第28話 心臓に悪い

大人たちが密かに夜中の侵入者を秘密裏に探している様子はしたけれど、結局は何の物的証拠も見つからなかった様だった。実は僕はテラスの側の生垣に隠した衣装が見つかってしまうと思ったのだけれど、執事たちは城の中にだけ目を配っていたので、運良くそちらへ視線が向かわなかった様だった。


実際ルークが僕と会ったのが夢オチでは無いと、話の流れで発覚したせいで、僕は城の中、子供部屋の周辺で煙の様に居なくなった事になったのだから。



ガブリエルを怖がらせない為か、ガブリエルに対して『僕のこと』を直接聞かれなかったのは良かった。流石に執事に執拗に尋問されたら、ガブリエルも7歳の子供だ。簡単に話してしまったかもしれない。


ガブリエルは僕と二人だけで行動できる庭園を散歩しながら、ヒソヒソと僕に話しかけた。


「もしかして、昨日の夜ジュニは誰かに人間の姿を見られたの?兄上とマイケルが、城に誰か侵入したみたいな事コソコソ話していたのを聞いたんだけど。ふふ、僕たちだけが秘密を知ってるのは、ちょっと気分が良いね?」



そう言ってご機嫌に笑っていたけれど、僕はカワウソの引き攣り笑いしか出来なかったよ。結構なヒヤヒヤものだったんだ。ガブリエルを信用してない訳じゃないんだけどね、実際僕が人間とカワウソに自由に変身できる事の、何か絶対的な理由づけが必要なんじゃないかな。


そうしないと、僕はこの城から逃げ出して、王都にも居られなくなって、それこそ山奥に引っ込むか、人間として旅に出るかしないといけないんだ。化け物呼ばわりされるのはごめんだからね。



僕が何度も記憶を辿っても、気がついた時にはカワウソとしてあの滝壺の辺りで泳いでいたことしか思い出せなかった。確か僕は岩場に登って、自分の身体を驚きを持って見つめたんだ。小さな肉球の手と、なめらかな毛皮、水かきが大きくついた足や、バランスを取るのに便利なしなる尻尾…。


頭に触れれば、小さめの耳がちょこんと飛び出てるのが分かったし、思わず呟いた僕の声が、何処かで聞き覚えのある超音波の様なキューという音で発せられた時、僕は自分がコツメカワウソになってしまったんだと一瞬で悟ったんだ。恐る恐る、浅瀬の淀みに顔を覗かせれば、思った通りの可愛いコツメカワウソの顔が僕を見つめていた。



ショックはショックだったけれど、僕は望めば人間にもなれる事がわかって、ある意味達観したんだ。分からない事を考えても意味はないって。けれど、やっぱりあの時、もっとあの周辺を色々探すべきだったのかもしれないな。


僕はなんとかしてもう一度、サウリ山の滝壺へ行ってみる必要があるんじゃないかなと思った。ただ、どうやってそれを成し遂げるのか、それが問題だったけれど…。


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カワウソの僕、異世界を無双する コプラ @copra

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