万能メイドと公爵様の楽しい日々
佐倉涼@10/30もふペコ料理人発売
1部
第1話 リリカとおばあちゃん
「泣くんじゃないよ、リリカ」
そう言ってまだ小さいリリカの手を取ってくれたのは、近所に住むおばあちゃんだった。
五歳になる年、リリカの両親が死んだ。突然だった。
突然すぎるお別れに頭がついていけなく、お墓の前でただただ泣いていた。
そうしていたら、おばあちゃんが手を取ってくれた。
「泣くんじゃないよ、リリカ」
背中をさすりながら、また言った。
「あのねぇ、リリカ。この世は理不尽だらけだよ。いつ何が起こるかわからない。だから自分の足でしゃんと立って、自分の力で生きて行かなけりゃならないんだ。メソメソするのはおよし」
「だって……うぅっ。これからどうすればいいのか、わからない」
ボロボロ涙をこぼしながらしゃくりあげるリリカの背中を、おばあちゃんは優しくさすり続ける。
「安心おし。おばあちゃんがお前を育ててあげよう。何、孫ができたと思えば訳はないさ。おばあちゃんはこう見えて、昔はお城に勤めてたんだよ。掃除洗濯料理。それらができればひとまずは、お貴族様の屋敷に召し上げられて働くことができるよ。安心おし。おばあちゃんがお前を立派に育ててあげるから」
「うん……うんっ」
「さあ、泣くのはおよし。行くよ」
おばあちゃんは優しく手を引いて、リリカを連れて家まで帰った。
そこからはおばあちゃんとの二人暮らしが始まった。今までの暮らしとはまるで違う生活が待っていた。
「さあリリカ、朝だよ、おはよう」
「……まだ暗いよ……」
「使用人ていうのはね、暗いうちから起きて働かにゃならないんだ。さあ、起きた起きた。顔を洗っておいで」
朝というより真夜中ではないかと思われる時間に外に出ると、真っ暗なヒヤリとした空気が頬を刺す。冬の冷たい井戸水で顔を洗うとたちまちのうちに目が覚めた。
「顔を洗ったかい。そうしたら暖炉に薪をくべるよ。ご主人様が目が覚めた時、暖かで快適な部屋にしておかなけりゃならないからね」
おばあちゃんと暖炉に薪を入れる。薪は結構重いし大きいしで、五歳のリリカが運ぶのは大変だった。苦労して運び入れた薪に火をつけてぼうぼうと燃やすと、部屋は柔らかな光に包まれ、居心地の良い暖かさに満たされる。
「さ、次は、家中の燭台に火を灯すよ。部屋が暗いと気分が落ち込むからね」
薄暗い家の中の照明器具に火を入れていく。まだカーテンを開けても外は暗いが、家の中は明るくなった。
「そうしたら次は朝食作りだ。井戸の水を汲んでおいで」
「はい」
リリカはおばあちゃんの指示に従いテキパキと動いた。
小さな体を懸命に動かし、重い滑車を引いて井戸から水を汲む。おばあちゃんはバケツ二つ、リリカはバケツ一つを持って家へと戻る。
持って帰った水に野菜をつけてゴシゴシ泥を落とすと、あまりの水の冷たさに手が真っ赤になった。
「よく見ていな。野菜の皮はなるべく薄く剥くんだよ。実を削ると勿体無いし、皮の近くには栄養がたっぷり詰まってるんだ。包丁の持ち方はこうだ。手を切らないように気をつけるんだよ」
「うん」
「パン作りに必要なのは、気温や湿度を把握しておくこと。それから分量をきちんと測ること。目分量で作ってはいけないよ」
「はぁい」
おばあちゃんはパン屋でパンを買わず、全てを一から手作りしている。リリカは教えに従って一生懸命にこねた。
やがて出来上がったのは、ふかふかの焼き立ての白いパンと野菜がたっぷり入ったスープ。それに半熟卵とカリカリに焼いたベーコン。
「どうだい、美味しいだろう」
「うん……! すっごく美味しい!」
リリカは目がキラキラと輝いた。
「こんなに美味しいものを自分で作れるなんて、すごいね!」
「すごくなんかないさ。使用人ならこれくらいできて当たり前なんだ。もっともっと色んな料理を作れなくちゃならないよ」
朝食が終わる頃にはようやく空が明るくなり始めた。
「よし、洗濯をしようかね。洗濯板でごっしごっしと力を入れて洗うんだよ」
切るように冷たい水に手を浸し、ひたすらに汚れ物を洗っていく。
「干す時はシワにならないようにピンと干すんだ」
張り巡らされた縄に洗濯物をひっかけ、ふぅと息をつく……暇はなかった。
「さて、次は家の掃除だ。この家は狭いからすぐに掃除が終わるけど、貴族様の住むお屋敷ならそうは行かない。素早く、しかし丁寧にやることが肝心だよ。じゃ、モップがけからだ」
リリカは身の丈の二倍ほどあるモップに振り回されつつ掃除をした。棚の上や燭台や窓は踏み台を使いつつ綺麗に布で拭き上げた。
「掃除が終わったら次は庭仕事だよ。使用人は庭仕事も当然できなけりゃならない」
おばあちゃんの家の庭は狭いながらも色とりどりの植物が植えられている。
「今は冬だから花は咲いてないけどね。春に向けて剪定しなけりゃならん。放っておいたら根腐れを起こしてダメになっちまうからね」
霜柱が溶けてびしゃびしゃになった、冬枯れの芝生を切ったり、伸びている生垣の手入れをしたりしているうちに午前中が過ぎていく。
「さて、そろそろ市場に向かう時間だ。はぐれないようについておいで」
おばあちゃんと一緒に市場へ行く。
「いいかね、良い野菜を選ぶコツはヘタを見るんだ。ヘタがしおしおしているような野菜は鮮度が悪い。シャキッとしているものを選ぶんだよ。それから肉は赤みがかって鮮やかなもの。魚は目がイキイキしているもの。間違っても適当に選んだんじゃだめだ」
家に戻ると昼食の準備。それが終われば今度は裁縫。
「繕い物は使用人の基本中の基本だ。それだけじゃない。衣装の裾を詰めたり、刺繍をしたりとできなきゃならないことはたくさんある」
そうして午後いっぱいを縫い物にあて、夕食を作ると、家中の燭台を消して暖炉の後始末をする。
リリカの生活は一変して、悲しむ暇なんてないくらいにやることが山積みだった。
掃除洗濯料理、庭仕事、買い物、裁縫。
それから薪割り、近所の子供の子守り、馬の世話、病人の介抱に至るまで実にさまざまな仕事先に出向いた。
また仕事だけでなく使用人としての作法や礼儀、貴族の常識に至るまで、おばあちゃんの持てるありったけの知識を授けられた。
目まぐるしい生活が十二年も経つ頃にはリリカはすっかりと一人前の使用人になり、十七歳のある日、とうとう住み込みで働くことになった。
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