第68話 平和なお散歩②

「あ……寝ちゃった……」


 昼食の片付けをしていたら呼ばれたので振り向いたら、ものすごく眠そうなウィルジアがいた。寝ると言った次の瞬間には本当に眠ってしまったウィルジアを見て、お疲れなんだなぁと思った。


「何か掛け物を」


 リリカは片付けを一旦中断し、持ってきていた荷物の中から寒さ対策で持ってきていた肩掛けを取り出すとウィルジアにかける。

 再び後片付けを終えると、もはややることは無くなった。


「…………」


 リリカは木立にもたれて眠るウィルジアにちらりと視線を送る。心地よさそうに眠っており、無理のある姿勢だというのに全く起きる気配がない。

 すすす、と近づいて見ると、金色の柔らかな髪が陽光を浴びて煌めき、そよそよとなびく。髪と同色の長いまつ毛が伏せった瞳の周りを縁取っていた。

 改めて見ると顔立ちが恐ろしく良い。


「……ウィルジア様……」


 ポツリと名前を呼んでみても、みじろぎすらしなかった。そしてリリカは我に返る。

 寝ている主人の顔をジロジロ見るなど、無礼にも程がある。一体自分は何をやっているのか。

 しかし何かに惹きつけられるかのように、リリカはウィルジアから視線を逸らせなかった。

 最近のウィルジア様は変わった。

 いつも優しくて穏やかで頼りになるご主人様が、リリカをかばって立ち塞がったり守りたいと言ったりしてくれる。今日は昼食の席を一緒にしたいと言ったり、なんというか距離感が近くなっている気がした。

 それが嬉しいな、と思ってしまう。

 そしてきゅんとしてしまう。

 きゅんきゅんする胸を押さえ、リリカは首を左右に振った。


(何考えてるの、私っ。この隙にアウレウスとロキのお世話でも……)


 しかしリリカが目をやると、馬二頭は勝手にそこらの草を食べ、仲良く寄り添い寛いでいた。なかなか相性が良いようで、リリカの出番はなさそうだった。

 それならば精神統一でもして邪念を追い払おうかとリリカが考えていると、ウィルジアの体が傾いた。思わず受け止めるが、細い木立ではそもそもウィルジアの体を支え続けるのは無理があるので戻すわけにもいかない。

 どうしよう、どうしようとリリカは一人で焦り考える。

 お疲れのウィルジア様に、快適に眠っていただくことが最優先。ならば、もう、方法は一つしかない。

 リリカは目を瞑り、心の中で「ウィルジア様、失礼します!」と言い、ウィルジアの頭を自分の膝に乗せた。

 膝枕である。

 見下ろすウィルジアの寝顔は穏やかで、内心で大パニックを起こしているリリカとは裏腹に大変心地よさそうだった。


(うううううっ、平常心っ平常心!)


 リリカは早くも膝枕をしたことを後悔していた。

 ウィルジアの眠りを妨げないように、しかしなんだかもう恥ずかしさやら何やらでどうしようどうしようと思いながら、早くご主人様起きないかなぁと途方に暮れた。

 

◇◆◇

 

 目が覚めたらローアングルからリリカを見上げていて、ウィルジアは状況が把握できずに混乱した。

 瞬きをしていると、リリカがこちらを見てきて目が合った。心なしか、リリカの顔が赤い。


「お目覚めですか、ウィルジア様」


 頭の下が柔らかい。むにむにする。

 ウィルジアはガバッと起き上がった。起き上がると至近距離にリリカの顔が迫ったので、座ったまま後退して距離を取った。


「僕、木に寄りかかって寝てたはずだけど」

「あの、途中で姿勢が崩れたので……寝やすいようにと……ひざまくら……」


 リリカの声の最後の方は小さすぎて聞き取れなかったが、どういうふうに寝ていたのかは一発で理解できた。

 顔が、赤くなる。


「……ごめんっ……!」

「いいえ、差し出がましくて申し訳ありません……」


 リリカの顔もどんどん赤くなっていく。

 またも二人で真っ赤になって石像のように固まり、いたたまれなくなった。沈黙が気まずいが、何を言えば良いのかわからない。礼を言うのも変な気がするし、これ以上謝罪しても、きっと謝罪の応酬になるのは目に見えている。


「かっ、帰ろうか!」

「はい、そうしましょう!」


 思考の果てにウィルジアがそう言うと、リリカも即座に乗ってくれた。

 アウレウスとロキは、乗せる主人たちの微妙な関係性になど構わず、並んで平和に闊歩した。

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