第13話 人食い大蛇の魔物ですって
「失礼します、兄上!」
「呼び立ててすまないな、フランツ。ミランダも一緒に聞いてくれ」
「はっ!」
兄のグラハムに呼ばれて部屋を訪ねる。四つ年上の兄上は既に王宮内で働いていて、次期王としての呼び声も高い。次男の僕が兄上を飛び越して王になることはないだろうから、間違いなく兄上が次期王座に着くことになるだろう。小さい時からとても頼りがいのある、僕の自慢の兄だからな。
「先日の狩猟大会はすまなかったな。私は所用で王都を離れていたから、協力できなくて」
「問題ありません。あの程度なら私でも何とかなりましたので。ミランダも手伝ってくれましたし」
「そうか。二人とも良くやってくれて感謝しているよ。それで、その時の話を少し聞きたいと思ってね」
執務机の前に立つと、兄上が紙を一枚差し出した。そこに描かれていたのは凶暴そうなイノシシで、『ケンドールの怪物』と書かれている。
「これは?」
「パトリシアが言っていた巨大なイノシシと言うのは、恐らくこいつだ。猟師の間では凶暴なことで有名で、この様な注意書きが出回るほどだったらしい」
「こんな怪物がパトリシアを……申し訳ございません、兄上。僕がもっと良く調べておけば」
「いや、気にすることはないさ。この注意書きが出回っていたのは西の山より向こう側、更に山を二つほど越えた街だからな」
そうか、ケンドールと言う名前はどこかで聞いたことがあると思っていたが、兄上の言われた通り王都よりかなり西、クエイル領にある街だ。
「ケンドールにもそのイノシシが狩られたことが伝わった様でね、ちょっとした騒ぎになっているらしい」
「しかし、その怪物の話は我々以外知らないはずでは……」
「数日前、王都にある商会に巨大なイノシシの毛皮と牙を売りに来た者がいたそうだ。そこから広まったんだろうな」
「ああ……」
パトリシアの話によれば、その人物はマリオンと言う王宮勤めのメイドらしい。ミランダも彼女のことがお気に入りで最近良くその名前を聞く。彼女の噂は兄上の耳にも入っている様だった。
「私も一度そのメイドには会ってみたいものだが、今は置いておこう。それよりもなぜその怪物が西の山まで来ていたか、だ」
「野生動物ですから、気まぐれに移動してきたのではないですか?」
「それも考えられる。しかしケンドール付近の山や森で、最近良く魔物が出没しているらしくてな。私はその影響ではないかと考えている」
「魔物……ですか?」
「そうだ。王都周辺ではここ十数年は出没していないが、地方ではまだまだ数が多くて魔物討伐が行われているのさ」
魔物……人間に害を為さなければ野生動物とさほど変わりない存在だが、中には非常に知能が高く攻撃的な種族もいる。その姿も様々で巨大な猿の様なもの、巨大なトカゲや大蛇、双頭の狼、そしてドラゴン。彼らは魔力を帯びていて、同じく魔力の強い人間には野生動物との差が一目瞭然に分かると聞いた。
王都があるこの地は元々多くの魔物がいた地域で、そこに我々の先祖がやってきて魔物を討伐し王都を建立したとされている。十数年前までは頻繁に魔物討伐が行われていて、その結果近隣に魔物はいなくなったと学園でも習ったが……僕は地方の実情までは知らなかったな。
実は王族、それに二位や三位の貴族は魔力が強いとされる家系だ。僕やミランダも魔力を持っているのだろうが、実際に魔法を使用することはない。基礎的なことを学園では学ぶが、それを使う局面はないのだから。それでも『魔法師』と呼ばれる職業の者はいる。王都にいる魔法師は主に魔法による治療を行う者で、その他いわゆる生活魔法を使っている者も。過去には王宮所属の魔法師がいて魔物退治で活躍していたそうだが、今はもうその姿はない。
「まだ王都の近くに魔物が出たという報告は聞いていない。しかし、この様な兆候があることは心に留めておいてくれ。お前たちが討伐に駆り出されることはないが、何かあった時に学園の生徒を避難させるのはお前たちの役目だからな」
「承知しました! 兄上」
兄上の部屋を出てミランダと話しながら廊下を歩く。流石のミランダも魔物と聞いては神妙な面持ちだ。
「それにしても魔物とは……我々とは無縁の存在と思っていたけどね」
「そうだな。僕も今どき魔物なんて、とは思ったが、先日の狩猟大会の件を考えればあり得ない話ではないさ。むしろ、パトリシアが襲われたのが魔物ではなくイノシシで良かったのかも知れない」
「そうだな。それで? パトリシアにはこのことを伝えるのか?」
「いや、それは兄上も望まれるところではないだろう。伝えたいなら一緒に部屋に呼べば良かったのだからな。我々の所で止めておこう」
「賛成だ。無闇に恐怖心を煽るものではないからな」
しかし僕とミランダの決意はすぐに無意味なものとなってしまう。パトリシアだけではなく王宮中、いや王都中が魔物の出現を知ることとなってしまった。そう、西の山付近で魔物の目撃が相次いだのだ。そしてついには被害者まで……狩りに出ていた猟師が魔物に襲われたらしい。その魔物とは巨大な蛇で、何人かの猟師が食われたとか、食われていないとか。
「お兄様! 聞きましたか!? 人食い大蛇の魔物ですって」
「ああ、知っている。そんなに騒ぐんじゃない、パトリシア。王宮内の皆がパニックになったらどうするんだ」
「えー、でももう王宮どころか王都のほとんどの人が知っていますわ。こんな紙も出回ってますし」
どこから入手したのか、パトリシアが差し出した紙には大蛇が人を襲う挿絵があって、様々な煽り文句も綴られていた。既に王宮が討伐隊を手配した、とも書かれている。誰がこんなハッタリを……
「大蛇なんて怖いですぅ、お姉様」
「大丈夫だよ、パトリシア。すぐに騎士団を中心とした討伐隊が組まれるだろうから。十数年ぶりの魔物討伐だから、きっと士気も上がっているはずさ。何かあったら君のことは私が守るから」
「頼もしいです、お姉様!」
またお前は兄の僕が言うべき台詞を全部言ってしまって! いや、それよりも先日兄上から言われた通り、学園で何かあれば僕たちが先頭に立って対処しなければならない。僕は戦力にならない分、王族としてできる限りのことはやらなければ。ミランダの方を見ると彼女も同じ考えらしく、二人で無言のまま頷き合い気を引き締めた。
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