第14話 首の部分をこうスパッと

 今日は朝からメイドたちの間でも魔物の話で持ちきりだ。そりゃ貴族や官僚があれだけ騒いでいれば、私たちの耳にだってすぐに入ってくる。魔物か……王都の周りで魔物が出たとか討伐されたとか言う話は、子供の頃以来聞いたことがない。もうすっかり魔物なんていなくなってしまったのかと思っていたけど、いる所にはいるんだわ。


「ねえねえ、ちょっと聞いた、ニッキー? 魔物が出たんだってー。王宮から討伐隊を出すらしいわよ」

「聞いた、聞いた。物騒だよね。ここまで来なけりゃいいんだけど」


 ローナの耳にも話は届いていた様で魔物の話で盛り上がっていると、作業を終えたマリオンが戻ってきた。


「お疲れ様です、ニッキーさん、ローナさん」

「マリオンもお疲れ。マリオンは知ってる? 王都の近くに魔物が出たって」

「魔物ですか? 今初めて聞きました。王都の近くにも魔物っているんですね」

「ここ十数年は聞いたことなかったわよ。噂では大蛇みたいな魔物で、人も食べちゃうんだって」

「まあ! それは大変ですね」


 と、言いながらも別段怖がっている様子もないマリオン。そう言えば元いた領地では魔物退治もやっていたんだっけ? 巨大なイノシシを狩ってしまうぐらいだから、この子だったら本当に魔物も倒してしまうかも……いや、しかし相手が大蛇だとそれも無理かな。


「それで、魔物退治にはいつ行くんですか?」

「討伐隊が組まれたって聞いたよ。近々出発するんじゃない?」

「皆さんは行かないんですか?」

「行くわけないでしょ、あんたじゃあるまいし! いや、あんたも行かなくていいからね!」

「うーん、そうなんですね。ウチの領地では皆で行くのが一般的でしたが……」

「いや、それでも女子供は参加しないでしょう、普通」


 まったくこの子の常識は私たちのそれから大きく逸脱してるわね。それから話題は『魔物は食べられるかどうか』となって、マリオンの話では食べられるらしい。蛇の魔物の肉は基本的には普通の蛇と一緒で、鶏肉や白身魚の様に淡白な味なんだとか。


「なので、濃い味付けの方が美味しいですね」

「そ、そうなんだ。私は遠慮したいなあ」

「私も。それだったら鶏肉でいいや」

「食べたいならいつでも言ってくださいね。蛇ぐらいならいつでも狩ってきますので」

「いやいやいやいや、いいから! 絶対にいいから!」


 マリオンなら本当に狩ってきそうなので、ローナと一緒に全力で否定。蛇肉が寮の夕食に出てきたら、流石に皆食事を拒否するだろうし。



 この時は大蛇の魔物なんて実感がなく冗談半分に話題にしていたけれど、数日後には状況が変わっていた。騎士団を中心に魔物の討伐隊が結成されて西の山に向かったものの、大きな損害を被って戻ってきたらしい。当然そのことはすぐさま王都中に広がり、人々の間に不安が広がり始める。もしこのまま討伐できなかったら……その大蛇が王都にまでやってくる!? 話だけではどれほど大きいか想像できない部分もあるけれど、噂では頭だけで人よりも大きいとか兵士を何人も飲み込んだとか……控室でも皆が怖い、怖いと言っている中、マリオンだけは至って普通だ。


「今日はパトリシア様にお菓子を頂いたので持ってきました。皆で頂きましょう」

「あ、うん、ありがとう……あんたは大蛇とか気にならないの?」

「そうですね……蛇やトカゲの魔物は、滅多なことでは人に危害を加えないと思うんですけど」


 いや、そう言うことじゃなくてね。大蛇が王都に来てしまったらとか考えないわけ? ここで私たちが『倒して』と言えば彼女は魔物退治に行ってくれるだろうか……いや、いかにマリオンでもそんな魔物を相手にするのは無理だろうし、それにもし彼女が簡単に討伐してしまったら夕食に蛇肉が出てきてしまうかも知れないわ。


