もうひとつの顔

第8話 夜の徘徊

僕は大きく伸びをした。久しぶりの人間型は妙に身体が軋む気がする。山の中では好きな時に人間型に変身していたが、捕らえられてからは、全然チャンスが無かった。


素っ裸なのは心もとないけれど、かと言って7歳のガブリエルの部屋には、僕が着られそうなサイズの服は置いてなかった。そっとガブリエルのベッドを覗き込んで、ぐっすりと眠っているガブリエルの柔らかな金髪にキスすると、そろそろと部屋を横切った。



人間型になっても、僕の耳はよく機能してくれる。原理は分からないけれど、まぁ僕がカワウソと人間、どちらにも自由に変身できる事も理解できないのだから、考えても意味はない。


この時間は召使い達が使用人棟で食事をしたりしていて、この居住棟にはひと気が無い。ただ、執事の部屋はあるので、注意は必要だった。



僕はそろそろと廊下に出ると、目指す部屋へと脇目を振らずに向かった。召使い達に世話を受ける時に目配りしていた僕は、衣装部屋をチェックしてあったんだ。僕は廊下に置いてある花台の花瓶の下から、衣装部屋の鍵を取り出すと、解錠してスルリと中へ入った。


窓からの月明かりと、なぜか夜目の効く僕の視力で、吊るされた服を掻き分けてサイズが合いそうなものを探した。多分ルークお兄ちゃんが着ていた、数年前のものが良さそうだと考えておいたお陰で、そう時間が掛からずに目指すものが見つかった。



流石に伯爵令息の着ていた服は手触りも良かった。地味なものにしたものの、こんな良い服で出歩いたら、かえって目立つかもしれない。けれども他に選択肢もなかったので、手早く身につけた。


下着や靴下、靴もひと揃い別の棚にあったので、僕は久しぶりに、いや、この世界で人間に変身して初めての服を身につけた。懐かしい気持ちにさせるその感覚は、やはり以前何処かで、僕が人間として暮らしていたことを証明していた。



僕は扉に耳をそば立てて、ひと気が無いのを確認すると、スルリと廊下に出た。そして、周囲を窺いながらあまり使われていない階段を選んで急いで降りると、庭に続くテラスへと忍び出た。僕はテラスから庭木に沿って目立たない様に歩くと、目的地の噴水に辿り着いた。


ここに僕の軍資金が隠してあった。ガブリエルと遊んでいる時に、僕が光るモノが好きだと気づかせて、コインを投げる遊びをさせたんだ。コインを種類別に集めてみせたおかげで、それを見たさに使用人までが噴水にコインを投げ込む様になった。



噴水は案外深いので、人間が取り戻すには服を脱がないといけない。多少は返してやったが、結局噴水の底には数え切れないくらいコインが沈んでいた。


僕は時々、隙を見てそのコインを噴水の窪みに隠した。使用人が水底のコインをいつ網で掬っても良い様に、僕の手元に軍資金が残るようにしたんだ。けれど、案外伯爵家の給料が良いのか、噴水のコインはそのままになっていた。



僕は噴水の窪みから別置きしていたコインをベストのポケットに入れると、また建物の壁に沿って歩き出した。暗い中を歩き進むと、窓から灯りと声が聞こえた。使用人棟にたどり着いたみたいだ。僕は城の裏門に向かって急いで歩き進んだ。


突然僕の目の前に、ヌッと大きな男が姿を現した。男は僕を見下ろすと、訝しげにジロジロ見つめた。あれ?これってまずいやつ?





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