第4話 あんたにはここがお似合いよ

 メイド長のヘザーさんに呼ばれて控室に集まる。部屋に行ってみるとヘザーさんの隣に整った顔付きの可愛らしい少女が立っていて、呼ばれた理由がすぐに分かった。新しいオモチャが班に加わるんだわ!

 

 私とローナは王宮のメイドになって五年。十五でこの仕事に就いたので今年で二十歳だ。二人とも下級貴族の出で、地方領主の娘。王都の貴族となんとか繋がりが欲しい父の命令でここのメイドになった。あわよくば上位の貴族との結婚を……とでも考えていたんだろうけど、同じ貴族であっても王宮の上位貴族とメイドが恋に落ちるなんてことはほとんどない。中にはそんな子もいる様だけど、それは本当に運がいい子ね。少なくとも私たちにそんなチャンスは巡ってきてないし、今後もきっと巡ってこないから。


 メイドの仕事は多岐に渡っているけれど、覚えてしまえば難なくこなせるもの。面倒なことは後輩にやらせればいいし、いつしか私たちは後輩を苛める楽しさを覚えてしまった。入ってきた若い子たちは、まず先輩である私たちに付いて仕事を覚える様に言われる。そんな彼女たちに『ちょっと』面倒な仕事を押し付けてやれば、大体の子は音を上げて辞めていくんだから。王宮には多くのメイドが班で行動しているけれど、どこの班もやっていることは一緒。普段の代わり映えしない作業に皆辟易していて、刺激を求めているのよ。さあ、今回の子は何日持つかしら?


「ニッキー、ローナ。こちらマリオンさん。今日からこの班に入るから、面倒見てあげてちょうだい」

「はい、ヘザーさん」


 たっぷり面倒見てあげるわ。マリオンと名乗ったその子はニコニコしているけれど、普通の子っぽい。それにしても何なの、そのデカい荷物は。大方田舎から出てきて住む場所欲しさにメイドに応募したんでしょうけど、あなたはいつまでここにいられるかしらね。ローナの方を見ると同じ様なことを考えているのか、ニヤと笑っていた。やっぱりあなたとは気が合うわね!


「制服は渡してあるから、まずは部屋へ案内してあげてちょうだい。しばらくはあなたたちが作業を振り分けてあげて」

「承知しました」


 ヘザーさんは多くの班を統括するメイド長。多分私たちが新入りを苛めていることも知っているのだろうけど、口出ししたりしない。私たちは言われた通り仕事を割り振っているだけだし、新入りの根性がないのが悪いんだから。新入りの定着率が悪いながらも王宮内の仕事が何とか回っているのは、彼女の采配によるものなんだろうけど。


「じゃあ、行きましょうか。付いてきて」

「はい!」


 彼女は相変わらずニコニコしながら私たちに付いてきた。本当は王宮の敷地内にメイド用の寮があってそこに部屋が割り当てられているんだけど、残念ながらあなたの部屋は私たちの物置になっているの。だから新入りのあなたにはとっておきの、代わりの部屋へ案内してあげる。


 控室を出て外へ。そのまま王宮の裏手に広がる林の中へと入り、城壁近くまで歩く。そこには少し開けた場所があって一件の小さな家が建っていた。どこかの物好きな貴族だか役人だかが王宮の許可をもらって建てたものらしいけど、持ち主は出張が多いのかほとんど不在。その間の維持管理は私たちの仕事になるんだから、まったく迷惑な話よ。住んでもいいと言われているけどまっぴら御免だわ。本当は週に何回か掃除すればいいだけなんだけど、最近は新入りを住まわせている。今まで最長で一週間ぐらい持ったかしら?


「ここよ」

「一軒家ですね」

「寮の部屋はイッパイだから、新入りはここで我慢しなさい。掃除さえしてくれれば中は自由に使っていいし、食事は寮の食堂を使いなさい」

「はい。あの、買い物をしたいのですが、王宮の外には勝手に出てもいいのでしょうか?」

「仕事時間以外は問題ないわよ。仕事は明日からでいいから、買いたい物があるなら行ってくるといいわ」

「有り難うござます」


 随分余裕ね。まあいいわ、その内ここで暮らすことがどれほど大変か分かるはずだから。寮の食堂は各部屋に設置してある札がないと食事が提供されないのよ。つまり、あんたが行っても食事は出て来ないわ。それにこの家に風呂はあっても薪がない。薪用に積んである木を自分で割らなければならないの。薪がなければ料理もできないしね。今までここに押し込んだ新人は大体初日で私たちに泣き付いてきて、それ以降は私たちの言いなりよ。フフフ、明日が楽しみね。


 翌朝、メイドたちの控室に行ってみると、新人は既に来ていて部屋の掃除をしていた。昨日から特に変わった様子もないし、私を見付けて『おはようございます』と軽く挨拶しただけで掃除を続けている。あれ? それだけ? 食事とかお風呂とか……不満を言ったり音を上げたりしないの?


