第30話 学園生活を楽しんでこい

 入学式の朝。兄さんと一緒に朝食を取った後、制服に着替えて通学の準備をする。まだ兄さんには制服姿を見せていなかったので、今日がお披露目だ。


「どうかしら?」

「似合ってるぞ……って、女性用じゃないか!?」

「ミランダ様が学校に問い合わせてくださって、この格好でも問題ないって」

「ミランダ嬢か。彼女も女性なのに男子用の制服を着ているらしいな。流石はヘンストリッジ家のご令嬢だ」

「じゃあ、行ってきます!」

「ああ、気を付けて行ってこいよ。学園生活を楽しんでこい」

「はい!」


 学園までは馬車で十分ほど。パトリシア様が一緒に乗せてくださると仰ったけれど、下の身分の私がいつもパトリシア様と一緒では迷惑がかかってしまうかも知れないので、私は歩いて通学することにした。私の足なら歩いてもそんなに時間はかからないし、学園に行けばいつでも彼女に会えるのだから。


 ワクワクしすぎて家を出るのが少々早かったのか、学園に着くとまだほとんど新入生は来ていなかった。正門近くでは引率のために生徒会の方々が集まっておられて、ミランダ様が私に気付いてくださる。


「おはよう、マリオン。随分早くに到着したね? パトリシアは?」

「私は歩いて参りましたので……少し早く来すぎてしまいました」

「フフフ、昨日は良く眠れたかい? ラリーは興奮してあまり寝てない様だったけど」

「私も同じです。ドキドキしてしまって」

「私も入学する時はそうだったさ。懐かしいな」


 ミランダ様とお喋りしていると、やがてちらほらと入ってくる馬車が増えてきた。その中に見慣れた馬車もあって、降りてきたのはパトリシア様……いえ、学園ではパトリシアと呼ぶんだったわ!


「おはよう、マリオン! お姉様も!」

「おはよう、パトリシア」

「おはようございます」


 パトリシアはあまり緊張した様子もなく、流石だな、と思う。入学式ではフランツ様が在校生代表、パトリシアが新入生代表で挨拶されるそう。


「パトリシアは緊張しないの?」

「まあね。王族は人前でスピーチすることも結構あるから、慣れちゃったかな」

「頼もしいね。フランツは緊張で失敗しない様に、一人部屋に籠もって練習しているよ」

「生徒会長になると言うのにそれでは先が思いやられるわね、お兄様は」


 三人で談笑している内にどんどん人も増えてきた。入学式には父兄も参加するので、先日の卒業パーティーの様な賑わいだ。私たちもミランダ様に促される形で講堂へ。パトリシアが登壇する都合で一番前の列に座ることになり、余計に緊張してしまう。


「ううう、こんなに緊張するとは思いませんでした」

「ほら、マリオンも男の子なんだから。それにあなたが登壇するわけじゃないでしょ? そこで私を見守っててよ」


 そう言ってパトリシアが手を握ってくれたので、ちょっとだけ緊張が解れた気がする。少し遅れてラリー様も来られて、私と反対側のパトリシアの隣に座った。後ろを振り返ると席はほとんど埋まっていて、ほどなく式の開始が告げられた。


 学園長の挨拶から始まって来賓の多分偉い方々の話が続き、新生徒会長であるフランツ様の挨拶、そして最後はパトリシアが登壇。喋り始める前に私に向かって軽くウインクしてくれたのがとても嬉しかった。彼女のスピーチはとても堂々としていて、やっぱり王女様なんだと改めて感心する。私はメイドとして王宮に入ったのに、王族の方々やその周囲の方々とも知り合えてとても贅沢なんだわ。


「ねえ、どうだった?」

「とても素敵でした! パトリシアはやはり王女様なのですね。壇上のあなたはとても輝いて見えました」

「もう! そんなに褒められたら照れるじゃない!」


 私に抱きつきながらチラっとラリー様の方を見るパトリシア。


「何だよ!」

「あなたの感想はないわけ?」

「ま、まあ流石だよな。代表に相応しい挨拶だったと思う」

「そう? ありがとう」


 パトリシアにそう言われ、ポッと頬を染めるとそっぽを向いてしまったラリー様。照れておられるのかしら?