「ち、因みにだけど、蛇の魔物ってどうやって倒すのかな?」

「種類によっては毒がありますので、首の部分をこうスパッと切り落として、皮を剥いだ後に輪切りにして食べるんですよ。大きいものなら一切れでもかなりボリュームがあります! 小さい普通の蛇はぶつ切りか姿焼きですね」

「首を?」

「スパッと!」


 と、ニコニコしながら答えたマリオン。いや、食べ方は聞いてないんだけどね。


「噛まれたりするの?」

「毒があってもなくても、大きいものは顎の力も強いですから、噛まれたらまず助からないですね。後は丸呑みにされてお終いです。蛇の顎ってこうガバッと外れて、大蛇だと牛を飲み込んだりもするのですよ!」


 うっ……だんだん怖い、と言うか気持ち悪くなってきちゃった。なんであんたはそんなにニコニコして楽しそうに話すんだか。まあ聞いた私も悪いんだけど、取り敢えず話題を変えよう。どうせ私たちで何とかなる事案でもないし、今マリオンに聞いた様な化け物だったらもう諦めるしかないわね。討伐隊になんとか頑張って貰わないと!



 数日後、第二次の討伐隊が王都を出発する。切羽詰まっているこの状況で皆の期待はとても高く、行軍する討伐隊の人たちは皆緊張した面持ち。そんな兵士たちに対し、人々は願いにも近い声援を送っていた。多分今回の討伐が失敗すれば、王都自体が危なくなることを皆分かっているんだ。


 しかし今回の討伐隊はあっさり帰ってきた。兵士たちに戦った様子はなく、向かった時とは全く違う安堵の表情。彼らは頭が切断された大蛇を持ち帰ってきて、それはつまり王都の危機が去ったと言うこと。張り詰めた様な王都の空気も和み、王宮内のあちこちで討伐成功を祝う言葉が聞かれた。


「ねえ、ちょっと見た? あの大蛇」

「見た見た、私、昨日街へ買い物に行ってたんだよね。そしたら討伐隊が帰ってきてさあ」


 昨日非番だったローナは、買い物途中で騒ぎを聞き付けて討伐隊の凱旋を見にいったそうだ。大蛇は噂通りの大きさで、切り離された体の方は見たこともない大きな荷馬車に乗せられていて、あり得ないほどの胴回りだったらしい。


「思った以上にでっかかった! マリオンの言った通り、牛ぐらい飲み込めそうだったもん。良くあんなの倒せたよね」

「それがさあ、知り合いの兵士に聞いたんだけど……」


 王宮内で討伐に参加していた兵士曰く、討伐隊が西の山に到着してみると大蛇は川辺で既に息絶えていたらしい。森の木々は激しく荒らされていて何かしらの戦闘があったのは間違いないそうだが、蛇に付いていた傷は首の切断痕一つだけ。更に蛇の近くには縄で捕縛された男も転がっていたそうだ。


「その男って何なの?」

「そこまでは知らないけど、大蛇となんか関係があったんじゃない? でも、誰がやったんだろうね……」


 と、言いながら私の頭の中には一人の人物が浮かんでいた。ローナもきっと同じ人物を思い浮かべたに違いない。

 

「ま、まさかね」

「ハハ……ハハハ、いや、流石にそれはないでしょ。あんな大蛇……」


 可能性が捨て切れないのが怖いところだけど、噂をしているとその人物が控室に入ってくる。


「おはようございます!」

「おはよう、マリオン。あ、あのさあ、あんた昨日の夜は何してたの?」

「私ですか? パトリシア様にお借りした本を読んでいました。自分で言うのもなんですが私はそんなに頭が良くないので、入学前に読んでおく様にとパトリシア様が……」

「そ、そうなんだ。頑張ってるんだね。あ、そうそう、例の大蛇、討伐されたらしいよ」

「本当ですか!? 良かったです。これで王都は安全ですね」


 うん、やっぱり考えすぎだったみたいだね。大蛇の皮は凄く硬くて兵士が斬りかかっても切れなかったらしいし、如何にマリオンの力が強いと言っても一刀両断なんてあり得ないもんね。まだちょっと引っかかる部分はあるけれど、とにかく大蛇の恐怖は去ったわけだし、今日も仕事を頑張りましょうか!

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