第29話 婚約を提案したのは俺だ
マリオンが夕食を準備してくれて、三人でテーブルを囲む。貴族のディナーと言うわけではなくいわゆる庶民の料理だったけど、優しい味でドミニクはがっついて食べていた。彼らの母親は早くに亡くなっていて、ドミニクが王都に出てくる前の数年間はマリオンが料理を担当していたらしい。ドミニクにとって彼女……じゃなかった、彼? あー、もう彼女でいいや……とにかくマリオンの料理は『故郷の味』なんだそう。それにしても、あなたクエイル領ではちゃんとしたものを食べてたの?
美味しい料理があれば会話も弾む。やがて話題は私たちが学生だった頃の話になって、マリオンは興味深そうに聞いてくれていた。
「シャロン様と兄さんはどの様なご関係なんですか?」
「最初はこいつが俺にちょっかいかけてきたんだ」
「ちょっと! ちょっかいとは失礼ね。一人で寂しそうだったから話しかけてあげたんじゃない」
「寂しくなかったし!」
確かに、『寂しい』と言うのとはちょっと違ったかしら? フレーザー家は王都近郊に広大な領地を持つ有力貴族。王族にも協力的で位も三位なので、王都内にも大きな屋敷を持っている。私は生まれた時から王都にいて、小さい頃から学ぶことが好きだったから家にある本も片っ端から読んでいたし、貴族令嬢としての様々な教育も受けていた。そのお陰で学園入学前から社交界でも『才女』として名が通っていて、学園に入ってもトップの成績を取る自信があった。あの頃は……ちょっと自惚れてたなあ。
学園に入るとすぐに個人の学力を測るためのテストがある。ここでダントツの一位を、と考えていたけれど結果は三位。一位はグラハムで、彼は王子だし昔から『天才』と言われていたのでまあ納得できた……いや、負けたのは悔しかったけど! しかし二位は田舎貴族の子息で、名前も聞いたことがない人物、それがドミニク・ランズベリーだった。
ドミニクは見るからに無愛想でどこのグループにも属しておらず、いつ見ても一人でいる様な生徒。ただ目つきは鋭く、常に何か本を読んでいた。放課後に図書館に行くといつも端の方の同じ席にいて、堆く積んだ本に埋もれて何かまとめていた。まだ授業も始まったばかりなのに、何をそんなに……と思っていたけれど、後から本人に聞いた話では、その時点で二年生の授業内容まで学んでいたらしい。
第一印象が悪かったのでその時は関わりを持とうとは思っていなかったけれど、彼に興味を持ったのは中間試験の結果を見た時だ。あれだけ勉強していたはずなのに、ドミニクの順位は十位。上位八人は生徒会から勧誘されて例年全員が入っているけど、ドミニクは生徒会には入らなかった。一位はグラハムで二位は私……なんか釈然としなかったのを覚えている。
そんな彼に最初に話しかけたのはグラハムで、何が気に入ったのかドミニクに良く絡みに行っていた。最初は煙たがって距離を置いていたドミニクだったけど、根負けしたのか二人で話しているのを良く見かける様に。その後暫くしてから私も彼に対する興味を抑えられなくなって図書館で声をかけ、授業内容などについてあれこれ喋る様になった。私が良く知っているつもりの分野でも、ドミニクの方がより深く知っていることが多かったわね。
「ずっと不思議だったんだけど、あなたの中間試験以降の成績っていつも十位とかその辺りだったじゃない? どうして成績が落ちたの?」
「俺は別に生徒会に入りたいわけじゃなかったからな。最初はちょっとだけ加減して、それ以降は生徒会の奴らよりも成績が良くならない様にしていた、それだけだ」
「じゃあ、わざと悪い点を取ってたってこと!?」
「悪かねーよ。俺は卒業後に官僚になれればそれで良かったからな。十位前後でも十分だったんだ」
「グラハムはともかく生徒会メンバーの残り七人より悪い成績って、どうやって調整したのよ」
「最初の試験結果と、それ以降の授業態度やテストの結果を見ていれば、お前たちの学力がどの程度かぐらい推測できるだろう」
何よそれ!? 今更だけど、どれだけ頭いいのよ。普通、そんなこと推測しないでしょう。
「俺は別に天才ってわけじゃないぜ、情報を収集していただけだからな。グラハムのヤツはまさに天才肌だ、ちょっとの情報から的確に答えを導きやがる」
「情報収集して答えが出るなら、あなただって十分頭はいいでしょう」
「俺は興味あることしか情報収集しないからな。お前の様に広くなんでも知ってるわけじゃないぜ。まあ、人それぞれってことだろう」
そうだった、グラハムも良く言っていたけれどドミニクが優れているのは洞察力で、情報収集はもちろんのこと彼は人を良く観察していた。同級生の名前や出身も全部覚えていたし、それだけではなく教授たちのことも良く調べていた。授業中、ドミニクに言い負かされた教授も多かったものね。
「そんなあなたが良くグラハムの秘書官になったものよね。官僚は官僚だけど、あなたはもっと中央に入り込むと思ってたわ」
「俺も最初は断ったんだけどな。あいつが『どうしても』って言うから、交換条件を出して了承したんだよ」
「交換条件って、この家のこと?」
「この家はおまけだ。俺は田舎貴族で王都や他の領地の貴族とは繋がりがないから、あいつにくっ付いて顔を売ってるんだよ。国王や王子に面会を求めるヤツは腐るほどいるからな」
「社交界なら私だって顔が利くから、言ってくれればいいのに」
「茶会や舞踏会なんか興味ねーから」
確かに、あなたはそう言った場に来たことないわね。一年生の時も二年生の時も、卒業パーティーではどこに行っていたのか全然姿を見なかったし。あれ? よく考えたら一年生の時先輩方の卒業パーティーに、生徒会に入ってないドミニクも会場に来てたよね? グラハムに誘われたのかな?