 式が終わるとクラス分けが発表されて、私とパトリシア、それにラリー様も同じクラスだった。一クラス四十人が三クラス。一クラス内は男子が二十五名で女子が十五名。これから二年間、このクラスで過ごすことになる。クラス合同の授業などもあるらしいから、沢山の方々とお友達になれるといいなあ。


 教室に移動すると男女分かれて座る様に言われたので、私は男子の列へ。当然この服装なのでジロジロ見られるわけで、女子たちからもヒソヒソ話が聞こえる。そんな中パトリシアだけはちょっと意地悪そうに微笑んでいた。助けて……くれないわよね、離れてるし。


「君、君、女子はあっちだよ」


 親切にも、隣に座っていたメガネをかけた賢そうな男子が教えてくる。


「いえ、あの……」

「そんな服装だけど、そいつは男だよ。全くそうは見えないけど」


 と、私が答える前に後ろに座っていたラリー様がフォローしてくださった。暫く間があって、教室中が一気に驚きの声で満ちる。


「えーっ!! ウソだろ!?」

「本当です。男です」

「信じられん……」


 ガヤガヤしているところを担当の教師に注意されてようやく静かになり、出席確認が始まった。


「マリオン・ランズベリー」

「はい!」


 教師からは特に何も言われなかったのは、ミランダ様が予め伝えておいてくださったお陰かしら? 元々そうなのか、ミランダ様と言う前例があるからか、学園はその手のことに関しては比較的寛容なんだそう。願わくは生徒の皆もそうであって欲しいんだけど……注目を集めてしまうのは仕方ないわね。


 教師から一通り注意事項などの説明があり、この日は解散となる。終業した途端に私の周りには人だかりができ、男子に囲まれるのかと思いきや彼らを押しのける形で女子の輪が……当然その中にはパトリシアもいた。


「本当に男の子なの!? その見た目で!? そんなに可愛いのに!?」

「ねえねえ、なんで女子の格好を? 一体どういう生活したらそんなに美人になるの? ランズベリーって北の方の辺境地じゃなかったっけ?」

「えーっと……」

「ダメダメ! マリオンが困ってるじゃない! 彼女は私の命の恩人なんだから……」


 パトリシアが庇ってくれて、王女様の言うことだから皆素直に従っていたけど、


「質問は一個ずつ順番ね!」


と、結局質問することは許容してしまった。


「パトリシアー」

「洗礼だと思って我慢しなさい。皆、あなたに興味津々なんだから。ほらほら、男子側の整理はラリー、あなたがやりなさいよ」

「なんで僕が!」

「あなただって、マリオンを見た時照れていたでしょうが!」

「そ、それはそいつが男だって知らなかったからだ!」


 結局ラリー様も巻き込まれてしまい……でもそのお陰か男子も輪の中に入って質問大会の様になり、色々答える羽目に。しばらくそんなことが続き、皆もそれなりに納得してくれた様子。ふう、良かったわ……そう思ったのも束の間、皆の間では今後私を男子として扱うか女子として扱うかと言う話に。


「……女子だな」

「女子ね」

「女子で決まりね」


 なぜかそこだけは満場一致。


「じゃあ、よろしくな、マリオン」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 嬉しくて満面の笑みで返すと、しばらく間があって男子は顔を背けてしまう。パトリシアを始め女子たちはクスクスと笑っていた。


「マリオンも、女子扱いだからと言って男子のハートを掴みすぎない様に注意しなさいよ!」

「ハートを、ですか? でも、私、男ですよ? ねえ、ラリー様」

「そ、そういう所だよ! ほら、もう帰る時間だから行くぞ!」


 男子がゾロゾロと部屋を後にし始めたので、私もパトリシアと一緒に教室の外へ。とにかく、パトリシアとラリー様のお陰でクラスに溶け込めた気がする。


「ありがとう、パトリシア。お陰でクラスの皆に認めてもえました」

「私が言わなくても、皆あなたのことを認めたと思うわよ。マリオンはそれだけ魅力的なんだから」

「そうですか?」

「そうよ!」


 男と分かってもこうやって腕に抱き付いてきてくれるのは本当に嬉しい。彼女とはこれからもずっと、こんな関係を続けていけるだろうか。


「でも、私の手を煩わせたバツとして、帰りは私の馬車で王宮に戻ってもらいますからね! まだまだイッパイ、あなたと喋りたいの!」

「私もです。じゃあ、お邪魔しますね」

「やったー!」


 学園生活初日は予想以上に慌ただしく、そして充実した一日となった。まだまだクラスメイトとは打ち解け切れていないけれど、パトリシアやラリー様もいてくれるのできっと大丈夫。学園にはミランダ様もおられるし、王宮に戻れば兄やメイドの皆さんも。ここ数ヶ月で周りの環境は大きく変わったけれどこんなにも皆さんから助けて頂いているので、私は王都で頑張っていけそうだと実感している。これもあの方が授けてくださった加護のお陰かしら? それとも母さんが導いてくれてるの? 今は自分のことで精一杯だけど、私も皆の役に立てる様に頑張らなくちゃ。さあ、入学式も終わったし明日からは学園生活の本番よ!

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