


 「アンさん、ありがとう」


 「どういたしまして。仕事の範疇はんちゅうですから」


 着替え終わった僕は、皆の所に戻る。


 「レイリア、フーカさんの脇に立ってみてください」


 「はい、こうですか?」


 シャルに言われ、レイリアが僕の隣に立つ。


 「プフッ。姉弟みたいですね!」


 彼女の一言に、一同が一斉に吹き出した。


 「なっ…………」


 何も言葉に出来なかった。

 レイリアは、しなを作り、耳まで真っ赤に染めている。

 レイリア……反応が違うと思うよ。


 皆のことは無視してワゴンへと向かい、短刀と扇子を手に取り、身に着けようとした。

 すると、ミリヤさんとケイトが近付いてくる。


 「フーカ様、それは何ですか?」


 「その品から特殊な魔力付与を感じるのですが、調べさせてくれませんか?」


 ミリヤさんが質問をすると、続けざまにケイトが調べたいと要求してくる。

 僕は二人に、短刀には『守り刀』と呼ばれる僕の護衛になる神使『氷雨ひさめ』という子の力を注ぎこんであり、扇子はミリヤさんに渡したストラップの『銀狐』と呼ばれる神様でもある雫姉ちゃんにもらった物だと説明した。


 「あれ? ミリヤさんは僕の記憶を見てるんだよね?」


 「はい、見ているというよりも、映像と感覚が入り混じったようなものが凄い勢いで流れ込んでくるので言葉での表現は難しいのですが……フーカ様が女神様たちに弟のように可愛がられている。友人のように親しく遊ばれている。家族と仲良く暮らしている。武術をならったことがある。女の子と間違われる。布を巻いた胸が好き。というように、映像にした言葉や映像にした感情が、一塊になって頭に飛び込んでくる感じです」


 何か、知られてはいけないことが混じっていた気がする……。


 「へぇー、そうなんだ。よくわかったよ」


 細かいところを追及されたくない僕は、そっけない返事で済ませることにした。


 「こ、これは凄い! 凄すぎて、凄いとしか言えないですね!」


 ケイトが短刀と扇子に両手をかざしながら興奮している。

 僕は、彼女の手から淡い光が出ていることに、これが魔法かと興奮していた。

 ケイトは両手を戻し、魔法を終えると、ミリヤさんと合流して何やら話し込んでいる。


 「この二つの品は……アーティファクトではありませんでした」


 ケイトの発表に、僕もシャルたちもホッとする。


 「まぎれもない『神器じんき』です!」


 ミリヤさんが意気揚々いきようようと発表した。


 「アーティファクトを超えましたね……まぁ、フーカさんですから……」


 シャルがボソッと皮肉を言った。

 それに対して、僕は苦笑することしかできなかった。


 「フーカ様、短刀を見せてもらってもよろしいですか?」


 シリウスさんは、騎士だからなのか短刀に興味があるようだ。


 「ええ、いいですよ」


 僕が刀袋から取り出すと、彼らは驚嘆の声をあげた。


 「な、何ですか? この見事なつくりは!」


 レイリアが興奮して僕の腕にしがみついてくる。

 柔らかいものが腕に押し付けられ、僕は耳まで熱くなったが、誤魔化すために短刀を抜き、刀身を見せた。

 再び、驚嘆の声があがる。


 「見事です。神器なのも頷ける業物わざものです」


 シリウスさんの目が短刀に釘付けとなり、興奮しているようにも見えた。

 レイリアはさらに強く押し当ててくる……そろそろ限界です。

 僕がそそくさと刀身をさやに納めると、皆は近くの椅子に座り、深く息を吐いた。


 「私も刀の存在は知っていましたが、現物を見るのは初めてでした。こちらの剣とは、まったくの別物ですね」


 アンさんが椅子に腰を掛けた状態で感想を述べる。

 いつも僕かシャルのかたわらに立っていた彼女が、用もなく腰を掛ける姿を初めて見た気がする。

 皆の興奮が僕にも伝わったのか、それともレイリアのせいか、室内がとても暑く感じる。

 僕は椅子に座って、扇子を広げて仰ぎ、涼むことにした。


 「フーカ様! そ、それは……その絵を見せてください!」


 アンさんが勢いよく僕に迫ってくる。

 彼女は、僕の背後から覆いかぶさるように金狐と銀狐のイラストを覗き込むと、目が釘付けになっている。

 涼むために扇子を広げたのに、肩と後頭部に膨らみを押し当てられ、体温が上昇していく。


 「はぁー、可愛いですね!」


 「そ、そうだね。アンさんって、可愛いものが好きなんだね」


 「はい、大好きです!」


 アンさんをとても可愛く感じる。


 「もう、閉じてもいいかな?」


 「あっ、申し訳ありません。また、見せて下さいね!」


 「うん、見たい時は言ってね」


 「はい、ありがとうございます」


 彼女は僕から離れると、シャルのそばに移動した。

 シャルは苦笑しながらも、優しい目で彼女を見つた。


 「ところでフーカ様、守り刀の神使様はどうされているのですか?」


 イーリスさんが尋ねてくる。


 「彼女と会う前に、転移されたので、まだ、日本に……僕のいた世界にいると思います」


 彼女は難しい顔で頭を抱える。


 「困りましたね。おそらく、神使様は、フーカ様を追ってファルマティスに来ると思われます。ですが、カーディア帝国の鏡は割れて使用できないので、神使様は他の鏡がある所に到着することになってしまいます」