「一年生の時、卒業パーティーにあなたも会場に来てたわよね? 何してたの?」
「柱の陰で一人飲み食いしてたぜ。本当は早々に帰りたかったが、お前たちの婚約発表を見たかったからな」
一年生の終わり頃には私もグラハムとはかなり親密になっていたけれど、婚約までする予定はなかったんだ。彼のことは尊敬していたし好きだったけれど、私の様な気の強い女性を選ばずとも彼の周りにはもっとおしとやかな貴族令嬢たちが沢山群がっていたのだから。それが卒業パーティー直前に彼からプロポーズされ、私としても断る理由がなかったので申し出を受けた。その後フレーザー家ではちょっとした騒ぎになったけど、私は彼の婚約者になれたことを今でも嬉しく思っている。
「グラハムは婚約のことを『誰にも言ってないから、卒業パーティーの最後に発表して驚かせよう』って言ってたはずだけど、あなたには前もって伝えたってこと!?」
「何言ってやがる。グラハムとお前の婚約を提案したのは俺だ」
「なんですって!?」
初めて聞いたわ! それじゃあ私はあなたの掌の上で転がされていたってこと!?
「どう言うことよ!」
「勘違いするなよ。グラハムはずっとお前のことが好きだ、好きだと言っていたんだ。しかし王子と言う立場上、あいつの周りには他の令嬢も沢山いたし王宮では見合いの要請も引っ切り無しだった様だから、俺がそいつらの情報を調べてお前と婚約することが如何に有益かまとめてやったんだ。グラハムとお前が卒業パーティーで婚約を発表してそこにいた多くの貴族たちに事実を知らしめ、その後俺の作った資料を元に両陛下やお前の両親、それに王宮内部の者たちを説得する。それが俺たち二人で考えた筋書きだ」
「それならそうと、教えてくれても良かったのに……」
「事前にお前に教えたら、ニヤニヤしてバレるだろ? お前、パーティー前日にプロポーズされて、パーティー当日はめちゃめちゃ幸せそうな顔してたからな」
幸せだったんだからしょうがないでしょ! もーっ! どちらにせよグラハムと婚約できたのはあなたのお陰ってことじゃない。
「一応、礼は言っておくわ。有り難う……」
「グラハム様とシャロン様はとてもお似合いだと思います! 兄さんが力添えしなくても、その内婚約されたと思いますよ」
「有り難う、マリオン。でも、婚約があなたのお兄さんの進言によるものと分かって、今ちょっと腹が立ってるわ」
「マリオンに当たるんじゃねーよ。言っておくが、グラハムがお前を好きだったのは婚約よりずっと前からだからな。あいつ、二人で話しているときに急にお前の話をしだすから、さっさと婚約しろってずっと言ってたんだ」
「私の話って何よ」
「……それは本人に聞け」
「そこまで言ったんだから、言いなさいよ!」
「あー、もう! うるさい女だな、お前は。普段は気が強いのに褒めると急に照れて可愛いとか、もっと親密になるためにプレゼントしたいから、お前の好きな物を調べろとかそういう話だよ!」
「!!」
自分で聞いておきながらまさかそんな内容とは思わず、マリオンの前なこともあって真っ赤になってしまう。彼女の方を見るとニコニコしていて、隣に座っていた私の手をゆっくりと握った。
「お二人がお互いに信頼し合っておられるのは、先日の卒業パーティーで並んでおられたお姿を見て良く分かりました。ちょっと口は悪いですが、家族や友達思いのいい兄なんです。お二人の婚約を一番喜んでいたのは兄だと思います」
「余計なこと言うんじゃねーよ」
「だって、興味がなかったら提案したり、結果を柱の陰から見守ったりしないでしょ、兄さんは」
「フンッ!」
なーんだ、あなたも私たちのこと、応援してくれてたんじゃない。いつもブスッとしてるから読みにくいのよ、あなたの表情は!
「マリオンは本当にいい子ね。あなたの弟だなんて信じられないわ」
「こいつは俺と違って素直に育ったからな」
そう言いながらマリオンの頭を撫でるドミニクの表情は優しくて、そんな顔もできるんだ……と驚いてしまう。それだけにマリオンと言う存在が惜しい。彼の弟ではなく、余所の女性だったら本当にいいお嫁さんになるだろうに。
「あなたは婚約しなくていいわけ?」
「俺と結婚したらランズベリー領に来ないとダメになるからな。正直、そんな物好きな貴族は王都周辺にはいないと思うぞ。それに今はまだ時期じゃない。目的を達成してからでも遅くないさ」
「しょうがないから、社交界で私も探しておいてあげるわ。いい子が見付かったら押し付けてあげるから覚悟しなさいよ」
「おせっかい女め」
その悪態も感謝の気持ちとして受け取っておくわ。ドミニクとは学園でも卒業してからもずっとこんな調子で、私にとっては気が置けないお喋り相手。彼が王都を離れていて一年以上喋っていなかったから今日は沢山喋るつもりでここに来たけれど、色々収穫もあったわね。しばらくは王都勤務になるとグラハムも言っていたしマリオンの料理も気に入ったから、また喋りに来てあげる。今度はグラハムを引っ張ってこようかしら? 楽しみにしてなさい!
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