「マ、マリオン、昨日は良く眠れたかしら?」

「はい、お陰様で」

「食事はどうしたの?」

「材料を買ってきて料理しましたけど。王都は食材も高いのですね。ビックリしちゃいました」

「りょ、寮の食堂には行かなかったの?」

「寮の場所をお聞きするのを忘れていたので……あ、でも先ほどメイド長にお聞きしたら、部屋の札がないと食べられないそうなので、私はどの道食堂は利用できなかったですね」

「……」


 しまった、メイド長にこの新人を寮に入れなかったことがバレてしまった……まあいいわ。メイド長は寮ではなく王宮内に部屋をもらっているわけだし、寮のことには口出ししないでしょう。


「それで、私は何をすればいいでしょうか?」

「そ、そうね。付いてらっしゃい」


 何か調子狂う……この子はちょっと手強いかも知れないわね。でもこのままでは悔しいから、今日は沢山仕事させてあげるわ。私たちメイドの仕事は掃除中心。中には王族や貴族に付いてお世話する係のメイドもいるけれど、それはごくごく一部よ。しかもそういうメイドは代々主人に仕えていたり、もしくは結構いい家の出だったりする。私たちみたいな下級貴族出身のメイドは、掃除や雑用をするために王宮で雇われているんだから。


「この部屋に掃除用具が置いてあるわ。掃除するときはまずここに寄って必要な物を持っていくの。そしてあなたの仕事はこれよ」


 大きな空の樽。ここに水をイッパイ入れておいてバケツに移し替えて持っていったり、汚れた物を洗うのに使ったりする。隣の控室で飲み水やちょっとした料理に使うのは別の樽なので、合計三つに水を入れる必要があるわ。外にある井戸で小さなバケツに水を汲んでここまで運ぶから、本当は一つを満たんにするのに数人で五、六回往復する必要があるんだけど、今日は特別にあなた一人にやらせてあげるわ! 今は全部が空になっているから、どれだけ時間がかかるか楽しみね。


「この三つの樽に水をイッパイ入れてちょうだい。井戸はそこの勝手口から外に出てすぐの所にあるから」

「分かりました」


 随分すんなり受け入れたわね……そう思って見ていると、いきなり一つの樽をヒョイッと持ち上げたマリオン。そのまま外に出ていこうとする。


「ちょ、な、何するつもり!?」

「え? 水を入れるんですよね?」

「そ、そうだけど、そこに水を入れたら持ち上がらないでしょ!」

「大丈夫ですよ」


 ニコッと笑うと外へ行ってしまう。唖然としてしばらく彼女が出ていった扉を見つめていると、特に重そうな様子もなく樽を抱えて戻ってきた。それを床に下ろすとズゥーンと重そうな音がした後にチャプチャプと水面が揺れる音。彼女がそれを三回繰り返すのに三十分とかからなかった。


「ふぅ。終わりました、ニッキーさん!」

「お、お疲れ様」


 思わず『お疲れ様』とか言ってしまったじゃない。一体この子はどうなってるの!? その後、今度こそは弱音を吐くだろうと思ってキツい仕事や高所での仕事を次々に押し付けたけれど、どれも涼しい顔で、しかもあっという間にやってのけてしまったマリオン。私とローナで三日ぐらいかけてやっていた仕事が、午後の結構早い時間に終わってしまっていた。控室に戻るとその辺にあった材料でクッキーなど焼いて、戻ってきた他のメイドたちに振る舞っている。メイド長にまでクッキーとお茶を勧めて、あのヘザーさんが微笑んでいた。


「マリオン、仕事の方はどうですか?」

「はい。ニッキーさんとローナさんに色々と教えて頂いて、なんとかやっていけそうです」

「そう。それは良かったわ。ニッキーもローナもご苦労様でした。これからも彼女の指導をよろしくお願いしますね」

「は、はい……」

 

 なんだろう、この敗北感は。私たちの様子を王宮内で見かけたらしい他のメイドには、『諦めなよ。ありゃ無理だわ』と声をかけられる始末。まったく、とんでもない新人を押し付けられてしまったものだわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る