 「そうか、僕のいる場所を早く知らせる必要があるのか……」


 「そうです。それに、その鏡の所有者や国家が善良とは限りません。神使様を怒らせることをするかもしれません……神使様は世界を滅ぼしたりしませんよね?」


 何か物騒な展開になってきた。


 「僕もこちらにいるから大丈夫ですよ。ただ、その国がどうなるかまでは、僕にも分からないです」


 皆は、責任をとれとでも言いたげな目で、僕を見つめる。

 僕は悪くないのに……。


 「では、神使様のことも、ウルス聖教国には伝えておきましょう」


 ミリヤさんがそう言うと、一同は無言で頷いた。


 色々あって、とても長い確認になってしまったが、僕の所持品に問題が無かったことをシリウスさんに告げた。

 それを聞いていたシャルが立ち上がる。


 「これで、大体はまとまりましたね。明日からは、各自、打ち合わせ通りにお願いします。では、今日は解散とします」




 皆が解散したことで、肩の荷が下りた僕は、ノートパソコンをテーブルに置き、電源を入れた。


 ウィィィン。


 それは、小さな機械音を立てると、画面に画像が映る。

 その光景に、解散したはずの皆が、僕の背後から覗き込んできた。

 誰も言葉を発しないので、僕はそのまま操作を続ける。

 画面の端には、ネットワークの切断の表示が出ている。

 その表示を閉じて、『ファルマティスの騎士』にログインした。

 通信はできないが、ステータスやマップは見れるので、マップを開く。

 いつの間にか、レイリアが僕の隣にしゃがみ込み、テーブルから頭だけを出して画面を覗き込んでいる。


 「レイリア、ファルマティスの世界地図を貸して!」


 「はい、直ぐに持ってきます」


 彼女は立ち上がると、世界地図を取りに行ってくれた。

 その間に、僕は、リュックに入れてある付属品のマウスを取りに行く。

 リュックのポケットが膨らんでいるのに気付き、開けて確認してみる。

 中には携行食のセットが入っていた。

 他にも何があるのかを調べてみると、栄養機能食品やお菓子などもあった。

 その中から飴の袋を持ち出した僕がテーブルに戻ると、レイリアが地図を持って待っていた。


 「ありがとう」


 僕は、彼女から地図を受け取り、テーブルに広げる。

 彼女は先ほどの体勢で僕の隣でヒョコっと顔を出している。

 あまりにも可愛かったので、飴を包みから出して彼女の口に放り込んでみた。

 最初は困惑していた彼女だったが、徐々に幸せそうな顔に変化し、満足そうに口の中で転がし始める。

 すると、周りからゴクッと生唾を飲む音が聞こえた。

 僕は、皆にも飴を一つずつ配っていく。

 彼女たちは口に入れると、とろけるような顔で味を楽しみだす。

 ケイトだけは、飴の包みにも興味を抱いたらしく、その包みを皆から回収していた。


 『ファルマティスの騎士』の地図とファルマティスの世界地図を比べてみると、予想通り同じ地図だった。

 他に何か情報はないかと、ゲームの解説やシナリオをチェックするが何もなかった。

 ほとんど調べつくした僕は、何気なく開いた制作関連の欄に『潤守神社』の表記を見つけてしまった。

 何か、とてつもなく嫌な予感がする。

 しかし、椿ちゃんがゲーム制作関係者かもしれないと分かっても、今は確認する手段がない。

 早くウルス聖教国に行かねばならないようだ。

 ただ、ファルマティスと椿ちゃんたちが関係していることは確かなようだ。


 ふと、周りからの視線を感じた。

 皆がノートパソコンの説明を、欲しているのが分かった。


 「えーと、これの説明は明日でもいいかな? 少し考えたいことも出来てしまったので……」


 「そうですね。フーカさんも万全の体調ではないですし、明日にしましょう」


 シャルはそう言うと、パンパンと手を叩き、皆に解散を促した。

 彼女たちは、それぞれに散って行く。


 「レ、イ、リ、ア! ケ、イ、ト!」


 しかし、イーリスさんが逃がさんと言わんばかりに、二人を呼び止めた。


 「二人は私に付いてきなさい!」


 「「ひぃぃぃ!!!」」


 レイリアとケイトは、イーリスさんの鋭い眼光に悲鳴をあげた。

 そして、僕は、イーリスさんの後ろを肩を落として連れていかれる二人を見送るののだった。

 ご愁傷様……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る